#15. 元王妃、詐欺に遭う。
思いがけないホリの答えに、エルナは目をパチパチさせながら問い返した。
「あれ? ここ、青熊族の部落へ向かう道じゃないの?」
「行こうと思えば行けるけど、こんな天気じゃ無理だね。吹雪のせいで、そうとう歴戦の探索者じゃなきゃ通れないよ」
「じゃあこの地図は何なの? はっきりと、青熊族の部落である〈選択の村〉に行けるって言っていたけれど?」
地図という言葉に、パカンの耳がピクリと動いた。
「あなた。その地図をどこで買った?」
「下端の港でよ。人族の冒険者向けに作られたガイドマップだって言ってたけど」
「……誰から買ったか覚えているか? 青熊族が売っていたか?」
「それは……あれ?」
そういえば、地図を売っていた男は青熊族ではなかった気がする。
エルナの表情が疑問から驚きへと変わると、パカンが大きくため息をついて言った。
「あなた。詐欺に遭ったんだ」
「え……えっ?!?!」
「最近、人族の奴隷が異常なほど増えているとは聞いていたが……なるほど。港の段階から陣取っていたわけか」
パカンの答えにエルナの眉が釣り上がった。奴隷?
「パカン。私が会った商人は、ただの詐欺師じゃなくて人身売買業者だっていうの?」
「確証はない。ただ、村へ向かう道は港から一本道だし、地図なんてなくても簡単に登れる」
「は?」
「おまけに、俺たちは地図を作ったりしない。港に用意された組合に行って頼みさえすれば、誰だって村まで連れていってくれるからな」
「まさか。詐欺に遭ったっていうの? この私が?」
かつて王妃としてあらゆるものに目を光らせていたエルナ・オルテンスが?
信じられない現実にぽかんとしたのも束の間、ラカンタ連邦は非常に広大で多様な民族が暮らしている。
当然、貧富の差も激しく、法の目を逃れて暮らす者たちも少なくない。
それだけ犯罪者もあふれているし、無力な人族格好の金稼ぎの手段だと聞いていた。
(本当に詐欺に遭ったの? あえて私を狙ったわけ?)
それなら、エルナが登山のエントリーで出会った強盗団は、実際には人身売買業者だったということか?
エルナは登山を始めたばかりの五日前を思い出しながら、目を細めた。
旅の初日。一人で旅をするエルナにごろつきどもが襲いかかってきたことがあった。
エアルテを呼ぶ価値すらない無能な者たちだったし、青くなって逃げ出していったからそのまま見逃してやったのだが。
(法を破って人を誘拐するだけじゃなく、強制的に奴隷に仕立て上げるってわけ?)
眉をひそめたエルナは視線を転じ、パカンを見据えた。
「〈選択の村〉には連邦所属の近衛兵がいるわよね?」
「もちろん」
「犯罪者の引き渡しにも応じるかしら?」
「応じる」
「よかった。じゃあ……」
エルナはバッグに放り込んでおいたガラス瓶の中から、毛がぎっしり詰まった瓶を取り出した。
(万が一のためにごろつきどもの毛の一部を保管しておいたんだけど。こんなふうに使われることになるとはね)
やはり何にせよ備えをしておけば、後々役に立つものだ。
自分たちの荷物すら放り出して我先に逃げ出してくれたおかげで、エルナは奴らの体毛をたっぷりと採取することができた。
魔法で鑑定もしておいたから、他の獣人の毛であるはずがない。
密封された毛を取り出し、片手でぎゅっと握りしめたエルナは、軽く目を閉じてからゆっくりと開いた。
エルナの腕には、彼女の髪の毛ほどに真っ黒な毛並みを持つ美しい鳥が止まっていた。
艶やかな長い尾は地面に届くほど長く、鮮やかな青い瞳は宝石を埋め込んだかのようにきらめいていた。
幻獣エルケル。幼い頃、ザハードに召喚魔法を教わりながら初めて召喚した幻獣だった。
エルケルは青い瞳いっぱいに、召喚主であるエルナを見つめていた。
エルケルの背中を優しく撫で下ろしながら、エルナは低く言葉を続けた。
「エルケル。この毛の主たちを探して私のもとに連れてきてくれる? 生きてさえいればいいから」
エルナの言葉に、エルケルが彼女の手のひらに乗っていた毛をついばみ始めた。残さず毛を食べ尽くしたエルケルは、そのまま空へと飛び立った。
エルケルが飛び去っていくのを見送ったエルナが、青熊族の三人へと視線を戻すと、ホリが耳をぺしゃんと折りたたんだままエルナを見つめていた。
程度の差こそあれ、パカンとラファもうんざりしたような表情でエルナを見つめていたが……。
(あら? どうしてあんな目で見られているのかしら?)
「何か問題でも?」
エルナの問いかけに、パカンが三人を代表して口を開いた。
「あなた、エルケルまで召喚できるのか」
ああ、そういうことね。
幻獣使いが皆一体の幻獣しか召喚できないわけではないが、強い幻獣ほど数多く従えることはできない。
エアルテは幻獣の中でも最強にして異名が付けられた怪物。
そんなエアルテを従えるエルナが、エルケルという中位級の幻獣まで従えているのが意外だったようだ。
「望まない努力の産物よ。もう二年近く魔獣を相手にしてきたから、魔力量がものすごく増えちゃって」
「魔獣? ああ。そういえば人族の大陸でスタンピードが起きたとか聞いたな。あなたは軍人だったのか」
「まあ、だいたいね」
王妃という役職のほうが上だったというだけで、軍での身分も一応あるからだ。
適当に答えを終えたエルナは、三人を見据えて言った。
「狐の身柄は私が預かることになったけれど……あなたたちは村へ戻るの?」
「戻るつもりだけどさ……」
ホリと言葉を濁しながらエルナを見つめた。
初めのときもそうだし、今もそうだ。彼は会話の途中で言葉を濁すのが癖のようだ。
エルナが腕を組みながらもっと話せという目を向けると、パカンがホリの代わりに答えた。
「あなた、うちの村へ行こうとして道に迷ったと言っていたな」
「ええ」
「あなたが強いのは分かったが、俺たちも族長様から命令を受けて狐を追っているんだ。だから手ぶらで戻るわけにはいかない」
「道案内をしてやるから同行しろってこと?」
「そうだ。ここは山が険しいから、道を知っている人間じゃないと村へたどり着くのは難しい。ここがどこかと尋ねていたところを見ると、あなたも道に迷っていたのだろう?」
「そうしてくれるなら私としてはありがたいわ」
どうせ彼らに村への道を尋ねるつもりだったのだから、連れて行ってくれるなら願ったり叶ったりだ。




