#14. 獣刑と村へ続く道
人の良さそうな笑みを浮かべて即座に地面に平伏するホリの姿は、おどけたというよりむしろ卑屈に見えるほどだった。
しかし、ホリがユーモラスな行動を取ってくれたおかげで、張り詰めていた緊張感が一瞬にして消え去った。
空気を読んでスムーズに雰囲気を和らげてくれる人間がいると、会話が非常に楽になる。
パカンのように高圧的で、ラファのように短気な連中が相手ならなおさらだ。
エルナはホリに心の中で感謝の言葉を送った。
もちろん、見た目は高圧的な態度のままだったが。恩を着せるようにエアルテを引っ込めたエルナは、ホリに手を差し出しながら言った。
「エルナ・オルテンスです。ホリ。それでは、あなたたちがあの狐を追っていた理由を教えてもらえるかしら? 狐一匹を三人がかりの獣人が追うなんて、どうにも納得がいかないものだから」
「あー、それね。うーん……まずは、お嬢さんが誤解しそうだから先に言っておくけどさ?」
エルナの質問にホリが言葉を濁しながらパカンを見た。
それに伴い、パカンが深いため息をついてホリの言葉を引き継いだ。
「……俺たちはあいつを助けるために追っていたんだ」
「そう言う割には全身傷だらけだったけれど?」
「苦しみを与えようとしたわけではない。あいつが安息を拒んで逃げ回ったからついた傷だ」
「安息を与えるために追ったけれど拒絶されたから攻撃した、と? ラカンタで言う“安息”という言葉は、私の知っている意味とは違うのかしら?」
皮肉たっぷりのエルナの質問に、ホリがどう説明すべきか分からないといった表情でエルナを見つめた。
(話を逸らさずに要点だけ答えてほしいんだけれど)
一体何を話すつもりでこんなにもったいぶるのか。
もどかしくなったエルナが眉を吊り上げると、ようやく視界に入り始めてきたラファが怒鳴った。
「あいつは<獣刑>に処された犯罪者だ! どの村に行っても迫害されて殺される運命なんだから、俺たちが楽にしてやろうとしただけだよ!」
「……獣刑、だって?」
「そうだ。人族ならよく知らないだろ? 獣刑ってのはな……」
「霊族にとって死刑よりも残酷な刑罰よ。一生元の姿に戻ることができず、卑しい獣の姿のままで生き続けなければならない」
遠い昔、たった一度だけ。ザハードが獣人大陸の刑罰について教えてくれたことがあった。
大半の刑罰は人族のものと似ているが、一つだけ違うものがあった。
ほかならぬ「獣刑」についてだ。戦犯クラスの罪を犯した者に下される刑罰であり、部族単位で烙印を押される連座制……だと。
(ザハードは狐の獣人よ。獣人たちは毛の色によって部族が違うと言っていたから、この狐はザハードと同じ部族ではないはず。ただ……)
何かが引っかかった。エルナは無意識のうちに懐にいる子狐を抱き締めた。彼女の思考を遮るように、ホリが大げさに手を叩いて答えた。
「いやあ、お嬢さん。よく知ってるね。話も早いし。エアルテまで召喚するなんて、周りに有能な霊族がいるのかい?」
「ええ。本当に大切な人がいたから」
「その人はどんな……」
「つまり、あなたたちはあの狐に安息を与えるために追いかけ、狐はそれを拒絶した。結論はこれね?」
ホリの言葉を露骨に遮りながら問い詰めると、ホリは気まずそうにうなずいた。
「まあ、そうだな。だから、お嬢さんがよければあいつを俺たちに引き渡してくれないか?」
ホリの視線がエルナのコートへと向けられた。予想通り、彼女が狐を連れていることに気づいていたらしい。
これ以上隠す必要もなかったため、エルナはコートの襟を少しだけ開けて子狐の状態を確認した。あれほど大騒ぎだったというのに、子狐は微動だにせず眠っていた。
「まさか、気失っているの?」
傷だらけのままで冬山を駆け回ったのだから、体力の限界なのだろう。子狐から向けた視線をホリとパカンに戻したエルナは、短く答えた。
「お断りするわ」
「どうしてだ? あなたに害が及ぶことはない」
「あの子は助けを拒絶したのだから。必要以上の親切は別の形の暴力よ」
善意から手を差し伸べたとしても、受け取る側が望まないならそれはただの暴力でしかない。実際に、彼らは安息という名目のもとに一方的な暴力を振るっていたではないか。
「お嬢さん。小さくて可愛く見えるかもしれないが、あいつは獣刑に処されるほどの重罪を犯した犯罪者だ」
「獣刑って連座制でしょう? この子が罪を犯したという証拠はあるの?」
「アルビノの狐なんてそうそういない。あいつは首謀者の一人だ」
アルビノという言葉に、エルナは目を細めた。そうか。思い出した。
狐には数多くの種族があるが、地域によって外見がかなり違うと聞いていた。寒い地方の狐は耳が丸くて小さく、暑い地方に行くほど耳が大きく尖ってくる。
ザハードの耳はものすごく大きくはないが、尖っている方だった。そしてこの狐もまた、ザハードの耳によく似ていた。
連座制である獣刑。ザハードのペンダントを見て泣いていた狐と、故郷に帰れないザハード。遭遇しただけで殺される危険にさらされている狐の獣人たち……。
(獣人大陸に着いて早々、あなたの痕跡を見つけることになるなんて。私は運がいいのかしら? それともあなたの導きなのかしら、ザハード)
この狐がザハードと関わりのある存在なのだから、誰にも手出しはさせない。それに、絶対に簡単に手放したりもしないつもりだ。
「何か勘違いしているようけれど、あの子は獣刑に処されることで罪を償ったの。法官でもないあなたたちが罪を論じる価値なんてないわ」
「俺たちはあんたを心配しているんだ。今は大人しくしているが、いつあんたの喉を食い千切るか分からない奴だからな」
パカンの言葉に、エルナは彼を見据えながら口元を吊り上げた。負傷中の狐の首をねじ切るくらい、寝ていてもできることだけれどね。
「パカン、ホリ、そしてラファ。この狐を拾ったのは私よ。どう扱おうと私の勝手だわ」
「だがお嬢さん……」
「さて、この話はここまで。二つ目の質問をさせてもらうわ。ここはどこ?」
空気を変えるように、軽く手を叩いたエルナがホリを見ながら尋ねた。
意図的に話を遮るのがこれで何度目かだから、思わず苦笑いがこみ上げてきた。
「ここは氷の森へ向かう裏山だよ。あまりにも山道が険しくて、部族民でもあまり通らない道だけどさ」




