#13. 対話、戦闘、暴力、そして。
パカンの質問に、エルナは子狐の行方を思い出すふりをしながら彼らの気配を窺った。
パカンはまるでエルナが子狐を胸に抱いているのを知っているかのように、見透かすような眼差しで彼女を見つめていた。
他の二人の獣人はそこまでではないものの、エルナを敵視するような目で見ていた状況だった。
(ふむ)
実は子狐を引き渡すことは難しいことではなかった。
知り合いでもないし、エルナが救ってやらなければならない義務もないからだ。
しかし、今のエルナには情報が必要だった。
(ここがどこなのか、彼らはなぜこの子狐を追っているのか、なぜこの子狐はザハードのペンダントを見るやいなやあんなにも切なそうに泣いたのか)
そしてパカンは、エルナが抱いている疑問のかなり多くの部分に答えてくれそうに見えた。
もよそ、交渉にはカードが必要なものだ。
命を交渉カードに使うのは気が進まないが、命を救ってやったのだから、交渉カードとして使う程度は大目に見てほしいものだ。
(まあ、この子狐がとんでもない犯罪者である可能性もあるし)
素早く思考を終えたエルナは、パカンに向かって口を開いた。
「見たわよ。怪我があまりにもひどそうだったけど」
「お前に危害を加えなかったか? どうして傷一つ負わずに立っていられるんだ?」
「愚問ね。あなたは私がここまでどうやって登ってきたと思っているのかしら?」
「ただの人族の女ではない、ということだな」
エルナの答えに、パカンが目を細めた。
ずんずん彼女の前に歩み寄ってきたパカンは、エルナと至近距離ではないものの、攻撃の射程圏内には入った状態でエルナを見据えていた。
(対話はするけれど、いざとなれば実力行使に出ると脅しているのかしら?)
そうしてくれるならエルナにとっても好都合だ。それにしても……。
(獣人たちは五感が人間の何倍も発達しているっていうし。この距離なら子狐の匂いを嗅ぎつけられるんじゃないかしら?)
エルナは吹雪に最適な防水コートを着ている状態だし、子狐の血が全身に付着している状態だから、ある程度の体臭は遮ってくれるはずだ。
だが、鼻の利く獣人なら子狐の存在にそう遠くないうちに気づきそうだ。
それなら、どんなカードを差し出すのがいいだろうか。
エルナが値踏みするように彼を見つめながら、低く尋ねた。
「あの狐はあまりにも傷がひどいから、追わなくても長くは生きられないだろうと思ったの。それなのに、あの子を追う理由は何なの?」
「人族には関係のないことだ」
(あら?)
対話の意志があると思ったのに。エルナの勘違いだったようだ。
「それなら私にも教える必要はないわね。私に関係のあることじゃないもの。用事が済んだなら、お互い自分の道を行きましょう」
エルナのきっぱりとした返答にパカンの表情が歪んだ。当のパカンは静かだが、少し離れた場所にいたラファがエルナの返答にすぐさま反応した。
「無能な人族の雌風情が生意気な口をきくなよ?! その口を引き裂かれる前に、今すぐそいつがどこへ行ったのか言え」
「対話というものは知性を持った存在しかできないものよ。暴力で何もかも解決しようとするなんて、あなたたちは人間じゃなくて獣のクズだったわけね?」
獣人にとって「獣」呼ばわりは何の侮辱よりも大きな侮辱だ。
だが、先に侮辱されたのはエルナなのだから、言い返すのは極めて当然のことだ。
エルナの軽蔑を込めた返答に、ラファが地面が揺れるほどの大きな咆哮を上げて視界から消えた。ラファの突発的な行動に、パカンが守るようにエルナの前に立ちはだかって叫んだ。
「人族の雌! 口を慎め!」
「慎むべきなのは私じゃなくてあなたたちよ。はあ……青熊族は温和な人たちが多いって聞いていたのに。いったいどこで情報が間違っていたのかしら」
エルナが大げさにため息をついたのと同時に、ラファがエルナへと飛びかかってきた。
普通の人間なら追うことすらできないほどの速度だったが、エルナには避ける必要も、防ぐ必要もない。
――カァン!
硬い何かが激突する音と共に、ラファの体が弾き飛ばされた。
彼女を止めるために駆け寄っていたパカンの瞳が大きく見開かれた。
エルナの背後には黒い影がうねっていた。形を持たないままうねっていた影は、やがて両目に黒い布を巻いた怪物と化して彼女を包み込むように浮かび上がった。
抱擁するように長く分厚い両腕をエルナの前に突き出したエアルテは、敵を認識して長く裂けた口を大きくカッと開いた。
獣人風情とは比較にならないほどの咆哮に、降り続いていた雪さえもピタリと止まってしまった。
全身が共鳴するほどの怪声。しかし、エルナはどんな音も聞こえなかったため、何一つ反応しなかった。
圧倒的な暴力の前に体が硬直してしまうのは生命ルの本能。弾き飛ばされるやいなやその場で身を起こしたラファが、震える声で呟いた。
「あれは……エアルテ? いったいどうやって人族の雌が……」
「下がれ、ラファ! エアルテの射程圏内だ!」
パカンの切羽詰まった叫びにハッと驚いたラファが、視界からほとんど見えなくなるほどの距離まで後退した。
獣人たちの慌ただしい行動をエルナが黙って見つめていると、パカンがエルナの前に片膝をついた。
「大霊の名に懸けて、俺たちは決してあなたを攻撃しない。だからエアルテを引っ込めてくれ」
「……」
エルナの視線が視界の外にまで逃げたラファへと届いた。遠くからでもビクッと身震いするのがありありと見えた。
エルナの視線がほどない場所に立っていた残りの獣人に向かうと、彼は慌てて駆け寄って膝をついた。
「お嬢さん! ラファがああ見えて短気なだけで、悪い奴じゃないんだ! さっき何て言ったっけ? 理由を教えてほしいって? 全部教えてやるよ! だからその凶悪なやつを引っ込めてくれよ。頼むからさ」
パカンと同じくらい流暢に人族の共通語を操る男を見つめながら、エルナは腕を組んだ。
「あなた、名前は?」
「えっ? ああ、俺としたことが。俺はホリだ。この体格のでかいおっさんはパカン。あそこの世間知らずの小娘はラファだ」
「いいわよ、ホリ。私も別に戦闘をしたいわけじゃないから、あなたの言葉を信じることにするわ。ただし、あなたたちの言葉に一片の嘘でも隠されていたなら……」
「お嬢さんも冗談を、安心してくれよ。エアルテの主人の前で嘘をつける獣人になんていないんだから。だから早くあいつを引っ込めてくれないか? ションベン漏らしそうなんだよ」
エアルテは素晴らしい対話の手段です(笑)




