第 九 章 ア ン ト ワ ネ ッ ト
⼀七⼋九年七⽉、バスティーユが落ちた。
私が最初にその報せを聞いたとき、信じられなかった。いや、信じたくなかった、と⾔
う⽅が正確だ。バスティーユは要塞だった。難攻不落の象徴だった。それが⺠衆によって陥
落した。
ルイが「これは反乱か」と側近に問うた。側近は「いいえ陛下、これは⾰命です」と答えた、という話を後から聞いた。
私はその夜、⼦どもたちの部屋を⼀つずつ回った。マリー=テレーズ、ルイ=ジョゼ
フ、シャルル、ソフィーn。そしてアルマンの部屋。彼は起きていた。蝋燭の明かりで何かを
読んでいた。
「何を読んでいるの」と私は問うた。
「新聞です」と彼は答えた。
⾰命の新聞だった、と後でわかった。その時点では、私には中⾝を読む余裕がなかった。
「怖いですか」と私は訊いた。
彼はしばらく考えてから⾔った。「いいえ」
その「いいえ」が、私の胸を刺した。恐怖ではなく、何か別のものが。彼は⾰命を怖れ
ていなかった。なぜか。
聞けなかった。聞くことが怖かった。
⼗⽉になると、ヴェルサイユに群衆が押し寄せた。
⼥たちが先頭だった。パンを求めて歩いた⼥たち。彼⼥たちの⾏進は、ヴェルサイユの回廊を突き破り、私の寝室の扉の前まで来た。護衛が⾷い⽌めてくれたが、あの夜の⾜⾳と叫び声は、今でも⽿に残っている。
私はバルコニーに出た。
群衆の前に⽴つことは怖かった。しかしランバル公妃が「逃げないでください」と⾔った。私は出た。
群衆が叫んでいた。怒りの声。憎しみの声。しかしその中に、何かが変わる瞬間があった。私がただ⽴っていたことで、何かが——怒りが、別の何かに変わる、⼀瞬があった。それが何だったのかは、今でも正確にはわからない。
その夜、私たちはヴェルサイユを離れ、チュイルリー宮殿へ移った。
⼗三年間住んだ宮殿を去るとき、私は振り返らなかった。振り返ると、崩れそうな気がした。
アルマンは荷物をまとめながら、何も⾔わなかった。
彼の⻘い⽬が、静かだった。怖れも、悲しみも、⾒えなかった。ただ静かだった。
その静けさが、私にはわからなかった。




