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青い目の子どもたち ーーマリー・アントワネットと、⾰命の時代に⽣きた⼦らの物語  作者: はまゆう


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第 ⼆ 章 ア ル マ ン

第 ⼆ 章 ア ル マ ン

最初の夜のことは、夢と区別がつかない。

⽩い部屋。天井に絵が描いてある。翼の⽣えた⼈間と、雲と、⾦⾊の光。僕は仰向けに寝て、その絵を⾒ていた。柔らかいものの上に寝ていた。今まで寝たどんな場所よりも柔らかかった。

⼥の⼈が椅⼦に座って、僕を⾒ていた。⽩い顔、明るい⾊の髪、⾸に⽯のついた飾り。

⾺⾞の中で隣に座っていた⼈だった。

アルマンと呼んでくれた⼈だった。


僕には名前がなかった。正確に⾔えば、名前があったかもしれないけれど、その名前を知っている⼈がもう誰もいなかった。パリの街の、川沿いの建物の中で、僕は他の⼦どもたちと⼀緒に寝起きしていた。そこの管理⼈の⽼婆は僕を名前では呼ばなかった。「おい」か

「あんた」か、時々「役⽴たず」だった。


管理⼈の⽼婆が死んだのは、その秋の初めだった。僕は建物を出た。どこへ⾏くかは決めていなかった。ただ歩いた。


街道に出たとき、⼤きな⾺⾞が来た。⾺が怖かったから本当は逃げたかった。でも体が動かなかった。⾜の下の⽯畳が、⾺の蹄の振動で揺れていた。⾺⾞が⽌まった。

⼥の⼈が降りてきて、僕の前にしゃがんだ。

⻘い⽬だった。⾃分と同じ⾊の⽬だった。そのことが、僕の⾜を動かせなくした理由の

⼀つだったかもしれない。


アルマン。

その⾔葉が、僕の中に落ちてきた。⽯が⽔に落ちるみたいに、波紋を広げながら沈んで

いった。

ヴェルサイユでの最初の⽇々のことは、断⽚的にしか覚えていない。あまりにも多くのものが、⼀度に⽬の前に現れすぎた。広すぎる廊下。⾼すぎる天井。多すぎる部屋と、多すぎる⼈間。みんなが僕を⾒た。⾒て、何かを⾔い合った。僕にはその⾔葉がよくわからなかった。


マリーさまは毎⽇会いに来た。

僕は最初、彼⼥を何と呼べばいいかわからなかった。侍⼥たちは「王妃陛下」と呼んでいたが、それは僕の⼝には重すぎた。「マリーさま」と呼ぶと、彼⼥は少し驚いた顔をして、それから笑った。

「そう呼んでくれていいわ」

と彼⼥は⾔った。

「あなたは私の⼦なのだから」

僕は彼⼥の膝の上に座ることを、しばらくしてから許してもらった。最初はそういうことをしていいのかわからなかったが、彼⼥の⽅からそっと僕の肩に⼿を置いて、引き寄せてくれた。彼⼥の⼿は、予想していたより温かかった。


国王のルイさまに会ったのは、来てから⼆週間後だった。

背の⾼い、表情の少ない男の⼈だった。僕を⾒て、何かを考えているような顔をした。

怒っているのか、困っているのか、それとも何も感じていないのか、⼦どもの僕には読めなかった。

「アルマンというのか」

と彼は⾔った。

「はい」

「どこから来た?」

「わかりません」

ルイさまはまたしばらく考えるような顔をして、それからうなずいた。

「まあよかろう」

それで決まった。


僕はヴェルサイユに住むことになった。

王の⼦どもたちと遊んだ。マリー=テレーズはひとつ年下で、僕のことをはじめのうち遠巻きに⾒ていたが、そのうち⼀緒に庭を⾛り回るようになっとた。彼⼥は転んでも泣かない⼦で、僕はそこが好きだった。

勉強も⼀緒にした。⽂字と数字を学んだ。フランスの歴史を学んだ。礼儀作法を学んだ。礼儀作法はむずかしかった。⾷卓でどのフォークを使うか、誰に向かってどう頭を下げ

るか、どの部屋でどう振る舞うか。間違えるたびに家庭教師の先⽣は眉をひそめた。でもマリーさまは「少しずつ覚えればいいのよ」と⾔ってくれた。


夜、眠れないことがあった。そういうとき僕は、あの街道のことを思い出した。泥まみれで歩いていた⽇々。⽼婆の建物での夜。冷たい⽯の床。

今いるこの場所が夢で、あちらが現実なのではないか、と思うことがあった。


でも朝になると、マリーさまがやってきて「おはよう、モン・アンファン」と⾔った。

私の⼦。その⾔葉が現実だということを、毎朝確認させてくれた。

僕は少しずつ、この場所に根を張り始めた。

根を張ることが怖かった。根を張ると、引き抜かれたときに痛い。でも植物に根を張る

なと⾔うことはできない。それが植物の性質だから。僕もそういう⽣き物だったのだと、今ならわかる。


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