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青い目の子どもたち ーーマリー・アントワネットと、⾰命の時代に⽣きた⼦らの物語  作者: はまゆう


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第 ⼆ 章 ア ル マ ン

最初の夜のことは、夢と区別がつかない。白い部屋。天井に絵が描いてある。翼の生えた人間と、雲と、金色の光。僕は仰向けに寝て、その絵を見ていた。柔らかいものの上に寝ていた。今まで寝たどんな場所よりも柔らかかった。女の人が椅子に座って、僕を見ていた。白い顔、明るい色の髪、首に石のついた飾り。馬車の中で隣に座っていた人だった。僕をアルマンと名づけた人だった。


僕には名前があった。フランソワ=ミシェル・ガニェ。けれど家では、ジャックと呼ばれていた。母が死んでから、僕は祖母のもとで兄弟姉妹たちと暮らしていた。パリの街の、川沿いの古い建物だった。壁は湿っていて、冬になると石の床から冷えが上がってきた。僕たちは身を寄せ合って眠った。祖母は優しい人ではなかった。「おい、ジャック」「ぼんやりしてるんじゃないよ」「役立たず」。そんなふうに呼ばれることもあった。それでも、僕をジャックと呼ぶ声がそこにはあった。


街道に出たとき、大きな馬車が来た。馬が怖かったから本当は逃げたかった。でも体が動かなかった。足の下の石畳が、馬の蹄の振動で揺れていた。馬車が止まった。女の人が降りてきて、僕の前にしゃがんだ。青い目だった。自分と同じ色の目だった。そのことが、僕の足を動かせなくした理由の一つだったかもしれない。


それからのことは、ところどころしか覚えていない。知らない大人たちの声。祖母の顔。馬車の扉。泣き叫ぶ自分の声。僕はおとなしく連れて行かれたわけではなかった。「いやだ」「おばあちゃん、助けて」「僕、帰る」「ジャックは帰る」。そう叫びながら、侍女の手を振りほどこうとし、小さな足で誰かを蹴った。馬車の内側は青い布で覆われていて、窓の外では秋の並木が流れていた。その美しさが、僕にはひどく怖かった。


祖母が僕を王妃様に渡すことに同意したのだと知ったのは、ずっと後のことだった。金を受け取り、ほっとした顔をしたのだという。祖母を責めることは、今の僕にはできない。あの頃の僕たちには金がなかった。食べ物も、着るものも、明日のあても十分にはなかった。けれどそのときの僕には、そんな事情はわからなかった。ただ、自分の名前ごと、どこかへ連れて行かれるのだと思った。


「アルマン」と彼女は言った。その言葉が、僕の中に落ちてきた。石が水に落ちるみたいに、波紋を広げながら沈んでいった。けれどそれは、僕の名ではなかった。沈んでいくその下で、ジャックという名が揺れていた。


ヴェルサイユでの最初の日々のことは、断片的にしか覚えていない。あまりにも多くのものが、一度に目の前に現れすぎた。広すぎる廊下。高すぎる天井。多すぎる部屋と、多すぎる人間。みんなが僕を見た。見て、何かを言い合った。僕にはその言葉がよくわからなかった。ただ、もう誰も僕をジャックとは呼ばないのだと思った。


マリーさまは毎日会いに来た。僕は最初、彼女を何と呼べばいいかわからなかった。侍女たちは「王妃陛下」と呼んでいたが、それは僕の口には重すぎた。「マリーさま」と呼ぶと、彼女は少し驚いた顔をして、それから笑った。「そう呼んでくれていいわ」と彼女は言った。「あなたは私の子なのだから」。その言葉は温かく、少し苦しかった。


彼女は僕を膝に座らせた。僕はずっと抱っこされたことがなかったので、とまどった。最初は、そういうことをされていいのかもわからなかった。彼女の方からそっと僕の肩に手を置いて、引き寄せてくれた。彼女の手は、予想していたより温かかった。その温かさを、僕はすぐには信じられなかった。


国王のルイさまに会ったのは、来てから二週間後だった。背の高い、表情の少ない男の人だった。僕を見て、何かを考えているような顔をした。怒っているのか、困っているのか、それとも何も感じていないのか、子どもの僕には読めなかった。「アルマンというのか」と彼は言った。「……はい」と僕は答えた。「どこから来た?」「わかりません」。本当は、まったくわからなかったわけではない。けれどどう答えればいいのかが、わからなかった。ルイさまはまたしばらく考えるような顔をして、それからうなずいた。「まあよかろう」。それで決まった。


僕はヴェルサイユに住むことになった。はじめのうち、マリーさまは僕を子ども代わりのように可愛がった。彼女は僕をモン・アンファンと呼んだ。私の子。その言葉に、僕は少しずつすがるようになった。けれど王女マリー=テレーズが生まれると、少しずつ変わっていった。マリーさまの腕の中には、本当の赤ん坊がいた。僕はもう7歳になっていたし、それは当然のことだった。僕にもわかっていた。わかっていたけれど、胸の奥に小さな空洞ができた。


それから数年が過ぎた。王女マリー=テレーズが歩けるようになると、僕は庭で一緒に遊ぶようになった。彼女は僕より七つほど年下で、転んでも泣かない子だった。僕はそこが好きだった。


勉強もした。文字と数字を学んだ。フランスの歴史を学んだ。礼儀作法を学んだ。礼儀作法はむずかしかった。食卓でどのフォークを使うか、誰に向かってどう頭を下げるか、どの部屋でどう振る舞うか。間違えるたびに家庭教師の先生は眉をひそめた。でもマリーさまは「少しずつ覚えればいいのよ」と言ってくれた。


マリーさまは、正式な養子にしたのは僕だけだったけれど、僕の兄弟姉妹たちにも上等な服といい暮らし、そして教育を与えてくれた。弟のデニは、僕よりずっと早くこの場所になじんだ。勉強も礼儀作法もよくできた。チェロの練習にも熱心だった。一七八七年、デニは十代前半という若さで王室のオーケストラに正式に迎えられた。王のチェリストとして。


姉妹のルイーズ=マリーとマリー=マドレーヌは、美しい宮殿でドレスを着て礼儀作法やダンスを学ぶ日々を、心から喜んでいた。兄ルイも、姉マリアンヌも降ってわいた境遇を喜んでいた。とても僕に優しかった。兄弟姉妹は、自分たちだけになると僕をジャックと呼んだ。彼らと一緒にいるときが、いちばん楽だった。


夜、眠れないことがあった。そういうとき僕は、あの街道のことを思い出した。泥まみれで歩いていた日々。祖母の建物での夜。冷たい石の床。兄弟姉妹の寝息。今いるこの場所が夢で、あちらが現実なのではないか、と思うことがあった。ジャックと呼ばれていた僕だけが、まだそこに残っているような気がした。


でも朝になると、マリーさまがやってきて「おはよう、モン・アンファン」と言った。私の子。その言葉が現実だということを、毎朝確認させてくれた。


マリーさまの恩寵を受けて、全員がその恩恵の中で、それぞれの場所を見つけていった。僕も、そうすべきだったのかもしれない。


それでも僕だけが、ときどき、自分がどこに立っているのかわからなくなった。アルマンと呼ばれれば振り向いた。ジャックと呼ばれても、やはり振り向いた。どちらも僕だった。けれど、その二つの名が同じ場所に立っているとは、どうしても思えなかった。

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