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青い目の子どもたち ーーマリー・アントワネットと、⾰命の時代に⽣きた⼦らの物語  作者: はまゆう


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第 ⼀ 部 街 道 の ⼦ 第 ⼀ 章 ア ン ト ワ ネ ッ ト

私が⼦どもを欲していたのか、それとも⼦どもという形をした何か別のものを欲していたのか、今となってはもうわからない。

⼀七七六年の秋、私はまだ⼆⼗⼀歳だった。ヴェルサイユに嫁いで六年が過ぎていた

が、世継ぎはまだ⽣まれていなかった。宮廷の者たちは直接は⾔わなかった。礼儀というものが彼らを縛っていたから。しかし視線は⾔葉よりも正直だ。⾷卓での⼀瞥、廊下でのひそひそ声、そういうものがじわじわと⽪膚の下に染みてくる。王妃としての私の価値は、世継ぎを産むという⼀点にかかっていた。そのことを、私は毎朝⽬を覚ますたびに思い知らされた。

その⽇、私はサン=クルーからヴェルサイユへ戻る途中だった。秋の⻄陽が街道の並⽊を橙⾊に染め、⾺⾞の窓から⾒える景⾊は美しかった。美しいと思うことで、私は⾃分の内側にある何か重いものを押し込めようとしていた。その頃の私にはそういう癖があった。

⾺⾞が急停⽌したのは、パリ街道を抜けてすぐのところだった。

体が前に投げ出されそうになり、私は窓枠を掴んだ。御者が何か叫んでいた。⾺が嘶いた。外が騒然としている。

「何ごとですか」

私は侍⼥のランバル公妃に問うた。

彼⼥は窓から顔を出して確かめ、

「⼦どもがおります」

と答えた。

「街道の真ん中に⽴っていたようで」

私は反対側の窓を開けた。

そこに⼦どもが⽴っていた。五歳か、六歳か。痩せた体に泥のついた上着、素⾜。⾺⾞の轍のすぐそばに⽴ったまま、動こうとしない。なぜ逃げないのか。恐怖で⾜がすくんでいるのか、とはじめは思った。しかしよく⾒ると、違った。その⼦どもは恐怖で⽴ちつくしているのではなかった。ただ、そこに⽴っていた。巨⼤な⾺⾞も、嘶く⾺も、怒鳴る御者も、

すべてを等距離に⾒ているような、そういう眼をしていた。


⻘い⽬だった。


私と同じ⾊の⽬だった。ハプスブルクの⻘ではない、もっと淡い、⽔のように透きとおった⻘。その⽬が、まっすぐに私を⾒ていた。

私が⾺⾞から降りようとすると、ランバル公妃が⽌めた。

「王妃陛下、お体に障ります、それに⾝分の——」

「構いません」

⽯畳に⾜をつけると、秋の冷気が裾を抜けた。御者と護衛の者たちが慌てて周囲を固める。野次⾺が遠巻きに⾒ている。私はそういうことを全部わかっていながら歩いた。

⼦どもの前にしゃがんだとき、私たちの⽬の⾼さが合った。

近くで⾒ると、その⼦どもの顔は思ったより整っていた。⾦⾊の髪が汗で額に張りついている。頬に引っかき傷がある。しかし眼だけはどこも傷ついていなかった。あの⻘い⽬が、私をじっと⾒ていた。逃げもせず、泣きもせず、媚びもせず。ただ⾒ている。

「あなたのお⺟さんは?」

私はフランス語で問うた。

⼦どもは⾸を横に振った。

「お⽗さんは?」

また⾸を横に振る。

「どこから来たの?」

今度は答えない。どこから来たのかも、わからないのかもしれない。あるいは、答える

⾔葉を持っていないのかもしれない。

私はしばらくその⽬を⾒ていた。⻘い⽬が私を⾒ていた。私は⾃分の胸の中で何かがひっくり返るような感覚を覚えた。それは⺟性だったのか、あるいはまったく別の何かだった

のか、今でも正確にはわからない。ただ確かなのは、その瞬間に私の中で何かが決まった、

ということだ。

「名前は?」

⼦どもはまた⾸を横に振った。

「ないの?」

⼩さくうなずく。

私は⽴ち上がった。ランバル公妃が私の顔を読もうとしているのがわかった。護衛の者たちも、御者も、野次⾺も、みな次に私が何を⾔うかを待っていた。

「乗せなさい」

と私は⾔った。

「この⼦を連れていきます」

誰も反論しなかった。王妃の⾔葉に反論できる者は宮廷にいなかった。ランバル公妃は何かを⾔いかけて⼝をつぐんだ。護衛の者が⼦どもを⾺⾞に乗せた。

⾺⾞が動き出すと、⼦どもは私の隣に座って窓の外を⾒ていた。街道が流れていく。並⽊の橙⾊が暮れかかった光の中で燃えるように揺れていた。

「アルマンと名乗りなさい」

しばらく⾛ったところで、私は⾔った。

「今⽇からそれがあなたの名前です」

⼦どもは私を⾒た。その⽬に、はじめて何かが動いた。驚きでも喜びでもない、もっと静かな何かが。

「アルマン」

と私は繰り返した。

「私の⼦として、そう名乗りなさい」

⼦どもは何も⾔わなかった。ただ、ゆっくりとうなずいた。

その夜、ヴェルサイユの私の居室に連れてきたアルマンは、湯浴みをさせると、さっぱりした顔になった。⾦⾊の髪が乾いてふわりと広がった。侍⼥が⽤意した⽩い寝間着を着

て、あの⻘い⽬で部屋の中を⾒回している。絢爛な天井画を、⻩⾦の燭台を、鏡の壁を。驚く様⼦もなく、ただ観察するように。

ランバル公妃が私に⽿打ちした。

「陛下、国王陛下にはどのようにお伝えに?」

「そのままを伝えます」

「宮廷の者たちは——」

「構いません」

私は⾃分でも驚くほど迷っていなかった。迷わないことが不思議なほど、決意は固かっ

た。後から考えれば、あれは決意というより衝動だったのかもしれない。しかしその夜の私

には、その衝動がこれまで⽣きてきた中で最もはっきりとした意志のように感じられた。

アルマンが眠りについたあと、私は彼の寝顔を⾒た。まだ幼い顔が、眠るとさらに幼くなった。引っかき傷のある頬。薄く開いた唇。⻑い睫⽑。

あの⻘い⽬は閉じられていた。

私は⻑いあいだそこに座っていた。⼦どもの寝息を聞きながら、宮廷の何もかもがこの部屋の外にある、と思った。世継ぎを産めという圧⼒も、宮廷の視線も、ルイとの夜の冷たさも、みんな外にある。この部屋の中には、眠っている⼦どもと、私だけがいた。

私はそのとき何を望んでいたのだろう。

今になって考えると、おそらく私は、何かを救いたかったのではない。救われたかったのだ。あの⻘い⽬に。あの、何も怖れていないような眼差しに。


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