第九話 塩田流馬術(その1)
春の訪れとともに塩田平の雪も次第に姿を消し、山々の斜面には若草が芽吹き始めていた。冬の間は白一色であった山肌にもところどころ土が顔を出し、朝夕にはまだ冷気が残るものの、昼になれば柔らかな日差しが野を照らす。そんなある日の朝、源七郎はいつものように安楽寺へ向かうのではなく、塩田城の馬場へと呼び出されていた。これまで谷仙のもとで書や歴史を学び、人の世の理を知ることに重きを置いてきた源七郎にとって、朝早くから馬場へ来るよう命じられたことは少し意外であったが、何を教えられるのかという期待の方が強く、まだ幼さの残る顔には隠しきれない好奇心が浮かんでいた。
馬場の中央には時勝が立っていた。その傍らには数頭の馬が繋がれており、その中には源七郎がこれまで見たことのないほど立派な体躯をした馬もいる。時勝は源七郎の姿を認めると、満足そうに頷きながら手招きをした。
「来たか、源七郎。今日から少しずつ武の稽古も始める。まだ六つの童に戦場へ出ろと言うつもりはないが、いずれ塩田家を継ぐのであれば、我らが何をもって戦い、何をもってこの地を守ってきたのかを知っておかねばならぬ。その第一歩として、まずは馬を学べ」
源七郎は馬場に並ぶ馬を見渡しながら頷いた。
「馬に乗るのですか」
「そうだ。しかし、いきなり乗せるつもりはない」
時勝はそう言って馬の方へ歩き出した。源七郎もその後を追う。
「塩田衆の強みは騎馬だ。小県の地は山が多く、平地も決して広くはない。それでも我らは古くより馬を扱い、戦となれば馬をもって敵を破ってきた。おぬしも知っている通り、我らには塩田流馬術というものがある。これは昨日今日生まれたものではない。古くからこの地で受け継がれ、戦場で幾度となく磨かれてきた我らの武そのものよ」
塩田流馬術
その名を源七郎は以前から聞かされていた。塩田衆が小県において名の知られた騎馬集団であることは、範康や勝治からも聞いていたし、時勝自身も以前から馬術を学ばせると語っていた。しかし、実際にその技がどのようなものなのか、源七郎にはまだ想像することができなかった。
時勝は一頭の馬の首筋へ手を置き、ゆっくりと撫でながら言葉を続ける。
「信濃には小笠原流という馬術の流れもある。あれも古くから続く立派な流派であり、武士として馬に乗る者ならば一度は耳にする名であろう。礼法や作法を重んじ、馬上での姿勢や振る舞いを整えることにも大きな意味を置いておる。それに対して我らの塩田流は、もっと泥臭い。戦で勝つこと、生きて帰ること、それを何よりも重んじてきた。美しく乗ることよりも敵を倒すこと、決められた形よりもその場で最も生き残れる動きを選ぶ。それが我らの馬術だ」
時勝が語った言葉は簡潔であったが、その裏には塩田衆が長い年月を戦場で積み重ねてきた経験があった。
塩田流馬術が特に優れているとされたのは、単に一人の騎手が巧みに馬を操ることではない。むしろその真価は、数十、数百の騎馬を一つの集団として動かすことにあった。騎馬武者一人ひとりが馬を自在に扱いながら、同時に周囲の味方の動きを読み、互いの間隔を崩さず、必要とあれば一斉に敵へ襲い掛かる。個々の技量だけではなく、集団そのものを一つの生き物のように動かすことこそが、塩田衆の騎馬戦術の根幹であった。
戦場において騎馬隊が敵陣へ突撃する場合、普通ならば勢いを保ったまま敵へぶつかれば、それだけで隊列は乱れやすい。前方の者が敵と接触すれば後方の者は進路を変えざるを得ず、馬同士がぶつかれば騎手の動きも鈍る。ところが熟練した塩田衆では、突撃の勢いを保ったまま騎馬の列を操り、敵の目前で進路を変えながら弓を放つことさえ可能であったという。後世の塩田家家伝書には、その動きを「駆けながら放ち、放ちながら駆け、列を乱さずして敵を削る」と記しており、まるで騎馬そのものが一斉射撃を行うかのようであったと伝えられている。
もっとも、それほどの技量を身につけるには長い年月の修練が必要となる。馬を操ることすら覚束ない者が、いきなり集団戦術を身につけられるはずもない。まして源七郎はまだ六つであり、戦場どころか本格的な騎乗経験すらほとんどないのである。
時勝はそんな源七郎の顔を見て、ふっと笑った。
「とはいえ、今のおぬしにそんなことを教えても仕方がない。まず覚えるべきは、馬に乗ることではない」
「では、何を覚えるのですか」
「馬を知ることだ」
時勝はそう言うと、馬の首筋を軽く叩いた。
「馬は道具ではない。人間が命じれば何でも従うものでもない。怖がれば逃げるし、嫌えば動かぬ。騎手が焦れば馬も焦り、騎手が怯えれば馬もまた怯える。戦場では馬と騎手のどちらか一方だけが優れていても意味がない。二つの心が一つになって初めて、馬は人間の足となる」
源七郎は目の前の馬をじっと見つめた。
「では、どうすれば馬と心を一つにできるのでしょうか」
「世話をすることだ」
時勝は迷いなく答えた。
「乗ることより先に、餌を与え、水をやり、身体を拭き、蹄を見て、具合が悪ければそれに気付く。毎日顔を合わせ、毎日声を掛け、馬がおぬしを覚えるまで世話をするのだ。馬からすれば、突然背中へ人を乗せられて走れと言われるより、自分を大切にしてくれる者の命令を聞く方がよほど自然であろう」
それから時勝は少し離れた場所にいた御牧家の者へ目を向けた。
「そのために、おぬしの馬を一頭用意した。どの馬を与えるかは兼定に選んでもらっておる。御牧家は代々この塩田平の牧を預かってきた家だ。馬のことなら、わしよりもあの一族の方が詳しいことも多い。特に兼定にはわしは叶わぬ、おぬしは今日からその馬を自分で世話せよ」
源七郎は目を輝かせた。
「自分で、ですか」
「そうだ。馬丁に任せてはならぬ。もちろん最初から一人で何もかも出来るとは思っておらぬ。御牧家の馬丁に教えてもらいながら、一つずつ覚えればよい。ただし、世話をするのはおぬし自身だ。誰かに代わってもらおうとは思うな」
こうして源七郎は、塩田流馬術を学ぶ最初の修行として、一頭の馬を与えられた。
御牧兼定が選んだその馬は、まだ若さを残した黒毛の牡馬であった。体格は大きすぎず、小さすぎず、脚もしっかりしている。気性は荒くはないものの、誰にでも懐くような馬でもなく、初めて近付いた源七郎に対しては、警戒するように耳を動かしていた。
源七郎は馬丁から飼葉の与え方を教わり、水桶を運び、身体を拭くための道具を手渡された。馬の毛並みを整えるだけでも思っていた以上に時間が掛かり、少しでも力を入れ過ぎれば馬が嫌がって身体を動かすため、最初のうちは何度も手を止めることになった。
「若様、馬は人の言葉を話しませぬが、嫌なことがあれば必ず身体で知らせます。耳の向き、目の動き、尾の振り方、脚の置き方までよく見てくだされ。馬を扱う者は、自分が何をしたいかより先に、馬が何を思っているのかを考えねばなりませぬ」
馬丁の言葉を聞きながら、源七郎は黒毛の馬を見つめた。
それまでの源七郎にとって、馬とは「乗るもの」でしかなかった。しかし、世話を始めてみると、それだけではないことが次第に分かってきた。朝になれば自分の姿を見て鳴くこともあれば、機嫌が悪い日は餌へすぐに口を付けないこともある。身体を拭いてやると気持ちよさそうに目を細める一方、蹄を触られることを嫌がる日もあった。
源七郎は最初のうち、それらを一つ一つ覚えるだけで精一杯だった。それでも毎日欠かさず馬のもとへ通い、同じように声を掛け、同じように餌を与え、身体を拭き、蹄を確かめることを続けていると、やがて馬の方から源七郎へ近付いてくるようになった。
ある朝、源七郎が厩へ入ると、黒毛の馬は自ら首を伸ばし、彼の肩へ鼻先を寄せた。
「おはよう」
源七郎がそう言って首筋を撫でると、馬は嫌がることもなく、その手へ身体を預けた。
その様子を少し離れたところから見ていた馬丁は、満足そうに頷いた。
「ようやく覚えられたようですな」
「何をですか」
「若様のことをです」
源七郎は意味を理解するまで少し時間が掛かった。
だが、馬の温かな身体へ手を置いているうちに、時勝が言っていた言葉を思い出した。
馬を知ること、馬に知ってもらうこと、それが塩田流馬術の最初の一歩なのだ。
それからさらに幾日も経つと、源七郎は馬の世話をすることを楽しみにするようになった。朝は厩へ行き、馬の様子を確かめ、餌を与え、身体を拭く。昼には牧へ連れて行き、走る姿を眺める。夕方になれば再び身体を整え、最後に首筋を撫でながら一日の終わりを告げる。
そうした日々を重ねるうち、源七郎と馬との間には、幼いながらも確かな信頼が生まれ始めていた。
そしてある朝、時勝は厩へやって来ると、源七郎と栗毛の馬を眺め、満足そうに笑った。
「よし、そろそろ乗ってみるか」
源七郎は目を輝かせた、長い騎馬武者としての道のりはまだ始まったばかりである。




