第五十二話 神流川の戦い
藤田信吉の挙兵を知った滝川一益は、沼田城を救援するため、二万五千の軍勢を率いて北上を開始した。
本能寺の変によって織田信長と嫡男信忠を失った今、上野の支配を維持することは容易ではない。だが、だからといって、領内の城を敵に奪われるまま放置するわけにもいかなかった。沼田城は上野北部を押さえる要地であり、ここを失えば北からの上杉勢の進出を許すだけでなく、上野全域における織田方の支配も大きく揺らぐことになる。一益にとって、沼田城の救援は、伊勢への撤退を考えるうえでも避けて通れぬ戦いであった。
ところが、進軍の途上、一益のもとに新たな報せが届いた。北条家が武蔵国深谷の周辺に大軍を集め、上野へ向かう動きを見せているというのである。
一益は、すぐさま軍議を開いた。
「北条が兵を集めているだと。先日には、これまでどおり協調を保つとの書状を寄越してきたばかりではないか」
家臣たちも困惑を隠せなかった。北条家から届いた書状には、織田家との協調関係を維持する旨が記されていたはずである。ところが、信長父子の死によって織田家の威勢が揺らぐや、北条家は軍勢を集めて上野へ圧力をかけ始めた。書状の言葉と実際の動きが食い違っている以上、一益としても、北条家の真意を疑わざるを得なかった。
「北条は、もはや織田家に従うつもりがないということか」
一益は苦々しく呟いた。北条家にとって、上野は関東の覇権を左右する重要な土地である。織田家の支配が揺らいだ今、上野を取り戻そうと考えるのは不思議ではなかった。だが、一益にしてみれば、上野を離れる前に北条家と事を構えることは、避けたい事態だったのである。
それでも、北条勢が大軍を集めている以上、沼田城へ向かう途上で背後を脅かされるわけにはいかない。一益は進軍の方向を変え、軍勢を反転させると、上野南部へ向かった。北条勢の動きを確かめ、必要とあらばこれを押し返すつもりであった。
しかし、一益が沼田城への救援を断念して南へ向かったことで、城内に残された滝川勢は、孤立することとなった。
沼田城を守る滝川益重は、主力が北条勢への対応に向かったと知っても、城を明け渡すつもりはなかった。城兵を配置し直し、敵の攻撃に備えて守りを固めたが、上杉家の助力を得た藤田勢は勢いに乗って攻め寄せてきた。城の周囲を押さえながら攻撃を繰り返す敵に対し、益重は兵を励まし、限られた人数で必死に防戦を続けたのである。
それでも、兵力の差は覆し難かった。藤田勢の攻勢は日を追うごとに激しさを増し、城兵は休む間もなく応戦を続けた。やがて城の外郭にあたる水曲輪が敵の手に落ちると、城内には落城を予感する空気が広がり始めた。
「このままでは、城を守りきれぬか……」
益重は歯噛みした。主君である一益が戻ってくるまで持ちこたえたいところだが、救援がいつ届くかも分からない。城兵の疲労は深まり、敵の勢いは衰える気配を見せなかった。ここで城を失えば、一益の撤退にも影響を及ぼすことになる。益重はなおも守りを崩さぬよう命じたが、戦況は次第に追い詰められていった。
そのとき、城外から新たな鬨の声が響き渡った。
藤田勢が攻め寄せる方角とは別の場所から、旗指物を掲げた一団が現れたのである。掲げる紋は六文銭、先頭に立つのは真田安房守昌幸であった。
昌幸は、一益との対談を終えると、上野に残された真田領の岩櫃城を拠点として兵を集めていた。同時に、小県で動員していた軍勢にも出陣を命じ、沼田城を取り戻す機会を窺っていたのである。一益が沼田領を返還すると約した以上、その約束を現実のものとするためにも、城が藤田勢の手に渡る事態は避けなければならなかった。
そして今、一益が北条勢への対応を優先したことで、沼田城の守備は手薄になっている。昌幸にとって、これを見逃す理由はなかった。
「敵は城攻めに兵を割いている。正面から押し返すだけではなく、退路を断つように動け。叔父上、源三郎、左右から敵の背後へ」
昌幸の命を受け、矢沢頼綱と信幸はそれぞれ兵を率いて動き始めた。真田勢は、沼田城を攻める藤田勢の側面へ回り込み、敵の退路を脅かすように陣を展開したのである。
城内の滝川勢がこれに呼応して反撃に転じると、藤田勢は城攻めを続けることも、背後から迫る真田勢に対処することも難しくなった。攻め落とす寸前まで追い詰めたはずの城を前に、今度は自らが包囲されかねない状況に陥ったのである。
頼綱は老練な指揮で敵の動きを封じ、信幸もまた、若さに似合わぬ落ち着きで兵を率いて藤田勢の側面を突いた。真田勢の攻撃は決して無秩序なものではなく、敵の退路を押さえながら、城内の滝川勢が反撃する余地を作り出していた。
「真田が来たか……!」
藤田信吉は、思いもよらぬ援軍の出現に顔を歪めた。上杉家の助力を得て沼田城を奪還する好機と考えていたが、ここで真田勢と滝川勢の挟撃を受ければ、手痛い損害を被りかねない。沼田城を目前にしながら、これ以上攻め続けることは危険だった。
信吉は、ついに撤退を決断した。藤田勢は城から兵を引き、真田勢の追撃を警戒しながら戦場を離れていった。こうして、落城寸前にまで追い詰められていた沼田城は、昌幸の救援によって危機を脱したのである。
戦いがひとまず収まると、滝川益重は城外へ出て昌幸を迎えた。
「真田殿、このたびは危ういところを救っていただいた。まことにかたじけない」
「城を守り抜かれたのは、益重殿と城兵の働きあってのこと。こちらこそ、よくぞ持ちこたえられた」
昌幸は穏やかに応じたが、益重はすぐに疑問を口にした。
「しかし、真田殿はいったい、なぜここにおられるのか。一益様は、北条勢に備えて南へ向かわれたはず。真田殿がこの城へ来られた事情を、聞かせていただきたい」
昌幸は、わずかに目を細めた。ここで自らの動きを正直に明かすわけにはいかない。沼田領の返還については一益との間で話がついているが、まだ一益自身が上野にいる以上、城の引き渡しが正式に済んだわけではなかった。何より、益重を城に留めたままにすれば、今後の沼田支配をめぐって余計な争いを招く恐れがある。
「一益殿から、沼田領を真田家へ返すとのお話をいただいております。すでにそのように決まった以上、我らがこの城を守るのも当然のことにございましょう」
「殿が、沼田を真田殿へ……?」
益重は驚いた様子で昌幸を見た。昌幸は、あくまで一益との約束に基づいて行動しているのだと説明し、それ以上の事情には触れなかった。
「今、一益殿は北条家と対陣しておられる。沼田の守りは我らが引き受けますゆえ、益重殿は急ぎ一益殿のもとへ向かわれよ。主君の危機に、城に留まっている場合ではありますまい」
昌幸の言葉には、反論を許さぬ響きがあった。益重としても、一益が北条勢と戦っている以上、いつまでも沼田に留まるわけにはいかない。まして、主君が自らの撤退に備えて城を真田家へ返すと決めたのであれば、ここで争う理由も見いだし難かった。
益重は、昌幸の言葉を受け入れ、城兵をまとめて沼田を離れることとなった。
こうして昌幸は、沼田城を真田家の手に取り戻した。一益との約束を利用しながら、城を守る滝川勢を無理に討つことなく退かせたのである。力ずくで奪うのではなく、相手が置かれた状況を見極め、最も都合のよい形で城を手にする。それは、昌幸がこれまでの戦いと交渉を通じて身につけてきたやり方でもあった。
しかし、沼田城の攻防が終わったからといって、上野の情勢が落ち着いたわけではない。むしろ、一益が南へ向かったことで、事態はさらに大きく動き始めていた。
六月十四日、滝川勢と北条勢は、上野と武蔵の境に近い神流川の周辺で対峙した。
北条家は、信長の死を機に上野への進出を本格化させていた。一益が協調関係の継続を求めたにもかかわらず、北条方はその要請を受け入れず、軍勢を進めてきたのである。一益は、北条家が織田家との関係を事実上捨て、上野を奪い取るつもりだと判断した。
「北条は、もはや我らと手を結ぶ気などないということか」
一益は、神流川の向こうに広がる北条勢の陣容を見据えた。北条軍は氏直を中心に大軍を集め、その兵数は五万にも及ぶと伝えられていた。一方、一益が率いる滝川勢は、およそ二万。数の上では倍以上の差があり、正面からぶつかれば厳しい戦いになることは明らかだった。
それでも、一益は退かなかった。織田家の重臣として、信長から託された上野の支配を簡単に放棄するわけにはいかない。撤退を考えていたとはいえ、北条家に一方的に押し出される形で領国を失えば、織田家の威信を損なうばかりか、伊勢へ帰還する軍勢にも大きな損害が出かねなかった。
一益は、北条方へ使者を送り、戦を避ける道を探った。しかし、北条勢はその申し入れに応じず、軍勢を進め続けた。もはや、言葉によって事態を収めることはできない。両軍は神流川を挟んで陣を構え、戦いの時を迎えることとなった。
戦端が開かれると、滝川勢は数に勝る北条軍を相手に善戦した。一益は敵の動きを見極めながら兵を配置し、北条勢の攻勢に対して巧みに応戦した。大軍を相手にしても陣形を崩さず、敵の勢いを削ぎながら戦線を維持するその指揮は、長年にわたり織田家の先鋒として各地を転戦してきた武将の力量を示していた。
北条勢もまた、容易には崩れなかった。兵数の優位を生かして攻撃を繰り返し、滝川勢に休む間を与えない。戦いは数日にわたって続き、両軍の兵は神流川周辺で激しくぶつかり合った。
だが、兵力の差は大きかった。滝川勢が一つの攻勢を退けても、北条勢は次々と兵を繰り出し、戦場を覆うように圧力をかけてくる。一益が巧みな指揮で持ちこたえようとも、限られた兵で大軍の攻撃を受け続けるには限界があった。
そして十九日、一益は撤退を開始する。織田家による上野支配の終焉だった。




