第五十三話 一益の撤退
神流川の戦いに敗れた滝川一益は、翌日には碓氷峠を越え、信濃佐久郡の要所である小諸城へと入った。上野からの撤退を急ぐ一益にとって、まずは信濃へ抜ける道を確保し、崩れかけた軍勢を立て直すことが先決であった。小諸城には家臣の道家正栄が在城しており、一益はここで正栄と合流すると、追撃に備えて今後の道筋を検討し始めた。
神流川での敗北は、一益にとって大きな打撃だった。北条方の大軍を相手に善戦したとはいえ、上野の支配を維持することはもはや難しく、今は織田家の勢力圏へ無事に帰還することを考えねばならない。北条の動きが速ければ、撤退する軍勢が再び敵の攻撃を受ける可能性もあった。勝者のように振る舞う余裕はなく、かといって敗北に打ちひしがれている暇もない。一益は将として、残された兵を率いて帰還する責任を負っていた。
小諸城には、もう一人、一益にとって頼りとなる人物がいた。武田家の旧臣である依田信蕃である。
信蕃は武田家滅亡後、徳川領に身を寄せていたが、信濃における地盤を保ち、旧武田領の情勢にも通じていた。徳川家とのつながりを持つ信蕃は、一益が信濃を通って撤退するにあたり、小県郡や佐久郡の国衆が道中で敵対しないよう、あらかじめ各家から人質を集めていた。その人質を一益に預けることで、道中の安全を確保しようとしたのである。
その一件を報告した信蕃は、最後に一つの問題を付け加えた。
「ただし、真田だけは人質を出そうとしませんでした」
「真田が、か」
一益は眉をひそめた。
「はい。こちらから話を持ちかけましたが、応じる気配はありませんでした」
信蕃の言葉を聞きながら、一益はしばらく黙り込んだ。
真田安房守昌幸。武田家滅亡後も小県郡を保ち、織田家に従うことで領地と家臣を
守った男である。一益自身、昌幸の才覚を認めていた。だが、神流川での敗戦を前にして、昌幸が何を考え、どこまで先を見て動いていたのかを思えば、素直に信頼することはできなかった。
沼田城をめぐる報せも、すでに小諸へ届いていた。藤田信吉の挙兵によって混乱した沼田城を、昌幸は巧みに奪取したという。滝川益重を救援するため北上していた一益が北条勢の動きを知り、南へ引き返した隙を突かれた形であった。
しかも、益重は一益と合流するために城を離れている。昌幸はその判断を利用し、滝川勢との正面衝突を避けながら沼田を手に入れたのだ。
偶然の重なりと見ることもできよう。しかし、一益にはどうにも腑に落ちなかった。
「安房守は、初めからこうなることを見越していたのではあるまいな」
呟くように漏らした言葉に、信蕃はすぐには答えなかった。
「真田が何を考えているか、私には分かりませぬ。ただ、あの男が現状をそのまま受け入れるような人物でないことは確かでしょう」
「……そうであろうな」
一益は短く応じた。
真田は人質を出さず、沼田を奪った。これを単なる独立心の強さと受け取るべきか、それとも織田家の勢力が揺らぐことを見越した動きと見るべきか。いずれにせよ、昌幸が自らの利益を優先して動いていることに変わりはない。
織田家の力が健在であれば、真田もまた、その威勢を無視することはできなかったはずだ。だが、信長と信忠が本能寺で命を落とし、各地の情勢が一変した今、昌幸が同じ態度を取り続ける保証はない。
一益は真田への不信を深めたが、今はそれを問いただす時ではなかった。北条勢はすでに上野を押さえようと動いている。これ以上の遅れは、撤退する軍勢そのものを危険にさらしかねない。真田への疑念を胸に留めたまま、一益は帰還の準備を急がせた。
時は数日を遡る。沼田城を押さえた昌幸は、次の一手を考えていた。
沼田は真田家にとって、単に失った領地を取り戻したというだけの土地ではない。上野と越後を結ぶ要衝であり、北条と上杉、さらには徳川の動きを見定めるうえでも重要な位置にあった。ここを確保できたことは大きい。だが、滝川一益が撤退したからといって、上野をめぐる争いが終わったわけではなかった。むしろ、織田家の支配が崩れたことで、北条をはじめとする周辺勢力が領地を広げようと動き出すのは必定である。
昌幸は沼田を手に入れた勢いのまま、周囲へ兵を進めるつもりはなかった。今は得たものを確かなものとし、次に誰がどのように動くかを見極めるべき時である。
そして、そのための手立ての一つとして、昌幸は小県にいる息子のことを考えていた。
塩田家は織田家の直臣であり、真田家とは別の立場にある。信時もまた、父の家に従属するだけの若者ではなく、塩田家当主として自らの判断で動かねばならない立場になっていた。だからこそ、今回のような情勢にあって、信時がどのような道を選ぶかは、昌幸にとっても見極める価値があった。
昌幸は使者を呼び、信時へ書状を届けるよう命じた。
書状に記した提案は、滝川一益の撤退を支援すること、そしてその道中にある依田信蕃との縁を結ぶ機会を逃さぬことだった。信蕃は武田家の旧臣であり、今は徳川家とつながりを持つ。徳川家康が甲斐・信濃へ勢力を伸ばすことになれば、信蕃のような人物は、いずれこの地域の情勢を左右する存在となるだろう。
真田家と塩田家、それぞれが独立した立場を保ちながら、必要に応じて異なる勢力との縁を結んでおく。その積み重ねこそ、乱世を生き抜くための備えであった。
ただし、昌幸は信時が自分の言葉をそのまま受け入れるとは考えていなかった。信時は塩田時勝に育てられた信義を重んじる男であり、ただ利があるというだけで行動を決める性格ではない。だからこそ、今回の話も、信時自身が納得したうえで決断することが大切だった。
父の考えを理解しながらも、自らの信念に従って動く。その姿勢を失わぬ限り、信時は塩田家を背負う者として成長していくだろう。
六月二十三日。
小諸城に、塩田源七郎信時が率いる約二百の兵が姿を現した。
その報せを聞いた一益は、思わず顔を険しくした。
「塩田が来ただと?」
真田が人質を出さなかったことに加え、沼田を奪われたばかりである。そこへ、真田と縁の深い塩田勢が現れたとなれば、警戒するのも当然だった。塩田家は織田家の直臣であるとはいえ、昌幸の庶子が当主を務めている。真田と示し合わせ、撤退する滝川勢の動きを探りに来た可能性も否定できない。
「何のために来た。こちらの退路を塞ぐつもりか、それとも北条に通じたか」
一益は警戒を解かぬまま、信時との対面を命じた。
やがて城内に通された信時は、まず一益に対して深々と頭を下げた。まだ若い当主ではあるが、その身のこなしに浮ついたところはない。背後に控える塩田勢もまた、騒ぎ立てることなく整然と待機していた。
「塩田源七郎信時にございます。このたびは、滝川様の撤退をお支えするため参りました」
「撤退を支える、だと?」
一益は信時の顔を見据えた。
「そなたの父、真田安房守は沼田を奪い、こちらには人質すら出さぬ。そのような折に、なぜ塩田がわざわざ兵を率いて参る必要がある」
「真田家のことにつきましては、私から申し上げることはございません。ただ、塩田家は織田家の直臣でございます。滝川様が織田家のために戦い、今また帰還なさるのであれば、我らがその道中をお支えするのは当然のことと存じます」
信時は一益の疑念を正面から受け止め、言葉を続けた。
「勝ち戦の折だけ力を貸し、敗れれば見捨てる。それでは、織田家に仕える者として筋が通りませぬ。ましてや、今は天下の行く末さえ定まらぬ時。こういう時にこそ、互いに支え合うべきではないでしょうか」
その言葉に、一益はすぐには答えなかった。
若さゆえの理想論と切り捨てることもできる。しかし、信時の言葉には、ただ自分をよく見せようとする者の軽さがなかった。少なくとも、彼自身は本心からそう考えているように見えた。
だが、信時はさらに踏み込んだ。
「また、真田家の人質が必要であるならば、私がその役目を担いましょう。実父安房守もそれでよいと考えたのかもしれませぬ」
「何だと?」
一益の目が細くなった。
真田は人質を出さず、その一方で実子である信時が人質の役を担うという。昌幸が一益への疑念を承知したうえで、息子を差し出すことで信頼を取り戻そうとしているのか。それとも、信時を滝川勢に同行させることで、こちらの動きを探ろうとしているのか。
いずれの可能性も考えられるだけに、一益はかえって判断に迷った。
「安房守が、そなたにそう命じたのか」
「いえ、そうではありませぬが。あの実父ですのでそう考えてもおかしくはないかと。私自身、今は織田家に仕える者として、滝川様のお力になりたいと考えております」
信時は言葉を飾らなかった。昌幸の名を借りて自らの行動を正当化するのではなく、あくまで自分の意思として支援を申し出ている。その姿勢が、かえって一益の疑念を深める面もあった。
その場にいた依田信蕃が、静かに口を開いた。
「滝川様、塩田家の申し出はお受けになるべきかと存じます」
一益は信蕃へ目を向けた。
「信蕃殿は、これを信用できると申すのか」
「信用するか否かは、ひとまず脇に置いて考えるべきでしょう。今、滝川様に必要なのは、無事に信濃を抜けるための力でございます」
信蕃は落ち着いた口調で続けた。
「塩田家は信濃でも屈指の騎馬衆を抱えております。その武威は、この地の国衆で知らぬ者はおりますまい。約五百と聞けば少なく思われるかもしれませぬが、騎馬を主力とする塩田勢は機動力に優れ、敵の追撃を防ぐうえでも役に立ちましょう。少なくとも、我らの撤退を妨げるために来たと考える理由はございません」
「だが、真田との関係はどう見る」
「真田が何を考えているにせよ、塩田家は織田家の直臣です。信時殿がその立場を守ろうとするのであれば、こちらもその申し出を利用すればよいのです。疑念があるからといって、使える力まで遠ざける必要はありますまい」
信蕃の言葉には、現実を踏まえた重みがあった。
一益は信蕃を評価していた。武田家滅亡後も、信蕃は情勢を見誤ることなく身の置き所を考え、今も小県・佐久の国衆との関係を保っている。その信蕃が受け入れるべきだと進言する以上、塩田勢を同行させることには相応の利があるのだろう。
何より、一益には時間がなかった。北条の追撃が迫る中、真田への不信を理由に塩田の支援を拒み、撤退を危うくするわけにはいかない。
「……よかろう。塩田勢の同行を認める。ただし、道中ではこちらの指示に従ってもらう」
「承知いたしました」
信時は再び頭を下げた。
こうして一益は、信時率いる塩田勢を伴って小諸城を発つことになった。そして城を明け渡すにあたり、信蕃に小諸城を任せることを決めたのである。信蕃にとっても、これは徳川家とのつながりを背景に、信濃における足場を固める機会となった。
城を出る前、信時は信蕃と向き合った。
「依田殿、このたびは滝川様へのご助言、感謝いたします」
「礼には及びませぬ。私も、今は滝川様が無事に退かれることが、信濃のためになると考えただけのこと」
「それでも、依田殿のお考えを伺うことができたのは幸いでした。武田家が滅び、天下の形も変わりつつある今、我らもこれまでと同じ考え方では立ち行かぬのでしょう」
信蕃は、若い塩田家当主を改めて見た。
「源七郎殿は、武田家に仕えていたわけではないのでしょう」
「幼い頃に父のもとを離れ、塩田家に養子として入りました。武田家に仕えた経験はございません。しかし、父や周囲の者たちから、武田家の盛衰については幾度も聞かされております」
「なるほど。ならば、武田家の旧臣である私とは、見てきたものも違いましょうな」
「違うからこそ、お話を伺いたいのです。依田殿は、武田家が滅びた後も生き残り、徳川様との縁を結ばれた。これからの信濃がどうなるのか、私にはまだ見通せぬことばかりです。いずれ、改めてお話を聞かせていただければ幸いにございます」
信時の言葉には、相手の立場を利用しようとする露骨な打算はなかった。だが、ただ教えを乞うだけの若者でもない。信蕃が徳川家とつながりを持ち、これからの信濃で重要な役割を果たす可能性を見ているからこそ、今のうちに縁を結んでおきたいと考えていた。
それは、出浦盛清のもとで学んだことでもあった。人の言葉をそのまま信じるのではなく、その者がどこに立ち、何を求め、どのような道を歩もうとしているのかを見極める。そして、今は小さな縁であっても、後に大きな意味を持つ可能性があるならば、軽んじずに結んでおく。縁は情報を得る最上の手段であるのだから。
信時は信義を大切にしていた。だからこそ、滝川一益の撤退を支援することに迷いはなかった。しかし、信義を守ることと、先を見据えて動くことは、決して相反するものではない。塩田家を守るためには、誠実であるだけでは足りず、周囲の情勢を見据え、必要な縁を自らの手で築いていくことも求められるのだ。
「私も、源七郎殿とは今後とも縁を結んでおきたいと思います。乱世が再び動き始めた今、互いに知恵を貸し合うこともありましょう」
「ありがたきお言葉。今後とも、よろしくお願いいたします」
二人は互いに礼を交わした。
この時に結ばれた縁が、後にどのような意味を持つことになるのか、まだ誰にも分からなかった。ただ、武田家が滅び、織田家の支配が揺らぎ始めた信濃において、信時と信蕃はそれぞれの立場から生き残る道を模索していた。そして、その道が交わったことは、両者にとって決して無意味なことではなかった。
一方、小諸城を発った一益は、塩田勢を伴いながら信濃を抜け、織田家の勢力圏へと退いていった。
注:依田信蕃
当初は信濃先方衆として信玄に仕える。長篠の戦いの時期は遠江二俣城の守将であった。徳川勢に対し見事な戦いぶりを見せ、徳川家康に高く評価される。武田家滅亡後はその才を高く評価されて徳川家に匿われる。
天正壬午の乱では本領である信濃佐久郡へ家康の命により入り活躍。




