第四十二話 織田への臣従(その4)
昌幸が信長、信忠との対面を終えると、次は塩田家の番となった。
時勝は信時と兼定を伴い、上原城へ入った。三人が案内された先には、織田信忠が控えている。先に昌幸が織田家への出仕を認められたことを考えれば、ここで行われるのは塩田家としての臣従を確認するための対面である。
時勝は信忠の前に進み出ると、静かに頭を下げた。
「平朝臣信濃介塩田四郎時勝にございます」
続いて、その隣に立つ信時が頭を下げる。
「平朝臣塩田源七郎信時にございます」
最後に兼定が進み出た。
「藤原朝臣右馬助御牧次郎兼定にございます」
三人が名乗りを終えると、信忠はしばらく彼らを見た。
「塩田家か。武田家の滅亡に際しても、その領地を守り続けていたと聞いている」
「はい。武田家に仕えておりました時は真田家の与力ございましたが、塩田家はもともと武田家の家臣ではございませぬし、真田家の家臣でもございませぬ。此度は、塩田家として織田家へ参ることを決めました」
時勝の言葉に、信忠は頷いた。
「そのことは聞いている。真田とは別の家として出仕するということだな」
「左様にございます」
時勝は余計なことを語らなかった。塩田家は塩田家として生きる。それは昌幸たちとの話し合いでも確認したことであり、これから先も変えるつもりはない。
信忠の視線が、今度は信時へ向けられた。
「源七郎は、そなたの子か」
「養子にございます」
時勝が答えた。
「わしの嫡男であった三郎時信が、長篠にて討死いたしました。その後、塩田家を継ぐ者として、この源七郎を養子に迎えたのでございます」
信忠は信時を見た。
まだ十四歳。しかし、すでに元服を済ませ、塩田家の名を背負う立場にある。その若さで家を継ぐことになった事情を知れば、信忠にも容易に想像できるものがあった。
「そうか。実父は」
「わが実父は真田安房守でございます」信時は堂々と答えた。
長篠で死んだ者は多い。武田家のために戦った者たちの中には、戻ることのできなかった者が数多くいた。時信もその一人であり、その死によって塩田家の後継を担う者がいなくなった。そして信時は、昌幸の実子でありながら塩田家の養子となり、時勝の後を継ぐ立場となったのである。
信忠はそれ以上、信時のことを尋ねなかった。
「塩田家が武田に仕えてきたことは知っている。その武勇についても聞いている。そなたの家には、よい馬が多いそうだな」
「はい。塩田平は古くより牧を置き、馬を育ててまいりました」
時勝が答えると、家臣たちによって五頭の馬が引かれてきた。
どの馬も体格がよく、脚が強い。戦場で騎乗することを考えて育てられた馬であることは、馬に詳しくない者にも分かるほどだった。
「此度、前右府様、三位中将《信忠》様へ塩田家より五頭を献じます」
時勝が告げる。
信忠は馬を眺めた後、その報告を信長へ伝えた。
ほどなくして、信長が姿を現した。
信長は献じられた馬に目を向け、それから時勝へ視線を戻した。
「塩田の馬か」
「左様にございます」
「我らの間でも、塩田衆の騎馬はよく知られていた。馬だけではない。戦でも相応に働いたと聞いている」
「恐れ入ります」
信長はさらに信時へ目を向けた。
「そして、そなたが源七郎か」
「平朝臣塩田源七郎信時にございます」
「若いな」
「十四にございます」
「その若さで塩田家を継いだのか」
時勝が一礼する。
「私の嫡男であった時信が長篠にて討死いたしました。源七郎はその後、わしの養子として塩田家へ入りました。今は塩田家を継ぐ者として、家のことを学ばせております」
信長は信時を見たまま、しばらく黙っていた。
「そうか」
信長はそれ以上、感情を表には出さなかった。ただ、十四歳の少年が背負っているものが軽くないことだけは理解しているようだった。
「よい。塩田家がこれまで守ってきた土地については、そのまま認めよう。今後も織田家のために働け」
「ありがたき幸せにございます」
時勝が深く頭を下げた。
これで塩田家の領地は、織田家の支配のもとで改めて安堵されたことになる。武田家が滅びた以上、これまでと同じ立場ではいられない。それでも、塩田平そのものを失わずに済んだことは大きかった。
しかし、時勝にはもう一つ、信長に願いたいことがあった。
「恐れながら、前右府様に一つお願いがございます」
「申してみよ」
「塩田家は、古くより信濃国司に仕えてまいりました。信濃国が置かれた頃より、帝の牧を守り、馬を育ててきた家でございます。そして、かつてはその馬を朝廷へ献じることも、我らの務めの一つでございました」
時勝はそこで一度言葉を切った。
「戦が続き、長きにわたって途絶えております。されど、世が変わった今こそ、塩田家として、再び帝へ馬を献じることを許していただきたく存じます」
信長は時勝を見た。
織田家に仕えることになったばかりの国衆が、領地を増やしてほしいと言うのではなく、朝廷へ馬を献じたいと願っている。その意味を、信長は理解していた。
「朝廷へ馬を献じるか」
「はは、それが我ら塩田家の本来の役目でございますれば」
信長はしばらく考えた後、静かに頷いた。
「よい。織田家はこれからも朝廷との関わりを深めていく。その務めを果たすというのであれば、認めよう」
「ありがたきお言葉にございます」
「戦乱が続けば、古いものは失われる。だが、すべてを捨てればよいというものでもない。そなたらが代々守ってきたものならば、守るがよい」
時勝は深く頭を下げた。
塩田家は、武田家の滅亡によって主を失った。しかし、それによって塩田家そのものまで失われたわけではない。土地も、馬も、家臣も、そして代々受け継いできた役目も残っている。
その横で、信時は黙って父とも呼ぶべき養父の背を見ていた。
自分は真田昌幸の実子である。だが、今の自分は塩田家の人間であり、時勝の養子であり、その家を継ぐ者でもある。長篠で時信が討死したことで、自分が背負うことになったものは決して小さくない。
武田家は滅びた。
それでも、すべてが終わったわけではなかった。
真田には真田の道があり、出浦には出浦の道がある。そして塩田には、塩田として守るべきものがある。
織田家への出仕を終え、時勝と信時、兼定が上原城を後にすると、信時は遠くに広がる塩田平のことを思った。
これから自分が守るのは、ただ一つの城ではない。
そこに暮らす人々であり、田畑であり、水であり、馬であり、父から受け継いだ家そのものなのだ。
その重みを、信時はまだ完全には理解していなかった。
だが、それを背負って生きていくことだけは、すでに決まっていた。
注:塩田家・御牧家の氏族について。
塩田家は御牧家が塩田流北条家の血が入ったことで名乗った名前なので伊豆北条氏が桓武平氏の名を名乗っている以上平朝臣となる。
そして御牧氏はまだ国司が藤原氏であった頃に藤原の名を名乗ることを許されているので藤原氏を名乗っている。




