第三十五話 新府炎上
高遠城が落ちた。
その報せが新府城へ届いたとき、真田昌幸は、武田家が最後に立て直すために残されていた時間が、もうほとんどないことを悟っていた。
高遠城は落ちるべくして落ちたのだ。仁科信盛は三千ほどの兵を率いて、三万近い織田軍を相手に二日間にわたって戦い、最後まで城を守り抜こうとした。それでも大軍の前には抗しきれず、信盛は討ち死にし、高遠城もまた織田方の手に落ちたのである。さらに、穴山梅雪までが武田家を裏切った。これまでならば、一つの城が落ちたとしても、別の場所で軍を立て直し、敵を押し返す道を考えることができた。しかし今は、戦うための拠点だけではなく、それを支えてきた人々そのものが次々と武田家から離れている。
新府城の中では、今後の方針を決めるための軍議が開かれた。
昌幸は、集まった者たちの顔を見渡しながら、ここで何が決まるのかを考えていた。新府城を守るのか。それとも、ここを捨てて別の場所へ移るのか。武田家に残された選択肢は、もはや多くない。
最初に強く籠城を主張したのは、勝頼の嫡男・信勝だった。
新府城は、武田家が甲斐の新たな本拠として築いた城である。完成には至っていないとはいえ、七里岩の地形を利用した堅固な城であり、ここに兵を集めて織田軍を迎え撃つことは不可能ではない。何より、武田家の本拠を敵に明け渡して逃げることは、嫡男である信勝にとって到底受け入れられるものではなかった。
昌幸は、その言葉を聞きながら、信勝の若さを思った。
信勝が間違っているとは思わない。むしろ、武田家の嫡男としては自然な考えだった。父が築いた城を守り、甲斐を守り、ここで敵を迎え撃つ。それは武田家の人間として当然の覚悟なのだろう。
だが、昌幸には別の景色が見えていた。
織田軍だけではない。南からは徳川が迫り、東からは北条が動いている。高遠を落とした織田軍が甲斐へ入り込めば、新府城はたちまち敵の勢力圏の中に取り残される。ここへ兵を集めたところで、どこから援軍を呼ぶのか。兵糧をどこから運び込むのか。そして、仮に数日、数十日と持ちこたえたとして、その先に何が残るのか。
昌幸は、新府城そのものではなく、その外側にある甲斐の情勢を見ていた。
もはや武田家が新府城で大軍を迎え撃ち、一戦して勝利することを期待できる状況ではない。
勝頼が、ここから武田家を立て直す。
その可能性を昌幸は、すでにほとんど信じていなかった。
だからこそ、生き残るための道を考えなければならなかった。
「新府に籠もるべきではないと存じます」
昌幸が口を開くと、室内の視線が集まった。
昌幸が示したのは、上野国吾妻郡の岩櫃城だった。
岩櫃城は、険しい山々に囲まれた真田の拠点である。大軍が一気に押し寄せるには不向きな地形であり、周囲には真田が長く支配してきた土地がある。兵を集め、食糧を確保し、山城を利用して戦うならば、新府よりも生き残る可能性は高い。
そして、昌幸が岩櫃を推す理由は、それだけではなかった。
岩櫃へ移れば、上野だけで戦い続ける必要もない。
信濃には真田の領地があり、その先には越後がある。武田家と同盟関係にある上杉家との繋がりを利用し、越後へ逃れる道を残すこともできる。もちろん、上杉がこの状況でどこまで武田を助けられるかは分からない。それでも、逃げ道が一つでも残っていることには意味がある。
新府に籠もれば、敵に囲まれる。
岩櫃へ移れば、まだ道がある。
昌幸が見ていたのは、その違いだった。
「岩櫃であれば、信濃の兵を頼れますし、越後の上杉家へ通じる道も残されております。武田家を再び立て直すことができると申し上げているのではありません。少なくとも、ここで全てを失わぬための道は残すべきかと」
昌幸はそう述べた。
その言葉には、以前のような勝頼への期待はなかった。
かつてならば、昌幸も勝頼が一度戦場を離れれば、再び兵を集めて反撃に転じることを考えただろう。しかし今は違う。高遠が落ち、穴山が裏切り、織田軍が甲斐へ迫っている。武田家を取り巻く状況は、それほどまでに崩れていた。
それでも、勝頼が生きている限り、真田として迎え入れる可能性だけは捨てていなかった。
そのための岩櫃だった。
昌幸の提案に対して、今度は長坂光堅が口を開いた。
長坂が示したのは、甲斐郡内にある岩殿城だった。
岩殿城は小山田信茂の居城であり、新府から向かう距離も岩櫃より短い。山城としての守りも固く、郡内には小山田氏の勢力がある。武田家の本拠から遠く離れた上野へ移るよりも、まず岩殿へ逃れて態勢を整える方が現実的だという考えだった。
昌幸は、長坂の言葉を聞いても反論しなかった。
岩殿にも利はある。
だが、昌幸には一つの懸念があった。
岩殿へ入れば、武田家の命運は小山田信茂に大きく左右されることになる。
小山田が最後まで武田家に従うという保証はない。
それは口に出さなかった。
軍議は続いた。
信勝はなお新府での籠城を求め、長坂は岩殿を推し、昌幸は岩櫃の利を説いた。それぞれの言葉には、それぞれの立場があった。嫡男として武田家の本拠を守ろうとする信勝。勝頼の側近として、より近い場所に退く道を考える長坂。そして、武田家が滅びる可能性をすでに見据え、その後に残るものまで考えなければならない昌幸。
しかし、この場では結論は出なかった。
勝頼自身も、すぐに一つの道を選ぶことはできなかったのである。
昌幸は、それ以上この場で言葉を重ねることはしなかった。
勝頼がどこへ向かうにせよ、真田には備えが必要だった。
もし勝頼が岩櫃へ来ることになれば、迎え入れなければならない。来なかったとしても、織田軍が信濃へ入り込んだ場合に備えて兵を整え、領地を守らなければならない。主家の命運と真田家の命運は、すでに切り離せないところまで来ていたが、それでも昌幸には真田家を残す責任がある。
昌幸は軍議を終えると、勝頼の許可を得て先に信濃へ戻ることを決めた。
勝頼の決断を待っている時間はない。
新府を出ると、昌幸は信濃へ向かった。
道中、昌幸は何度も考えた。
勝頼が岩櫃へ来る可能性は、決して高くない。
それでも、来たときに何も用意できていなければ、それこそ真田の恥になる。兵を集め、食糧を運び、道を整え、岩櫃城の守りを固める。勝頼を迎えるためというよりも、武田家がどのような結末を迎えようとも、真田が生き残るために必要な準備だった。
真田の郷へ戻った昌幸は、すぐに家臣たちへ指示を出した。
岩櫃へ通じる道を確認させ、兵糧を集め、城の守りを改める。信濃にある真田の拠点にも連絡を送り、万一の際に兵を動かせるようにする。
そして昌幸は、もう一つの手を打った。
北条氏邦への接触である。
北条と真田は、これまで上野をめぐって幾度も戦ってきた。沼田をめぐる戦いでは、昌幸自身が氏邦の軍勢と刃を交えている。つい先頃までならば、互いに相手を敵として見るのが当然だった。
だが、武田家が崩れれば、その関係も変わる。
織田と徳川が甲斐から信濃へ進み、北条が東から動けば、真田は三つの勢力の間に取り残される。武田家に殉じて滅びることを選ばない以上、昌幸には敵だった者とも話をする必要があった。
それは屈辱ではない。
生き残るために必要なことだった。
昌幸は氏邦に対して、真田がこれからも上野において存続するための道を探ろうとした。
かつてならば考えもしなかった交渉である。
だが、時代が変わった。
武田家が揺らいでいる今、昨日までの敵と今日の敵が同じであるとは限らない。昌幸にとって重要なのは、誰と戦ったかではなく、これから誰と戦わずに済むかだった。
そうして数日が過ぎた。
昌幸は、岩櫃の備えを進めながら、甲斐からの報せを待っていた。
そして、ついに一報が届いた。
勝頼は、岩櫃へは向かわなかった。
岩殿城を選んだという。
昌幸は、報せを聞いても驚かなかった。
むしろ、どこかでそうなると思っていた。
岩殿は勝頼にとって、新府から逃れるための現実的な場所だった。小山田信茂は武田家の重臣であり、その領地は甲斐東部に広がっている。武田家の当主として、最後まで甲斐の中に留まろうとするならば、岩殿を選ぶことにも理由はあった。
そして、その選択に伴って、新府城は捨てられた。
勝頼は新府を出る際、城に火を放った。
その報せを聞いたとき、昌幸はしばらく黙っていた。
新府城は、敵に攻め落とされたのではない。
武田家自身の手によって焼かれたのである。
天正九年から築かれ、武田家の新たな本拠として整えられてきた新府城は、わずか一年足らずでその役目を終えた。勝頼が入城したのは前年十二月二十四日であり、それからわずか二か月余りで、城は主の手によって炎に包まれることになった。
その火は、単に建物を焼いたのではない。
城を守るために集められていた兵や物資も失われ、新府に残されていた人々も炎に巻き込まれた。武田家の諸将が差し出していた人質も数多く新府に残されており、その多くが逃げることのできないまま焼死したと伝えられている。一方、真田一族の人質については、昌幸の指示を受けた者たちが先に信濃へ逃れ、真田家の人質は炎の中から免れることができた。
新府城の火は、夜空を赤く染めただろう。
木造の建物が燃え、柱が倒れ、屋根が崩れていく。城内に蓄えられていた物資も焼け、土塁や堀だけを残して、これまで人の往来があった場所から煙が立ち上る。
新府は、まだ完成していなかった。
だからこそ、そこには武田家がこれから築こうとしていたものが残されていた。甲府から新府へ移り、ここを新たな本拠として領国を立て直す。勝頼が描いた未来は、城の完成を待つことなく終わった。
その城を、今は武田家自身が焼いている。
昌幸は、信濃でその報せを聞きながら、燃える新府を想像した。
高遠城が落ちた。
仁科信盛が死んだ。
穴山梅雪が裏切った。
そして今、新府城が燃えている。
これまで昌幸は、主家が危機に陥るたび、その先にある戦いを考えてきた。どこで兵を集め、どこで敵を止め、どこへ退けば再び戦えるのか。それが家臣としての務めだと思っていた。
だが、すでにその考えも変わっていた。
昌幸が今考えなければならないのは、武田家が滅びた後にも真田の家を残せるのかということだった。
岩櫃城は、そのためにある。
勝頼が来るなら迎える。
来ないならば、真田は真田として生き残る。
昌幸は、燃え尽きた新府を思いながら、静かに立っていた。
長く仕えてきた主家の滅亡が、もはやすぐそこに迫ってきていることを、昌幸ははっきりと感じていた。




