第三十四話 高遠城の戦い
天正十年三月一日。
伊那谷には、冬の名残を残した冷たい風が吹いていた。
飯田城はすでに失われ、大島城も武田方の手を離れている。木曽谷からも織田方の軍勢が南下し、伊那谷を進んできた織田軍は、いよいよ高遠城へと迫っていた。
高遠城は、伊那谷に残された武田方の大きな拠点である。
その城を守るのは仁科信盛だった。
武田勝頼の異母弟である信盛にとって、高遠城は単なる任地ではなかった。ここを守ることは、武田家のために戦うことそのものだった。城を失えば伊那谷の防衛線は崩れ、織田軍は甲斐へ向かう道をさらに容易に進むことになる。
だが、高遠城に籠もる兵はおよそ三千。
対する織田軍はそれを遥かに上回る大軍、約三万。
城内にも、その差を知らぬ者はいない。兵たちは皆、織田軍がどれほどの数で押し寄せているのかを目にしていた。城壁の上から見れば、野を埋めるように並ぶ敵兵の姿は、まるで高遠そのものを包み込もうとしているかのようだった。
それでも、信盛は城を捨てようとはしなかった。
織田軍を率いる織田信忠もまた、高遠城を容易に落とせるとは考えていなかったのだろう。戦いが始まる前、信忠はこの地に縁のある僧侶を使者として城内へ送り、仁科信盛に開城を促した。
僧侶は黄金と書状を携えていた。
書状には、城を明け渡せば命を助けるという旨が記されていた。大軍を前にして無益な戦いを続ける必要はない。城を開けば、兵たちの命も救われる。織田方としても、これ以上の犠牲を望んでいるわけではない――そういう勧告だった。
信盛は、届けられた書状を黙って読んだ。
傍らには黄金が置かれている。
その輝きは、今の高遠城が置かれている状況を考えれば、決して小さな誘惑ではなかった。三千ほどの兵で大軍を相手にする以上、城兵の命が失われることは避けられない。開城すれば、その多くを救えるかもしれない。
しかし、信盛にはそれを受け入れることができなかった。
高遠城を明け渡せば、伊那谷に残された武田方の防衛線は完全に崩れる。ここで戦わなければ、織田軍はそのまま甲斐へ向かうだろう。そして何より、武田家の一門として戦うべき自分が、敵の大軍を前にして城を差し出すことはできなかった。
信盛は書状から目を上げ、使者となった僧侶を見た。
しばらくの沈黙の後、静かな声で答える。
「受け取れぬ」
開城の要求は拒絶された。
さらに、このとき信盛は織田方への返答として、使者の僧侶の耳と鼻を削ぎ取って送り返したと伝えられている。それはあまりにも苛烈な行為であり、信盛が高遠城を最後まで守り抜くという意思を、織田方へ明確に突きつけるものとなった。
もう、言葉で決着をつける余地はない。あとは戦うだけだった。
信盛は城内へ戻ると、兵たちの配置を改めて確認した。弓を扱う者、鉄砲を構える者、槍を持って城門を守る者。それぞれが自分の持ち場につき、敵の攻撃に備えている。
兵たちの顔には緊張が浮かんでいた。
それでも、逃げ出そうとする者はいなかった。
信盛は城壁の上から織田軍を見渡した。敵は多い。あまりにも多い。正面からぶつかれば、数の差だけでも大きな不利になることは分かっていた。
それでも、ここで退くことはできない。
信盛の脳裏に、勝頼の姿が浮かんだ。
勝頼は甲斐へ戻ることになるだろう。高遠が持ちこたえている間に、少しでも時間を稼ぐことができれば、武田家が立て直すためのわずかな余地を残せるかもしれない。
それが信盛の考えだった。
自分が勝頼のためにできることは多くない。大軍を相手に勝利できるとも思っていない。ただ、この城を一日でも長く守ることならできる。
その一日が、勝頼を支えるかもしれない。
信盛は城兵たちを見た。
彼らにも家族がいる。故郷がある。戦が終われば帰りたいと思っている者もいるだろう。それでも今は、ここに残っている。
ならば、自分だけが退くわけにはいかなかった。
やがて、織田軍が動いた。
高遠城を包囲していた軍勢が一斉に進み始め、城外に土煙が上がる。兵の列が徐々に近づき、その数の多さが改めて城内の者たちに圧力を与えていった。
最初の攻撃が始まった。
城兵は弓を引き絞り、鉄砲を構えた。敵が射程へ入ると、次々に矢と銃弾が放たれる。織田軍の先鋒が崩れれば、城内から歓声が上がったが、敵は一度退いただけで、すぐに後続の兵を送り込んできた。
攻撃は途切れない。
城壁へ取りつこうとする兵を槍で押し返し、門へ迫る敵には鉄砲を浴びせる。織田軍が数を頼みに押し寄せるたび、高遠城の兵たちは必死にそれを食い止めた。
信盛も自ら城内を駆け、兵たちを励ました。
織田軍の攻撃は激しさを増していったが、それでも高遠城は持ちこたえた。
数では圧倒的に劣っている。それでも、城兵たちはよく戦った。城壁の各所で激しい攻防が続き、倒れた兵に代わって別の兵が持ち場へ入り、弓や鉄砲の弾が尽きれば槍を手に取って戦った。
信盛は何度も空を見上げた。
日は傾き、やがて夜が来る。
一日を耐えた。
しかし、事態は急変する。翌日払暁、飯田城から逃亡し高遠城での籠城戦に参加していた保科正直がここでも逃亡。それだけでなく城内に火をつけてから脱出したため兵が混乱し、その隙をついて再び鬼武蔵こと森長可と織田信忠の猛攻によって城の守りは崩壊していく。
それでも信盛は戦い続けた。
織田軍が押し寄せる。
城兵が迎え撃つ。
だが高遠城が落ちることは誰の目にも明らかだった。
それでも信盛は退かなかった。
最後まで戦う。
激しい戦いの末、仁科信盛は高遠城で討死。高遠城もまた、織田軍の手に落ちた。
高遠城の陥落は、武田家にとって大きな痛手となった。
だが、その報せを受ける勝頼は、すでに甲斐へ戻っていた。
高遠の戦いが続いている間にも、勝頼は新府へ向かい、甲斐に残された兵と領国を守るための態勢を整えようとしていた。高遠城が持ちこたえている間に、少しでも時間を稼げればと思っていたのである。
その勝頼のもとへ、高遠落城の報せが届いた。
弟、仁科信盛が討ち死にした。
勝頼はしばらく言葉を失った。
信盛が最後まで戦ったことは分かっている。開城の勧告を拒み、圧倒的な織田軍を相手に二日間にわたって城を守り抜いたことも伝えられていた。
だが、悲しんでいる時間はなかった。
高遠城の陥落と前後して、武田家を取り巻く状況はさらに悪化していたからである。
穴山梅雪が、織田方へ裏切った。
その名を聞いた瞬間、勝頼の表情が変わった。
穴山氏は武田家の一門であり、梅雪は勝頼にとっても遠い存在ではない。これまで武田家を支えてきた重臣の一人である。その男が、武田家が織田軍と戦っている最中に、敵方へと寝返ったのである。
高遠城が落ちたことだけならば、まだ戦いの結果として受け止めることができた。
だが、穴山梅雪の裏切りは違った。
敵に敗れたのではない。
味方が、それも一門筆頭が自ら武田家を離れたのである。
勝頼は黙っていた。
高遠で弟が死んだ。
そして今、重臣が裏切った。
戦場で兵を失うことも苦しい。しかし、それ以上に恐ろしいのは、戦うべき者が戦う前に離れていくことだった。
注:仁科盛信(信盛とも)
武田信玄の五男、勝頼の異母弟。武田家から信濃国安曇郡の国人、仁科氏の婿養子となる。甲州征伐においては高遠城にて奮戦するも自刃。享年二十六
長野県歌「信濃の国」でも謳われる人物である。




