第三十話 元服
天正九年の暮れが近づく頃、塩田の地には秋の名残を帯びた冷たい風が吹き始めていた。山々はすでに冬の気配を濃くし、朝夕には霜が降りるようになっていたが、塩田城の内にはいつもとは少し違った緊張が漂っていた。この日、城内の一室には塩田家に仕える者たちが集められ、普段ならばそれぞれの務めに追われている家臣たちも、この時ばかりは仕事の手を止めて一堂に会していた。
源七郎の元服を行うためである。
永禄十一年に生まれた源七郎は、今年で十四となった。幼い頃に昌幸のもとを離れ、出浦盛清に預けられて甲斐の忍びの里で育った少年が、塩田家へ迎えられてからもすでに幾年もの歳月が過ぎている。その間に源七郎の身には、かつての少年の面影を残しながらも、少しずつ武士としての輪郭が刻まれていた。
塩田家へ来た当初、源七郎は武術や軍略についてはそれなりの心得を持っていたものの、領地を治める立場の人間としては何も知らなかった。忍びの里で身につけたものは、人の気配を察し、地形を読み、敵の動きを探り、必要とあれば身を隠して目的を果たすための技であり、それは戦場では大きな力となる一方、領民の暮らしを支え、村々をまとめ、年貢を取りまとめ、家臣たちと共に領地を維持していくための知識とは異なるものだった。
そこで時勝は、源七郎を安楽寺へ通わせた。
寺では仏法だけではなく、読み書きや漢籍に触れ、古くから伝わる書物を読みながら、人の上に立つ者が何を考え、何を学ばなければならないのかを少しずつ身につけていった。源七郎自身も学ぶことを嫌わず、分からぬことがあれば僧に問い、書物に向かい、覚えたことを自分の中で咀嚼しながら知識を蓄えていった。忍びとして身につけた観察力は、こうした学問の場でも役立ち、物事の表面だけを見るのではなく、その裏に何があるのかを考える癖が、いつしか彼の中に根付いていった。
さらに源七郎を大きく変えたのが、塩田平のため池整備であった。
塩田の地は肥沃な土地に恵まれている一方、雨が少なく、農業を営むには水の確保が欠かせない土地でもあった。時勝が以前から進めていた用水やため池の整備を、長篠の戦いを経て再び進めることになった際、源七郎もその仕事に加わった。そこで彼は、書物の中だけでは知ることのできなかった領民の暮らしを自分の目で見ることになったのである。
どの村に水が足りないのか、どの場所に池を造れば多くの田へ水を引けるのか、誰が工事に協力し、誰が負担を重く感じているのか。そうした一つ一つの問題に向き合いながら、源七郎は領地を治めるということが、城の中で命令を下すだけでは成り立たないことを知っていった。時勝や家臣たちの指示を受けながら現地へ赴き、村人と話し、工事の様子を見て、完成した池から水が流れていくところまで見届ける。その積み重ねによって、領民たちの間にも、あの若君は自分たちの暮らしを見てくれているという感覚が少しずつ広がっていった。
完成したため池の数が増えるにつれ、塩田の村々では水を巡る争いが減り、耕地を安定して利用できる場所も増えていった。源七郎が一人で成し遂げたわけではない。それでも、彼が工事の現場へ足を運び、領民たちと共に汗を流しながら考えたことを知る者は多く、その姿は城内の家臣だけでなく、城下や村々の人々にも知られるようになっていった。
武芸の面でも、源七郎は成長していた。
塩田家に伝わる馬術を時勝から教えられ、初めの頃こそ馬上で身体を揺らされることもあったが、鍛錬を重ねるうちに馬の動きを身体で感じ取り、手綱を強く引かずとも自分の意志を馬へ伝えられるようになった。騎馬を扱うことを家の誇りとしてきた塩田家にとって、これは決して小さな意味を持たない。馬術は単なる武芸ではなく、塩田衆を率いる者が身につけるべき基本であり、その技量は家臣たちからも厳しく見られていたからである。
武術についても、康範の指導を受けながら鍛錬を続けた。忍びの里で身につけた技は実戦的ではあったものの、型を重んじる武術とは異なる部分も多く、最初の頃は互いの技術が噛み合わないこともあった。それでも康範は源七郎の持つ身の軽さや判断の速さを活かしながら、武士として正面から敵と向き合うための技を一つずつ教えていった。源七郎もまた、自分がすでに知っているやり方に固執することなく、新しい技を吸収しようと努めた。
まだ荒削りではある。
十四歳という年齢を考えれば、それは当然のことであった。戦場で一軍を率いるには経験が足りず、領地を一人で治めるには学ぶべきことも多い。それでも、源七郎はもはや塩田家にとって単なる養子ではなかった。馬に乗れば塩田流の馬術を使い、寺へ行けば学問に励み、領地へ出れば領民の声に耳を傾け、武術の鍛錬では康範の厳しい指導にも食らいつく。そうした姿を見てきた家臣たちは、いつしか彼を「時勝様に迎えられた少年」ではなく、「これからの塩田家を担う者」として見るようになっていた。
その変化を最も近くで見ていたのが、当主である時勝であった。
時勝は、この数年の源七郎の成長を決して手放しで褒めることはなかった。まだ若く、失敗も多い。判断を誤ることもあれば、感情が先に立つこともある。それでも、間違えた時にそのままにせず、なぜ間違えたのかを考え、次に活かそうとするところに、時勝は将来の塩田家を託すに足るものを感じていた。
だからこそ、この日を迎えたのである。
元服は、単に少年が大人になるための儀式ではない。
武家においては、幼名を捨て、新たな名を授かり、家の一員として公に認められる意味を持つ。これまで源七郎は、塩田家の中で後継者として扱われながらも、正式にはまだ元服前の少年であった。しかし今日を境に、彼は一人の武士として名を持ち、家臣たちからもそれに相応しい扱いを受けることになる。
そのため、儀式には塩田家の主だった者たちが集められていた。
塩野貞康、塩野範康、御牧兼定をはじめとする家臣たちが居並び、その後ろには塩田家に仕える者たちが控えている。これまで源七郎を見守ってきた者たちが一堂に揃う中、中央には元服のための場が整えられていた。
源七郎は白装束に身を包み、静かにその場へ進み出た。
いつもならば活発に動き回る少年であったが、この時ばかりは表情を引き締めている。目の前には、自分を育ててくれた時勝がおり、その周囲にはこれまで世話になってきた家臣たちがいる。そして、その中でも特に重要な役目を担う者として、塩野貞康が座していた。
この日の烏帽子親である。
貞康は長く塩田家を支えてきた重臣であり、範康の父でもある。源七郎が塩田家へ迎えられてから今日まで、その成長を見守ってきた一人でもあった。時勝が源七郎の烏帽子親として貞康を選んだことには、単なる家臣の中から一人を選んだ以上の意味があった。塩田家の重臣が新たな後継者を認め、その成長を支えることを示す意味も込められていたのである。
儀式が始まると、源七郎は貞康の前に進み、教えられた作法に従って座した。
貞康は静かに源七郎を見つめた。
そこにいるのは、かつて塩田城へやって来た幼い少年ではない。長い年月を経て、身体も大きくなり、顔つきにも少年らしい幼さが薄れている。まだ十四歳であり、これからさらに成長していく身ではあるものの、すでに武士としての気構えを見せ始めている。
貞康はその姿を確かめるようにしばらく見つめた後、手にした烏帽子を取り上げた。
源七郎は頭を垂れる。
貞康が烏帽子をその頭に載せ、形を整えると、そこにいた者たちは皆、黙ってその様子を見守った。
これまで「源七郎」と呼ばれてきた少年が、この瞬間から新たな名を持つことになる。
儀式が進み、最後に時勝が源七郎へ向き直った。
「今日より、お前は塩田家の一人の武士として歩むことになる」
源七郎は深く頭を下げた。
「はい」
時勝はその返事を聞いてから、少し間を置いた。
「そして、これよりお前に新たな諱を与える」
その言葉に、源七郎は顔を上げた。
時勝は集まった家臣たちを見渡し、それから改めて源七郎へ視線を戻した。
「塩田家の名を継ぐ者として、お前の名は『信時』とする」
その名を聞いた源七郎は、すぐには言葉を返さなかった。家臣たちからはどよめきが聞こえる。
「信時……」
小さくその名を口にすると、時勝が頷いた。
「塩田家には代々、『時』の字を通字として用いてきた。北条の流れを汲む我らにとっても、それは家を受け継ぐ者の証ともいえる。ゆえに本来ならば、お前にも『時』の字を先に与えるところだ」
時勝はそこで一度言葉を切った。
「だが、そうすれば先代の時信と同じ字を使うことになる」
時信は時勝の子であり、塩田家の当主として立った男であった。信玄から授かった「信」の字を名に持ち、長く塩田家を背負うはずだったが、長篠の戦場でその命を散らした。
「それでは、先代と同じ名を繰り返すことになる。家を継ぐ者として新しい名を与える以上、同じものをそのまま受け継ぐ必要はないと考えた」
時勝はそう言ってから、源七郎を見つめた。
「また昌幸殿から、お前の名には『信』の字を使ってほしいとの話があった」
源七郎の表情がわずかに動くが、時勝は続けた。
「お前の兄、源三郎信幸と同じ『信』の字だ。昌幸殿がどういう思いでその字を望んだのか、私はすべてを聞いているわけではない。だが、我らもそれを拒む理由はなかった。お前が塩田家の養子として生きる一方で、父から受け継ぐものもある。それを名に残すことは、悪いことではあるまい」
源七郎は、しばらく何も言わなかった。
真田の血を引く者としての自分と、塩田家に迎えられた者としての自分。
これまで、その二つは自分の中で別々のものとして存在していた。真田の血を引き、昌幸の子として生まれながら、幼い頃から塩田家の人々に囲まれて育ち、領民と触れ合い、塩田流の馬術を学び、塩田家のために働く。どちらが本当の自分なのかと考えたことも、一度や二度ではなかった。
しかし今、時勝はその二つを一つの名に込めようとしている。
「『信』は父から、『時』は塩田から……ということですか」
源七郎が尋ねると、時勝は静かに頷いた。
「そういうことだ」
そして時勝は、穏やかな声で続けた。
「お前は真田の血を捨てる必要はない。だが、今日からは塩田家の者として生きてもらう。どちらか一方を選ぶ必要はないのだ。二つを背負って、お前自身の道を歩めばよい」
その言葉を聞き、源七郎は深く頭を下げた。
「承知しました」
貞康が改めて源七郎の前へ進み出ると、正式に新たな名を告げた。
「塩田源七郎信時」
その名が、静かな部屋に響いた。
これまで呼ばれてきた源七郎という幼名は、その日を境に過去のものとなる。
塩田源七郎信時
それが、これから彼が生きていくための名となった。
儀式が終わると、集まっていた家臣たちから静かな祝意が寄せられた。派手な祝いではない。それでも、その場にいた者たちの表情には、これまでとは異なるものがあった。彼らは今、幼い頃から見守ってきた少年を、塩田家の後継者として正式に認めたのである。
信時は一人ずつ頭を下げながら、その顔を見ていった。
そこには、馬術を教えてくれた時勝がおり、武術を叩き込んできた康範がおり、学問を教えてくれた安楽寺の僧たちの姿も、信時の記憶の中には残っていた。
自分は、一人でここまで来たのではない。
そのことを、信時は改めて感じていた。
やがて人々が少しずつ退き、部屋に残る者が少なくなると、時勝は信時を呼び止めた。
「信時」
「はい」
「これからは、少しずつ当主としての仕事を任せる」
信時は顔を上げた。
時勝はいつものように穏やかな表情を浮かべていたが、その目には当主としての厳しさがあった。
「元服したからといって、明日からすべてをお前に任せるわけではない。まだ学ぶべきことは多いし、私もお前に任せられるとは思っていない。だが、いつまでも私の後ろに立っているだけでは、家を継ぐことはできぬ」
信時は黙って聞いている。
「まずは村々から上がってくる話を聞け。水のこと、田畑のこと、人足のこと、年貢のこと。これまでお前が見てきたものを、今度は家を治める者の目で見るのだ。簡単な仕事から始めて、少しずつ覚えていけばよい」
そこで時勝は、信時の肩へ手を置いた。
「お前が塩田家の当主となる日は、まだ先だ。だが、その日は必ず来る。その時になってから慌てるようでは遅い。今日から、その日のために備えておけ」
信時は時勝の言葉を胸に刻むように、静かに頷いた。
「はい。精一杯、務めます」
時勝はそれ以上何も言わなかった。
ただ、目の前に立つ息子の姿をしばらく見つめていた。
幼い頃に迎え入れた少年は、今日、塩田源七郎信時という一人の武士になった。まだ未熟で、これから学ばなければならないことも多い。それでも、領民との間に信頼を築き、家臣たちからも将来を託すに足る者として認められ始めている。その姿を見れば、時勝は自分が残された時間の中で、再び家督を譲る準備を始めなければならないことを感じていた。
信時自身もまた、胸の内に新たな重みを感じていた。
真田の血を引く者としての「信」と、塩田家を受け継ぐ者としての「時」。
その二つを合わせた名を与えられた以上、もう自分は幼い頃のように、ただ誰かに守られて生きることはできない。
自らの名を胸に刻み、信時はこれから初めて、自らの手で塩田家を背負う道を歩み始めることになる。
注:信幸は勝頼嫡男である信勝と同時期に元服している。
時勝は時信に一度家督を譲って隠居しているものの、時信討死により当主代行として塩田家を動かしている。




