第二十八話 高天神
天正九年三月、遠江高天神城がついに落ちた。
高天神城は、遠江国の東部、武田氏と徳川氏が激しく争う地域に築かれた要害であり、遠江支配の要ともいうべき城であった。武田信玄の時代に手中へ収められて以来、この城は武田家にとって東海道への足掛かりであると同時に、徳川家の勢力を東から押さえ込むための重要な拠点となっていた。勝頼にとっても、その価値は変わらない。むしろ、長篠の戦いによって三河方面への進出を大きく後退させた武田家にとって、高天神城を維持することは、遠江における勢力をなお保ち続けるために欠かせないものであった。
だからこそ徳川家康もまた、高天神城を放置することはできなかった。天正八年から徳川方による攻勢は次第に強まり、城を直接攻め落とすのではなく、その周囲に砦を築き、街道を押さえ、補給路を断つことで、高天神城そのものを孤立させていった。城を守る武田方の将兵はよく戦い、山城としての地形を利用して徳川軍の攻撃を幾度となく退けたものの、外から兵糧や武器を送り込むことができなくなれば、いかに堅固な城であっても戦い続けることはできない。城内の兵糧は少しずつ減り、兵たちの疲労が蓄積する一方で、勝頼のもとへは幾度となく救援を求める書状が届けられていた。
しかし、勝頼にも高天神城だけを救う余裕はなかった。北では北条氏との戦いが続き、西では織田信長との関係が決定的に悪化し、東海道では徳川家康が攻勢を強めている。高天神城を救うために大軍を動かせば、その兵力を別の戦場から引き抜かなければならず、そこに生じた隙を敵に突かれれば、今度は別の場所を守るために兵を動かさなければならない。武田家が広大な領国を維持するためには、それだけ多くの兵と兵糧、そして銭が必要となる。勝頼は高天神城を見捨てたかったのではなく、救いたいと思いながらも、救うための力を一つの戦場へ集中させることができなかったのである。
やがて天正九年に入ると、城内の兵糧は底をつき始めた。援軍を待ち続けた将兵たちは、それでも城を守ることを諦めなかったが、徳川方の包囲はもはや破ることができないほどに強固なものとなっていた。そして三月、徳川軍による総攻撃が始まると、高天神城の将兵は最後の戦いを挑み、多くの者が討ち死にした。
高天神城は、ついに落城した。
武田家にとって、それは単に遠江の一城を失ったというだけの出来事ではなかった。
高天神城を守っていた将兵が最後まで戦ったことは、武田家中においても決して忘れられることはないだろう。しかし、それと同時に、彼らが最後まで待ち続けた援軍が来なかったという事実もまた、誰の目にも明らかになった。かつて武田の旗が掲げられた土地では、武田家が危機に陥った城を救うために兵を送ってくることが当然のように考えられていた。それほどまでに武田の軍事力と威信は周辺の国衆たちに恐れられていたのである。
その高天神城を、武田家は救うことができなかった。
この知らせが信濃へ届いたのは、落城から間もない頃であった。
真田の郷に戻っていた昌幸がその報せを受けたのは、昼を少し過ぎた頃である。館には数人の重臣が集められており、届けられた書状を前にして、誰も軽々しく口を開こうとはしなかった。昌幸は書状を広げたまま、その内容を何度も確かめるように目を走らせていたが、やがて静かに紙を畳むと、低い声で呟いた。
「……高天神が、落ちたか」
「はい。城兵は最後まで戦ったとのことですが、徳川方の包囲を破ることができず、ついに落城したと」
「援軍は」
「間に合わなかったようにございます」
昌幸は返事を聞くと、しばらく黙っていた。
高天神城は真田の領地から遠く離れている。城が落ちたからといって、明日から真田の郷が敵に攻め込まれるわけではない。だが、昌幸が考えていたのは城そのものではなかった。彼が見ていたのは、その一城の向こう側にある武田家の姿であり、そして武田家を取り巻く国衆たちの目であった。
長篠の戦いで武田家が大敗した時も、昌幸は武田家がそのまま崩れ去るとは考えていなかった。確かに多くの将兵を失い、織田・徳川連合軍の前に大きな敗北を喫した。しかし、甲斐を中心とする領国はなお健在であり、勝頼の手元には兵も残っていた。武田家には長年にわたって築き上げられた家臣団があり、信濃や上野にも多くの国衆が従っている。戦に敗れたとしても、それだけで武田家の支配が一気に崩れるほど、武田という家は脆くないと昌幸は考えていた。
だが、高天神城は違った。
「……武田は、もう以前の武田ではないな」
昌幸がそう呟くと、重臣たちは一斉に顔を上げた。
「殿、それは……」
「長篠で負けたからではない。あの時でさえ、武田にはまだ立て直す力があった。だが、高天神を救えなかったということは、武田家が遠く離れた戦場へ十分な力を及ぼせなくなったということだ」
昌幸はそこで言葉を切り、畳の上へ視線を落とした。
「敵に囲まれた城を助けることができぬというのは、城を一つ失う以上に恐ろしい。これまでならば、武田が援軍を出すと分かれば、敵はそれを恐れて退いた。国衆たちも、武田に従っていればいざという時には守ってもらえると思っていたはずだ。だが今は違う」
昌幸の声は静かだった。
「武田は来ないかもしれぬ。武田には助けられぬかもしれぬ。そう考える者が出てくる」
その言葉に、一人の家臣が重い口を開いた。
「……では、我らはどうすればよいのでしょう」
「どう、とは」
「このまま武田家に従い続けてよいのでしょうか。高天神のことだけではございませぬ。長篠以来、武田家の勢いが衰えていることは、我らにも分かります。北条も徳川も、そして織田も、武田の弱まりを見逃してはおりますまい。もしこのまま武田と運命を共にすれば、真田家もまた……」
そこで家臣は言葉を止めた。
だが、その先にある言葉を昌幸は十分に理解していた。
武田とともに滅びるのではないか。
誰もそれを口にはしなかった。しかし、真田家の未来を考えるならば、いずれ向き合わなければならない問いである。
昌幸はすぐには答えなかった。
窓の外へ目を向ければ、真田の山々がいつもと変わらぬ姿で連なっている。父・幸隆が一度失い、それでも武田信玄の力を借りて取り戻した土地であり、兄・信綱と昌輝が守り、今は自分が受け継いだ土地でもある。昌幸にとって武田家は、単なる主家ではなかった。父が仕え、自分自身も長くその家臣として生きてきた家であり、真田家が再び故郷を取り戻すことができたのも、武田家の力があったからこそである。
その恩を、昌幸は決して忘れてはいなかった。
しかし、恩と家の存続は、同じものではない。
「……今、武田を捨てるのは容易い」
昌幸は静かに言った。
「だが、まだ捨てることはできぬ」
家臣たちは黙って昌幸を見つめた。
「武田に従うことが正しいのか、それとも別の道を探すべきなのか、今の私にはまだ分からぬ。だが、一つだけ確かなことがある。武田がどうなろうとも、真田まで同じように滅びてよいとは思わぬ」
その声には迷いがあった。しかし、それ以上に強い決意があった。
「だからこそ、今は動かぬ。武田家がどうなるかを見極める。そして、真田が生き残るために必要なものを一つずつ備える。忠義を捨てるつもりはない。だが、忠義だけで家を守れるほど、この世は甘くない」
誰もそれに反論することはできなかった。
昌幸は再び高天神落城の書状へ目を向けた。
そこに記されているのは、遠江の一城が落ちたという事実にすぎない。だが昌幸には、その一枚の紙の向こう側で、武田家を支えていた何かが静かに崩れ始めているように感じられた。
武田家の強さとは、単に甲斐や信濃の兵を動かせることではない。武田の旗が翻れば、その旗の下へ国衆が集まり、武田に従っていれば敵に攻められても救われるという信頼があったからこそ、広大な領国を一つの家の下にまとめることができていた。国衆たちは常に自分の家の存続を考えている。主家に忠義を尽くすのも、その主家が自分たちを守ってくれるという確信があればこそであり、その確信が失われれば、忠義よりも家を残すことを優先する者が現れるのは当然のことであった。
高天神城の落城は、その信頼を大きく揺るがした。
徳川に攻められても武田が助けに来る。
武田に従っていれば、最後には守ってもらえる。
その当然と思われていたものが、崩れたのである。
高天神城の将兵たちがどれほど勇敢に戦ったとしても、彼らを救えなかったという事実だけは消えない。そして、その事実は遠江だけに留まらず、甲斐や信濃、上野、駿河にいる国衆たちの耳にも届いていくことになる。
昌幸はそれを理解していた。
だからこそ、高天神城の落城を単なる敗戦とは考えなかった。
これは、武田家に対する信用が失われ始めた証なのだ。
そして一度失われた信用を取り戻すことは、戦に勝つことよりも難しい。
武田家にはまだ兵がある。領国も残っている。勝頼自身にも、戦場で敵を打ち破るだけの才覚がある。だからこそ、この時点では誰もが武田家の滅亡を現実のものとして考えていたわけではなかった。高天神城が落ちたからといって、明日にでも武田家が滅びるわけではない。むしろ、ここから武田家が立て直す可能性さえ、まだ残されていた。
しかし、国衆たちの胸の内に生まれた疑念は、武田家の力が衰えるにつれて少しずつ大きくなっていく。
武田に従い続けるべきなのか。
それとも、自らの家を守るために別の道を探すべきなのか。
その問いを抱く者が増えれば増えるほど、武田家の支配は内側から脆くなっていく。
そして、その亀裂が決定的な形となって現れるのは、それから一年も経たない後のことであった。
天正十年、織田信長による甲州征伐が始まった時、武田家は決して無力な存在ではなかった。なお多くの兵を抱え、甲斐・信濃を中心に広大な領国を持ち、戦うための城も将も残していた。それにもかかわらず、その崩壊はあまりにも速かった。
国衆たちが次々と離反し、城々が戦わずして開かれ、武田家中の結束が瞬く間に失われていったからである。
その始まりは、甲州征伐そのものではなかった。
高天神城を救えなかったことによって、武田家ならば自分たちを守ってくれるという国衆たちの信頼が大きく揺らいだこと。その後も武田家が苦境から抜け出せないまま時間が過ぎたことで、その疑念が確信へと変わっていったこと。
高天神城の落城は、武田家にとって一つの敗戦であると同時に、その一年後に訪れる滅亡への道を開いた大きな転機でもあった。
昌幸は、まだその結末を知らない。
ただ一つ、高天神城の書状を前にして確信していた。
武田家は、これまでとは違う場所に立っている。
そして真田家もまた、その変化から逃れることはできない。
昌幸は静かに書状を懐へ収めると、立ち上がった。
「まだ、武田は終わっておらぬ」
それは武田家を信じるための言葉だったのか、それとも自分自身に言い聞かせるための言葉だったのか、昌幸自身にも分からなかった。
ただ、その日を境に、昌幸は武田家を見る目を以前とは変え始めていた。
主家に尽くすことと、真田を守ること。
その二つが、いつまでも同じ道の上にあるとは限らない。
高天神城の落城は、その現実を今まで以上に昌幸に突きつけたのである。




