↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真田異子伝  作者: 海野快斗
第一章 滅亡 三節 真田の家督

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/52

第十一話 真田の家督

今節よりカクヨムとの投稿ペースを揃えるため、毎日7時、21時に投稿いたします。

長篠の戦いから幾月かが過ぎ、真田家の当主となった昌幸には、休むという言葉を考える暇すらなかった。兄・信綱と昌輝が相次いで討死したことで、家督は思いもよらぬ形で自分のところへ転がり込んできたが、当主の座を継いだからといって、周囲の者たちがそれを受け入れてくれるわけではない。むしろ、それまで兄たちの下で動いていた家臣たちをまとめ、失われた兵力を立て直し、武田家への奉公を続けながら自領を守るという仕事は、以前とは比べものにならぬほど増えていた。


朝から家臣が次々と館を訪れ、領内の年貢や兵糧についての報告を持ってくる。岩櫃をはじめとする上野の領地では周辺の情勢を見張らねばならず、信濃では上杉方の動きを警戒しなければならない。長篠で武田家が大敗したことで、これまで武田の威勢を恐れていた国衆たちの中にも、これから先のことを考え始める者が出てくることは容易に想像できた。昌幸自身もそれを感じ取っていたからこそ、家臣の一人一人の言葉に耳を傾け、領内の小さな変化さえ見逃さぬよう努めていた。


ふと机の上に積まれた書状へ目を落とし、昌幸は深く息を吐いた。


家督を継ぐということが、これほど重いものだとは思っていなかった。


いや、正確には分かっていたつもりだったのだろう。幼い頃から真田家の内外を見て育ち、兄たちが父・幸隆を支える姿も見てきた。真田という家がどれほど小さな領地から始まり、どれほど多くの敵と戦いながら今の地位を築いてきたのかも知っている。


それでも、実際に自分がその座へ立ってみれば、見えてくるものはまるで違っていた。


当主の判断一つで、家臣の命が決まり、領民の暮らしが変わる。戦になれば家臣たちを戦場へ送り出さねばならず、その者たちが帰ってこなかったときには、その家族へ何と声を掛ければよいのかまで考えなければならない。


兄たちが生きていた頃には、自分はあくまで真田家の一員であり、父や兄たちを支える立場にあった。ところが今は違う。相談するべき兄はもういない。


そう考えたところで、昌幸はふと苦笑した。


――何を弱気になっている。


自分はまだ恵まれているではないか。


そう思ったのは、父の姿を思い出したからだった。


真田幸綱


後世には幸隆の名で知られる男であり、武田家中では「攻め弾正」の異名を取った武将である。しかし昌幸が幼い頃から見てきた父は、単に戦場で名を上げた武将ではなかった。


幸隆が真田の地を追われた頃、真田家には今のような安定した領地などなかった。


もともと真田氏は海野氏の流れを汲む一族であり、信濃東部に勢力を持つ海野氏傘下にあった。しかし戦国の世に入り、村上義清を中心とした勢力が小県へ進出すると、真田の一族もその争いに巻き込まれていく。そして天文十年の海野平の戦いにおいて海野氏らが敗れると、幸隆もまた真田の地を離れざるを得なくなった。


自らの家が代々守ってきた土地を失うということが、どれほどの苦痛であったのか。


幼い昌幸には分からなかった。


ただ、父がその後に歩んだ道だけは、成長するにつれて少しずつ理解できるようになった。


幸隆は失った領地を取り戻すため、甲斐へ赴き武田晴信に仕えた。


当時の武田家は信濃への勢力拡大を進めており、幸隆にとって武田家への仕官は単なる奉公ではなかった。武田の力を借りて、いつの日か故郷へ戻る。そのためにはまず武田家中で自らの価値を示し、信頼を勝ち取らなければならなかった。


幸隆は武田家の信濃侵攻に従い、村上氏との戦いで数々の功を挙げた。とりわけ砥石城をめぐる戦いでは、かつて自分たちを追い落とした村上義清の勢力に対して戦いを挑み、ついには砥石城を武田方へとすることに成功している。


それは単なる一城の攻略ではなかった。


幸隆にとっては、自らの故郷へ帰るための戦いであり、失われた真田家をもう一度立て直すための戦いだったのである。


やがて幸隆は旧領を回復し、真田家は武田家における信濃先方衆として確固たる地位を築いていった。小さな国衆の一つに過ぎなかった真田家が、武田信玄から信頼され、北信濃や上野方面の戦いにおいて重要な役割を担うまでになったのは、父が長い年月をかけて積み重ねてきたものがあったからだ。


昌幸はそこまで思い返すと、机の上に置かれた書状を再び手に取った。


自分は今、父が築いたものを受け継いでいる。兄たちが守ってきたものも、これからは自分が守らねばならない。そう考えれば、忙しいなどと嘆いている暇はなかった。


むしろ、自分の苦労など父が歩んできた道に比べれば、まだ始まったばかりなのだろう。


幸隆は一度すべてを失った。それでも諦めず、武田家に仕え、戦い、故郷へ戻り、真田の名を再び信濃に刻んだ。


ならば自分にもできるはずだ。


そう思わなければならない。


昌幸は書状へ目を戻した。


武田家はまだ滅びてはいない。信濃や甲斐、駿河にも多くの領地を持ち、なお強大な軍勢を擁している。しかし、かつて天下にその名を轟かせた武田信玄が率いていた頃と同じではないことも、また事実であった。


長篠での敗戦は、単なる一度の敗北ではない。


そのことを昌幸は肌で感じていた。


武田家の威勢が衰えれば、これまで武田の名の下でまとまっていた国衆たちも、それぞれが己の家を守るために動き始める。そうなれば、真田家もまた例外ではいられない。武田家に仕える以上、その命に従わねばならぬ。しかし同時に、武田の力だけに頼っていては、いずれ真田という家そのものが飲み込まれてしまう。


父が武田家に仕えながらも、決して真田という家を失わなかったように、自分もまた武田の臣として生きながら、真田家そのものを守る道を探さなければならない。


そのためには、戦の備えだけでは足りなかった。


家を守るには、家そのものを繋がねばならない。


昌幸が次に考えたのは、まだ幼い源三郎のことであった。


源三郎は元服すら迎えていない。当然、今すぐ妻を迎えるような年齢ではない。しかし、家同士の縁を早くから定めておくことには意味がある。特に今の真田家にとっては、単なる婚姻以上の意味を持つ縁であった。


相手は、亡き兄・信綱の娘である。


名をこうという。


信綱の死後、その娘は真田家に残されていた。昌幸にとっては姪にあたり、その身を守ることもまた、家督を継いだ者として果たさねばならぬ務めである。


だが、昌幸がこの縁組に求めていたものは、それだけではなかった。


昌幸自身は真田家の嫡流として家督を継いだわけではない。


もともとは真田幸隆の三男として生まれ、幼くして武藤家へ養子に出され、長く武藤喜兵衛として生きてきた身である。そのため、真田家に代々伝わってきた家伝の文書や記録を、嫡流としてそのまま受け継いでいるわけではなかった。家中の者たちの中には、昌幸が当主であることを認めながらも、心の奥底では「三男が兄の跡を継いだ」という意識を抱いている者もいる。


だからこそ昌幸は、その先を見ていた。


源三郎とこうが婚姻し、いつの日か二人の間に子が生まれ、その子が真田家を継ぐことになれば、その子は昌幸の血だけではなく、亡き兄・信綱の血も受け継ぐことになる。


それは、今の昌幸にはないものを次の世代へ繋ぐことでもあった。


真田家の嫡流という立場を、決して絶やさないために。


昌幸はその考えを、誰にも語らなかった。


語る必要もなかった。


政略とは、すべてを言葉にせずとも成立するものだからである。


こうして源三郎とこうの婚約は決まった。


まだ幼い二人である以上、夫婦として暮らすわけではない。正式な婚姻は二人が成長してからとなるが、真田家にとっては、それだけでも大きな意味を持つ縁組であった。


婚約が決まった日の夜、昌幸は一人、館の庭を眺めていた。


昼間に交わされた言葉を思い返しながら、静かに息を吐く。


「これでよい」


誰に聞かせるでもなく呟いた言葉は、夜の闇へ吸い込まれていった。


これで真田家がすぐに安泰になるわけではない。信綱や昌輝が残した穴は大きく、武田家の情勢も日に日に悪くなっている。それでも、家を守るために必要な手を一つずつ打っていくしかない。


昌幸は庭の暗がりへ目を向けた。


そのとき、ふと別の顔が脳裏に浮かんだ。


源七郎。


六年前、自らの手で出浦盛清へ預けた息子である。


六年ぶりに会ったあの子は、昌幸が記憶していた幼子とはまるで違っていた。まだ六つの子供でありながら、知らぬ土地へ連れてこられても泣きわめくことなく、こちらをじっと見つめていた。その目には、忍びの里で過ごした六年間が刻まれていた。


その子を、自分は再び手放した。


真田家のためだと自分に言い聞かせながら、塩田家へ養子に出した。


小県に古くから根を張り、騎馬をもって知られる塩田家。その家を継ぐ者として源七郎を迎えてもらうことは、真田家にとって決して悪い話ではない。むしろ、これからの真田家を考えれば必要な手であった。


しかし、それが父親として望んだ選択だったかと問われれば、答えは違う。


あのとき源七郎へ告げた言葉が、今も昌幸の胸に残っている。


――本当は手放したくない。


そう伝えた。


あの子を手元に置き、父として成長を見守りたいと思わなかったわけではない。むしろ六年ぶりに顔を合わせたことで、その思いは以前より強くなっていた。だが、家を守る者が私情だけで動くことは許されない。


源七郎を塩田家へ出したことも、源三郎とこうを結びつけたことも、すべては真田家を次の世代へ残すための選択だった。


それが父親として正しいことなのか、昌幸自身にも分からなかった。


ただ一つ分かっているのは、自分がこれからも同じような決断を迫られるということだけだった。


兄を失い、家督を継いだばかりの自分には、これから先、いくつもの難しい選択が待っている。その中には、父親として、あるいは一人の人間としては選びたくない道もきっとあるだろう。


それでも、選ばねばならない。


父・幸隆が一度すべてを失い、それでも真田の家を取り戻したように、自分もまた、何かを捨ててでもこの家を守らなければならない。


昌幸はしばらく夜の庭を眺めた後、静かに目を閉じた。


真田の郷は、今日も変わらぬ姿でそこにある。


だが、その周囲を取り巻く世界は、確実に変わり始めていた。


そして昌幸の知らぬところでは、その変化はすでに武田家中の各所へ広がり始めていた。

注:こう

真田信綱の娘、清音院殿のこと。史実でも信之の正室、のち側室。信之嫡男の真田信吉の母。史料にはほとんど登場せず、本名や立場も不明な点が多く残る人物である。本作における名前は大河ドラマ「真田丸」に準拠。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。