第3話:延々の夜
そうしてオレは〈三十二回目〉の今日を過ごしている。
朝のうちに準備しておいた、今夜用の荷物を取りだしていると、ニュクスが訊いてくる。
「今夜はどこに行くんだい?」
「学校。昼間のうちに屋上の鍵を見てきたら、簡単に入れそうだったからさ」
家の工具箱から拝借したハンマー片手に、にやりと笑うと、ニュクスは呆れたように溜息を吐いた。
「次から次へとよく思いつくね」
「別にいいだろ。誰にも迷惑かけないように、オレなりに考えてやってるし。それより、お前も行くだろ?」
「いいよ。家にいても誰もいなくて暇だからね」
「決まりだ」
こうしてニュクスと一緒に夜へ繰りだすのが、いつの間にか〈ループ〉が始まってからの習慣になっていた。
ニュクスと過ごす夜はいい。何をしても、夜眠ってしまえば全部リセットされる。いつもなら、あとでバレたらめちゃくちゃ怒られるようなことでも、一晩やりすごせば、なかったことになる。なけなしの貯金を全部下ろして豪遊しても元通りだ。
学校へ向かう途中、コンビニに寄って大量のスナック菓子とジュースを買いこんだ。屋上でダラダラと過ごすための必要物資だ。ついでに夕飯代わりにカップ麺を買った。箸を使うのが下手なニュクスのためにフォークをもらい、二人で食べた。
ニュクスは醤油味が好みらしい。オレはシーフード味だ。コンビニの駐車場の脇で、夜中にする買い食いにも慣れたものだ。最初のころはそれこそ、普段はやらないことなので、ちょっとしたスリルのような緊張感があったが、何回も繰り返せばこなれたものだ。ただ、それでも親から貰った夕飯代で食べるコンビニ弁当よりも美味いもんだからクセになる。
麺を平らげるとすぐに学校へ向かった。オレはスープはその場で飲みほしたが、ニュクスはグランデサイズのコーヒーのようにカップを持って、残ったスープをちびちびと飲んでいた。
スープをすすりながらニュクスが訊いてくる。
「ところで、学校って警報があるんじゃないのかい?」
「甘いな。この時間は運動部がまだ夜練やってるから、警備システムのスイッチは入ってないんだよ」
「それは恐れいりました」
何回かの〈ループ〉で下調べ済みだ。部活をやっている連中がライトでグラウンドを照らしているので、明るい表門は避ける。この時間帯の裏門は、暗がりだし人目もないので、忍びこむにはうってつけだ。あとは昇降口に入り、土足で人気のない学校に足を踏みいれれば、階段を登って屋上まで一直線だ。
屋上のドアはアルミサッシで、錆びてはいないが薄汚れているので、銀というより鼠色だ。少しがたついているドアノブに、ハンマーとマイナスドライバーを使って、屋上へのドアを開けた。真似する奴がいると危ないので詳細は伏せる。
開いたドアの先は、いつもより空が低く感じられる。今の夜空には月どころか月を輝かせるための太陽もないので、夜の闇はより深くなり、星が強く光る。〝今日〟が晴れていて本当によかった。星は光るだけで移動しないので、夜の長さを存分に実感できる。
「着いた着いた。今日はここで夜更かしだ」
「これが学校の屋上ってやつかい……」
ニュクスは興味深そうにきょろきょろと辺りを見渡しながら、屋上の端へと歩いていった。グラウンドを一望できる場所だが、フェンスの網に指をかけたニュクスは、地面でもなく空でもなく、その間を見ているようだった。
「朝日を迎えるなら、こんな場所がいいんだろうね」
「そっか、お前って〝夜〟だから、朝日は見たことないのか」
「まぁね。夜は昼と一瞬だけ交わることしかできないのさ」
「でも、別にいいじゃん。今楽しいだろ?」
「君って奴は……僕は君に朝を迎えさせるための夜をあげてるって忘れたのかい?」
「オレはずっと夜でいいよ」
オレはぶっきらぼうに答えた。朝になんか興味はない。永遠の夜を望んで、それが叶っている今に満足している。
「……ところで、君はどうして永遠の夜を願ったんだい?」
買ってきた菓子やジュースを準備しながら広げていると、フェンス際からニュクスが訊いてきた。
「今更かよ。知ってたんじゃないのかよ」
「願いはわかっても、心までは知らないさ」
「別に……大したことじゃねぇよ」
〈〇回目〉の夜――体感一ヶ月前の昨日――に、オレは衝動的に学校をサボった。
別に友人関係が上手くいっていないとか、イジメられているとか、そんな明確な理由はない。ただ、ずっと同じ日が繰り返されて、その先にある未来とかいうやつを考えたとき、オレって何の意味があるんだ? と急に腹が立ってきたのだ。
オレの代わりはいくらでもいる。人間関係だって、別に友達がオレである必要はない。たまたま、その立場がオレだったというだけだ。どこかで聞いた神話の船を思いだす。パーツをどんどん新しいものに入れ替えていって、すべてのパーツが新しいものになったとき、その船は昔の船と同じものなのか、という話だった気がする。世界や日常はその船と一緒だ。オレが別の誰かと入れ替わったところで、大して影響はないし、世界の日々はそのままで何も変わらない。オレという小さな船の部品がなくなったところで、海を進む船は止まらないのだ。
そんなことを考えたら急に自分の人生に意味を感じなくなって、同じことをしたって意味がないなら――と制服を脱いで、私服に着替えてスマホも持たずに飛びだした。
その日の夜はよかった。自由で、好き勝手して、何かに急かされることもなくて……どうせなら永遠に今夜が続いてほしいと思った。
大人に言わせれば、それが『反抗期』だとか『アイデンティティの模索』だとか、適当に相応しい名前がつくだろう。そんなことはわかっている。ただそれでも、オレが本気でそう思ったことが否定される理由にはならない。……まぁ、家に帰ってから思い返して、死ぬほど恥ずかしいことをしたという自覚は芽生えたのだが。
「……ただの思春期の発作ってやつだよ」
「そのセリフがもう思春期臭いよ。いいね、若さだ」
「うるせぇ! そう言うお前は何でオレに夜をあげようなんて思ったんだよ」
「〈一回目〉に言った通りだよ」
「〝夜〟だからか……」
「そう。知的生命体にとって〝夜〟は明けるためにある。静寂の中に安らぎと恐怖を同居させながら、明日を待つ時間が〝夜〟だ。それ以上でも以下でもない。……まぁ、強いて言うなら、他人より長い夜が必要そうな君を、たまたま見つけたのさ」
「たまたまね……」
オレが眠気覚まし用のエナジードリンクを一本開けると、ニュクスが物欲しそうに手を出してきたので手渡した。一口飲むと、想像よりも甘ったるかったのか、驚いたように舌を出していた。
「まぁ、世界なんてそんなものさ」
ニュクスの口振りには釈然とはしなかったが、まぁ、それでもいいかと思った。いくら朝を迎えろと言われても、オレは、ずっとこの〈ループ〉がずっと続くのだと思っていたのだから。
だが違った。




