第2話:ループ
家に帰り、まだ誰も帰っていない家に、空虚な「ただいま」を言う。電気の点いていないリビングのテーブルに置いてある夕飯代を回収し、自分の部屋に戻る。するとそこには、当たり前のような面で、オレの寝間着のスウェットを着た、男だか女だかわからない奴が、ベッドに横になって漫画を読みながらくつろいでいる。
「やぁ、おかえり。〈三二回目〉の今日はどうだった?」
ニュクスと名乗るこいつが、地球から太陽を奪った張本人だ。
「お前、マジで毎回数えてんの?」
「当然さ。〈渦〉の管理する必要があるからね」
「タイム・ボルテックスだっけか? 意外と面倒なんだな。まぁ、オレはお陰で楽しい〈ループ〉を過ごせてるからいいんだけど」
こいつとの出会いは〈一回目〉の朝だ。
目を覚ますと、何食わぬ顔でニュクスはオレの部屋にいた。空が薄暗くて、紫色をしている朝に困惑するよりも前に、こいつがいたお陰で、オレは混乱せずに済んだ。いや、寝起きの部屋に見知らぬ他人がいたせいで、大いに混乱はしたのだが。
そのとき、人は極限までうろたえると、頭の中に浮かんだ疑問をすぐに口に出すという教訓を得たわけだが、まぁオレがした質問は特に面白みのない「誰だよお前?!」というものだ。
「色々な呼ばれ方をするね。とりあえず『ニュクス』でいいかな」
で、この回答だった。情けないことに、想像力のないオレの頭の中の疑問はこれで尽きた。まごついて口を開けたまま二の句を継げないでいるこちらに対し、ニュクスは察したようにさらりと、こう言ったのだ。
「ん? あぁ、何者かってことかい? 僕は〝夜〟そのものさ。星の海の旅人でね、恒星を仮宿にしているんだ。で、その宿に先客の生命体がいた場合は、〝夜〟を作ってしまったお詫びも兼ねて滞在費を払っている。知的生命体は久々だけど、僕からするとスケールが小さすぎてよくわからないから、適当に相性のいい君を選んだ。ちょうど、不健全にも永遠の夜を願った君を。君が望んだ夜をあげにきたのさ」
永遠の夜。
さっと自分の頬が熱くなるのをはっきりと感じた。その言葉には心当たりがあった。なんでこいつが昨日のことを知ってるんだ、と。そして恥を暴露された腹立ちのままに喧嘩腰で、何でわざわざオレにそんなことをしてくれるんだ、と訊くと、相手は眉をひそめ、
「だから、不健全だからだよ。けれど、朝を迎えるには夜が必要だからね。太陽が昇るには、一度沈まなければならないだろう? 朝を迎えたくない君に、しばらくの間、夜をあげようと思っただけさ」
実に要領を得ない回答だった。そのときは、煙に巻くようなことを言って、馬鹿にしてるんじゃないかと思ったほどだ。
そのあと、変質者がいると警察に通報しようと思ったが、その前に様変わりした外の光景を見たオレは、結局〈一回目〉の日は学校に行かず、ニュクスから詳細を根掘り葉掘りと聞いたのだ。
そうしてわかったのは、ニュクスはオレが夜眠るまでの今日を〈ループ〉させてくれるということだ。〈ループ〉を知覚しているのはオレとニュクスだけで、好きな時にやめていいと言われた。
「――つまり、簡易的なタイム・ボルテックスを作っているんだよ。渦を巻いているから戻る。それだけさ」
と、いうのが、ニュクスが説明した〈ループ〉の仕組みの総括だった。当然ながら長々と解説された内容は何一つ理解できていない。
世界が一変している理由は、太陽を覆っているもので太陽の全エネルギー(高性能な原子力発電所の大体一〇〇京倍と言われた。スケールがデカすぎてよくわからなかった)を得て、〈ループ〉を維持しているからだそうだ。〈ループ〉をするに当たって、太陽を奪った日が始まりだと、世界中が大騒ぎしている状態で落ち着きがないので、冷静さを取り戻した一ヶ月後辺りにコンフィグとやらをしたそうだ。だから、太陽を失い、朝が紫色になったのは、夜を続けるための副産物にすぎないらしい。ニュクス曰く「これはこれでお誂え向きだね」。
ここまでの事情を聞いて、とりあえず突っこみどころは満載だった。だが、目の前には現実があったし、夜眠って目を覚ますと日付の同じ今日が訪れたので、疑う余地はなくなった。まぁ、夢なら夢でいいし、実はどこかで事故って頭がおかしくなったりしていたのなら、どうしようもない。そんな感じでオレは受けいれた。




