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彼女は黒くて毛深くて  作者: あしかが
12/13

第1話 空き家で冒険 5

速太はやた


 あの秘密基地での満月の夜から、三か月くらいたった。

 秘密基地には入れなくなっちゃったけど、なぜだかあまり残念という気はしなかった。

 そして、ゆらお姉ちゃんについてのぼくの印象はずいぶん変わった。

 前は、いつもちょっぴりふきげんそうな顔をしていて、でもぼくが道で会うとにっこりあいさつをしてくれる、マジメな近所のお姉さん、という感じだった。

 頭のいい高校に入学したって、春にお母さんがほめてたっけ。


 今は、本当のお姉ちゃんはちょっと違うんじゃないかと思っている。

 もっとイタズラ好きで、悪いことや危ないことが目の前にゴロゴロころがって来ても、にやって笑ってぴょーんって飛びこえちゃうような。

 そういう、カッコよくて少しだけおっかない女のひとが、マジメなお姉さんの中にかくれているみたいな気がするんだ。


 登校時間に、ゆらお姉ちゃんとバス停までいっしょになることがある。

 朝の太陽の下で見るお姉ちゃんの笑顔はおすましさんだけど、ぼくはいつも、あの月にてらされたきれいなお姉ちゃんを思い出す。

 そのたびに、顔が熱くなって体の真ん中がむずむずするんだ。


     ♦     ♦     ♦     ♦


「ねぇお兄ちゃん、映ってるここ、なんか見たことある!」

 アコが、テレビの画面を指さしてぼくをよんだ。

 時間は夕ご飯の前。

 今夜のご飯は手巻きずしで、テーブルの上にはお母さんが用意したレタスやサーモンやノリがならんでいる。ぼくはお兄ちゃんだから、お母さんのお手伝いをしていた。


「アコも少しは手伝えよー」

 ぼくは知ってる。

 この時期は、テレビがみんな二時間とか三時間の長い番組を流すんだ。ずうっとタレントがスタジオでしゃべっているようなのとか、ドラマの特集とか。

 アコが点けていたのは、ふつうのひとがとった短い″お化けが映ったビデオ″をやたらいっぱい見せる番組。こういうの、ぼくはあんまり好きじゃないんだけど、お父さんは、

『ネットで流れてる創作動画ばっかりだなあ。

 この、道路で女のひとを乗せた車がひっくり返る奴なんか、本当は前後に撮影スタッフの自己紹介と仕事募集のメッセージが入ってるのに、そこを切って心霊ビデオにされちゃったんだよな』

 って笑ってた。へぇー。


「いいからお兄ちゃん! 見てってば!」

 台所からテーブルに取り皿を運んだぼくの手を引っぱって、アコが無理やりテレビを見せる。

 のどから変な声が出そうになった。

 うちの、わりと大きなテレビの画面の中には、夜の森を後ろにした三階建ての建物がうかんでいた。

 番組のナレーターがいう。

『それは‥‥、地元の心霊スポットに足を踏み入れた若者たちが撮影した恐怖映像‥‥』

「ね、ね、これって、すぐそこにたってる病院だったとこでしょ? そうでしょ?」

「なあに?」

 アコが大きな声を出すから、お母さんまで台所から様子を見にきちゃった。


 ぐらんぐらん画面がゆれるカメラ映像は、ガラスを割られた回転ドアから一階のへやに入っていった。そのとたん。

 ぱたぱたぱたぱた。

『見たかオギやん!? マジで出たぞ!』

 聞いたことのあるさけび声。

ささっち、動画ビデオ撮ってるか?』

 ごとんごとっ。

 カメラが落ちて、テレビの中を床やカベがばんばんはねた。

『あ、あたしさっきはビビっちゃって。多分ちゃんと映ってないと思う』

『まじかー』

『よ、よーし奥に入るぞ。ガラス気を付けろ』

 ジャリジャリジャリ。

 クツで床に散らばったカケラをふむ音。

 あのときの怖さが、ぼくにちょっとだけ戻ってくる。

『や、ヤバいんじゃね萩やん? 祟られっかも‥‥』

『病院跡の廃墟でマジもんの心霊現象だぞ!? 見逃せっかよ。ネットにアップすりゃ‥‥。笹っち、今度はしっかりカメラ構えとけよ』

『こ、子供だったよね今の‥‥』

『白い服着てたな。パジャマかな』


「そういえば、春頃にあの病院のあたりで騒ぎがあって、パトカーが停まっていたことがあったかしら。ねえお父さん」

「このカメラマンたちは、勝手に建物に入って撮影したことになるな。

 じゃあこれは、匿名でネットに上げられた創作動画か。まったく近所迷惑な‥‥」

 お母さんとお父さんが話しているうちに、おおげさなナレーションといっしょに動画は進んでいく。

『そこでカメラが捉えた存在とは‥‥っ!』

 わ。


 ぼくだ。


 テレビの中で、タタタッて廊下を走って病院の階段をのぼっていったのは、三か月前のぼくだった。

 寒い頃のパジャマをきて、マスクで顔をかくしている。

 今より長いかみの毛を両がわにぴょんぴょんってしているので、なんか女子みたいだ。

 ぼくはこっそり家族のようすを横目で見たけれど、お母さんもお父さんも気が付いてないみたい。

 たしかに、映像は白黒じゃなくて緑黒? みたいに変わって時々全体がまっ白になって、すごく見づらい。映す人が下手でちゃんと姿がワクに入ってないし、画面もザラザラ。

 アコがまゆ毛の間にしわを寄せて首をかしげてるけど、これだったら大丈夫かな。


 おぼえている通りに、でもぼくが知らなかったことも入れて、あの夜の出来事が動画の中で再生されていく。



『階段が塞がってるぞ‥‥!』

『嘘ぉ。だってさっき、女の子がここに消えてったっ』

 カメラは、机とイスが天井の近くまで重なって置かれた三階への階段を廊下から見上げていた。

『完全に行き止まりだ、どうなってんだ!』

 つまってるように感じるけど、左のカベとの間のすき間に入ってそこから四つんばいになれば、机の足の間を通っていけちゃうんだよね。体が大きかったらぜったい無理だけどさ。

 ぼくを追いかけてきたひとたちは、そんなことは知らないから大さわぎしてる。



 思い出す。

 この時にぼくは、すき間を通って階段を抜けて、月の光がさしこむ病院の三階の廊下を走っていた。

 いそいでいそいで、別の階段へ。

 そこからあの大人のひとたちにつかまらないように一階へ行って、建物の外へ逃げる。

 かけっこはとくいなのに足が動かない。もたもたしてるし、心臓が苦しい。息も。

 すぐそこのはずの階段にぜんぜんつかなくて、ついたら真っくらな階段とそこからのぼってくる大人たちの声がおっかなくて、ヒザがふるえてなかなか下りられなかった。


 でも、二階のへやには、ゆらお姉ちゃんがいる。

 おかしなひとたちが玄関をこわして空っぽの病院に入ってきて、ぼくがこわくて何にもできないでいる所へ、お姉ちゃんはとつぜん現れた。そして、

『大丈夫』

 っていって、ふたりで逃げる方法を考えてくれた。

 いっしょに逃げなくちゃ。

 ぼくは階段を下りきって、角から廊下のようすをうかがう。向こうがわのはじっこに、三人の大人がいてどなりあうみたいにしゃべってた。

 こっちにもどってくるだろうか、それとも行っちゃうだろうか。



 テレビから、録音されていた会話が聞こえる。

『どこかに通路が隠されてるのかも』

『近付いてよく見てみるか‥‥』

『よ~そ~う~よ~!』

 こんなことを話してたのか。建物の外でずっと音楽が鳴ってて、大声なのにあの時は分からなかった。

 ぼくをこわがらせていたひとたちが、本当はこわがっていたなんて変なかんじだ。



 廊下をいつわたるか、びくびくしながら暗い中で目と耳を澄ましていたぼくは、すごく変なものを見た。

 ぼくがピタッてはりついている階段の入り口と、ゆらお姉ちゃんのかくれているへやは、廊下の同じがわにあって、逆のがわにはガラス窓がならんでいる。ぼくの正面は、一階へむかう階段。

 そのガラス窓に、半分開いたドアの後ろに立つゆらお姉ちゃんが映っていた。

 きんちょうした顔で、黒(?)いワンピースのお姉ちゃんが大人たちのようすを見ていて。

 その後ろに、すんごい大きい生き物がいたんだ。


 まっ黒で、ぎらぎら光るお皿みたいにまん丸な目をして、裂けたあごから火のような息をふいていた。

 口にはお母さんが台所でつかう包丁ぐらいの牙が生えている。

 こんなの、聞いたこともない。

 頭がまっ白になったぼくがまぶたをパチパチしたら、へやからはみ出そうな大きさだったソレ(・・)は、ぼくのおへその辺りくらいの背がある犬そっくりの動物──ていうか、犬?──になった。


 ぼく、頭がヘンになっちゃったかのかな?

 ぼくが思わず角から顔を出すと、同じようにドアから顔だけ出してこっちを見ているゆらお姉ちゃんと目があった。

 お化け? 犬? がすぐ足元にいるはずなんだけど、お姉ちゃんは気が付いてないのか、はげますみたいにニコッとして、ぼくにうなずいた。

 混乱したまま反射的にぼくはかけだして、途中でバランスをくずして、しかも男のひとに見つかっちゃった。ぐらついたまま階段に飛びこんだら、四段飛ばしくらいになって、足首がズキンてした。

 転ばないよう必死に階段を走り下って、びっこをひきながら椅子がならぶ広い床を横切って、われたガラス戸の穴をくぐって病院の外に出た。

 息を切らして、ぼくがふり向くと、



 画面の中。とつぜん出てきた白いものに、カメラを持ったひとたちはおどろいて、おびえていた。

『な、なに? ひと!?』

『誰だっ!?』

 撮影してるひとがふり向いたので、それまで後ろにいた男のひとと女のひとの背中がレンズのすぐ近くにある。そのすきまに、暗い廊下にぼうっと浮かび上がる白くてタテに長いなにかがちょろっと映っている。

『×××』

 音楽にまぎれてよく聞こえないけれど、それは声をだした。

 緑色の映像では、人間の目はあかるく光って見える。白い布のすきまから、バラバラになった長いかみの毛には半分かくされたふたつの光が、カメラをにらんでいた。

 そして。

 ぶわっ、と布とかみの毛が空気の中にひるがえる。

『きゃ──────っ!!』

『わぁ────────っっ!』

 ガタガタゴトッ。

 画面がいきなり、めちゃめちゃに上下左右にゆれた。

 なにがおこったのか、もうぜんぜん撮影できてない。


 テレビはもういちど、スローモーションで最後のシーンをくり返す。

 かたむいてブレる画像。アップになった大きな目が、ぼくだけにはゆらお姉ちゃんのだって分かってドキンてなった。

 一瞬だけビデオカメラに映ったお姉ちゃんのすがたは、すぐに消えてしまう。

『廃墟に突如現れた、白い影の正体は? 若者たちは一体、なにと遭遇してしまったというのであろうか‥‥!?』

 おじさんの声でおっかないナレーションが入って、番組はタレントのひとがならんで座ったスタジオに切りかわった。こわかったですねえとかしゃべっている。

「今のでもうおわりー?」

 うちのリビングでは、アコがタコみたいな口をして、

「まあ、誰でも撮れそうな動画だったな」

 お父さんが笑い、

「あらあら」

 お母さんは台所へ戻っていった。



 ぼくがふり向くと、白いシーツにつつまれたカタマリが風に飛ばされるような早さで、二階の廊下から一階のげんかんまでかけてきた。

 びっくりした。

 あの夜。作戦どおり建物から出られたぼくが目撃したのは、体より大きな犬の背中になぜか前後まえうしろ反対にまたがったゆらお姉ちゃんが、すごいいきおいで階段を下りてくるところだった。


 三人の大人のひとが車にのってにげて行ったあと、ぼくはゆらお姉ちゃんと、黒くて大きな犬といっしょに月夜の道をあるいて家まで帰った。

 いろんなこと話したけど、それはふたりだけのヒミツ。

 なんだか、まぼろしみたいな夜だった。


 そう思うのは、あの晩だけ、ものの見え方がふつうとちがったからだ。

 お姉ちゃんがぼくの後ろに立ったとき。手をつないで森をあるいたとき。暗いはずなのに昼間よりくっきり周りがわかって、お姉ちゃんの肌が月の光にてらされて宝石みたいで、あたたかくてやさしいにおいがして。

 こわいのとはちがうふしぎなドキドキが止まらなかった。


 お姉ちゃんに、サクラっていう名前だって教えてもらった大きな犬のことは、よくわかんない。

 理科の授業で先生がいってたけれど、ガラスをはさんで明るいがわと暗いがわがあると、ガラスが鏡みたいになるのは明るいがわから見た時なんだって。暗いがわから来てはね返る光は、明るいがわから来る光でほとんどつぶれちゃうって、黒い布をかぶせた箱で先生はせつめいしていた。

 だから、暗い廊下の中から明るい外に向かう窓にあんなにはっきりお化けが映ったのは、なんかおかしい。見まちがいだったのかもしれない。

 だけどそれでも、サクラはとくべつな犬だと思う。なんかかっこ良くて、すごく強そうで頭がよさそう。

 あの夜から会えずにいるけど、サクラのことは、病院での冒険といっしょに、ぼくとゆらお姉ちゃんだけのヒミツだ。



 ぼくが春の夜のことを思い出して、リビングに立ったままむずむずニマニマしていたら、アコに足をふまれた。

「なにすんだよアコ!」

「お兄ちゃん、なんかヘン。さいきんとくに」

 なんだとー。

「速太も大人になってきたってことかしらねえ」

「ううーむ」

 わけわかんないこといってないでアコをしかってよ、お母さんお父さん。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【ゆら】


「あっはっはっはっは!

 見てよゆら、あんただ、あんたが出た──っ!」

 ホラー動画特番を流すテレビのモニターを指さして、ご飯茶碗を片手にお姉ちゃんが大爆笑していた。


 天井が抜けそうな勢いで馬鹿笑いする我が子に、お母さんがつっこむ。

「こらっ。はしたない笑い方するんじゃありません。

 目しか見えてないじゃないの。こんなのどうせ、撮影したひとのお友達でしょ。

 ‥‥どうしたのゆら? なんだか惨殺死体みたいよ?」

 わたしは噴出させてしまったトマトスープで真っ赤に染まった食卓に顔をべっちゃり伏せて、指先でダイイングメッセージをしたためていた。


 みんなお月様が悪いんじゃ。

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