第四章 三種の神器 ~その参~
中に入ると、フロアーは三方向から光が入り、とても明るい。
真ん中当たりに、人の背丈ほどのパーテーションが置いてあり、半分に仕切られている。
フロアーは談話室にもなっているようで、仕切りの奥から、賑やかな話し声が聞こえてきている。それと、コーヒーの薫り。
「こっちへ」
小さな声で僕を手招きして、駒塚はパーテーションの奥へ回り込んだ。
「おくつろぎのところ、申し訳ありません……」
声が聞こえる。
フロアーに上がっていた僕は、仕切りの反対側へ回った。
そこには、大きな丸テーブルを囲んで体をスッポリと包み込むプラスチック製の椅子が四脚あり、それに腰かけている4人の大人がいた。
まず目を惹いたのは、正面にゆったりと腰を下ろしている、老年にちかい男性だ。
白の和服に紫色の袴を穿いている。首から、濃い茶色の珠がついた輪をぶら下げていた。
顔は丸顔で、白髪になった薄い髪の毛を後ろに丁寧になでつけている。目は大きくて少し垂れていて、朗らかな性格をよく顕している。接した人は誰もが安心感を抱くだろうなと感じられる。
その左側には、こちらも老年に近い男が、背中を背もたれから離して座っていた。
こちらは隣の男とは反対に、背が高いが痩せていて、白の和服に薄い青の袴を穿いている。顔は細長く目も細く少しつり上がっていて、神経質そうな表情を浮かべている。
友達のタケが、訳知り顔で語ったことがある。
「人の顔は、すべて、タヌキとキツネに分けられる」
僕は二人の顔を見て、それを思い出した。
右側に、萌黄色のカーディガンを羽織った中年の婦人が遠慮がちに腰かけていた。
小柄でふくよかな体型をしている。目がクリっとして、可愛らしいオバチャンだと思った。
もう一人の婦人は、こちらに背中を見せていたが、赤いセーターとオレンジ色のスカートを穿いていて、4人の中では一番若く、たぶん母と同じくらいだろう。
その婦人が振り返り、僕を見て微笑んだ。
ストレートの黒髪が両肩を覆うように下がっている。年齢の割に小じわの目立つ、少し疲れた感じの女性である。
「いまのところ、会費で問題ないだろう」
駒塚が、話しを聞いてほしいのだと遠慮がちに訴えていたが、恰幅のいい男は自分の意見を周りの幹部に述べていた。
「ですけれど、宗教法人なのですから、普通は、浄財というべきでしょう」
話しは聞いてもらえないようなので、駒塚は僕に、小さな声で四人の紹介を始めた。
恰幅の良い男性が、福森だという。
「しかしな……教祖様が拘っていたからな……」
福森は困ったような顔をしてみせた。
「そうですけれど、体裁を、信者の方への、考えると……」
浄財に拘っているのが、教団の会計主任、山根敏明だということだ。
「実際のところ、毎月集金することを考えれば、会費の方が集金しやすいという事情もあるのですけれど……」
代表に助け船を出したのが小柄な婦人で、婦人部・部長の細野光恵だと教えられた。
「そうだろう。しかも、月・500円だから、払いやすいだろう」
と、福森は背中を見せている婦人にも同意を求めた。
「それですよ。500円なのですね、未だ」
「それがどうしたのだ?」
「いえ、会費だと、定額になってしまいますからね」
「当然だよ。それに、そうだよ。代表も、会費でいいと言っていなかったか」
福森は思い出したように指摘する。
「それもですよ。その代表っていう名称も……せめて、会主にしましょうよ。教主様なのですから。代表だと、どこの会合かと思われますし」
「そう言ったってさ、私だって、副代表になっているのだし、そう呼ばれても、少しも困ることなんてないよ」
「もちろん、福森様は、そんなことに拘る方でないことは、よく承知しております。ですが、これは、あくまでも、信者から見た場合、もしくは他の教団から見た場合、どう映るか、というはなしなのですよ、すべて」
黙って聞いていて、まさに、タヌキとキツネだと思える。
「誰も拘ってなんかいないさ。そもそもうちの教団は、とてもオープンなのだから」
ここで福森は、立っている二人にチラッと目をやる。
「疑似神道系……『諸教』と分類されるのだろう。うちの教団の教義は曖昧にみえるかもしれないが、そこが特徴でもあるのだからさ」
「もちろんそうです。何の隠し事もありません。だからこそ、会費だと、話しを戻しますが、税金もかかってくるのですよ」
「良いじゃないか、納めれば」
「そうですが……」
山根が反論しかけたのを、福森は遮って、
「教団のものは教団に、政府のものは政府に返せばいいのさ」
と語り、「ウオッホッホッホ」、と腹を抱えて一人で笑った。話の意味を誰も解さないようだったが……。
「固定資産税だって、本来は山林地区なのですけれど、敷地内想定だとかで、相当な額を支払っているのですからね」
「カヤマ町の発展に貢献しているということじゃないかな」
福森はすかさず口を挟んだ。すると細野が、
「大切なことですね」
と、誇らしげに頷いてみせる。
それでも山根は話し足りないとばかり、
「ああ、それから……『月殿』のことがありますからね」
と、渋い顔をしてみせる。
「場所は確保できるのですか?」
実務的な話として、細野は真面目な顔で福森に尋ねた。
「的場さんに、お願いするしかないけどな」
「となりますと、お金ですよね、重要なのは」
「ですよ、ですから、先ほどから、上限のついたものは……と申しているわけです」
「別会計では?」
何でもなさそうに、福森が言った。
慌てて山根は咳払いをし、「考慮します」とだけ言った。
僕は、「月殿って?」と、駒塚に質問した。彼は、今は答えられないと、掌を振ってみせる。
「月殿のことですけれど、福森様のなかでは、具体的な構想がおありなのですか?」
細野が話題を戻した。
「どういうことかね?」
福森は怪訝気な表情をしてみせる。
「生意気なことを言うようで、申し訳ありませんが……大切なことは、納められる、御神体があるのか、ということだと思うのですが……」
「神宝のことだろう」
つまらなさそうな表情のまま、山根が補足した。
「そうです。太陽殿には、御鏡が納められておりますが」
「天、自、地、だよ」
「……はい?」
「だからな、月殿が完成したら、次は地球殿も拵えてさ、天、自、地、になるじゃないか」
「待ってくださいよ」
とんでもないとばかり、山根が口を挟む。
「まあ、聴きなさい。あくまでも話だけのことなのだから」
福森は山根の反論を遮り、語り続ける。
「天である太陽殿には、御鏡が納めてあるわけだ。地である月殿には、勾玉を納めるのだよ。そして、地球殿には、自である御刀を納めればよい。まあこれは構想だよ、あくまでも。目標である。でも、目標を持つことは大事なことだろう。教団の発展に繋がるわけだから」
「おっしゃるとおりですが……私は会計を担当しておりますので……」
「わかるよ、わかるよ、君の心配は」
「問題なのは、そこだと思うのですが……」
細野は拘りがあるとみえて、しつこく話題を続ける。
「将来、それぞれの施設に納めなければならない神宝が、現在、違う場所に保管されているじゃないですか」
福森は大きく頷いてみせる。
「勾玉は、教祖様が直に託されたものですから、安易に移すことはできないでしょうが……」
「代が代わったから、拘らなくてもいいと思うけどね」
山根がここで口を挟んだ。
「そうだと私も考えます。問題は、なぜに、未だに、的場に御刀が保管されているのかということです。こちらはすぐにでも取り返すべきではないかと」
「結局……資金面は未だ的場頼りというのがあって、強く言えないのですね」
山根が顔を顰めてみせる。
「借金の形みたいなものか」
と言い、福森は笑い出した。
「冗談ごとではないのですよ。ですから、会費も浄財にすべきなのですし、例祭費だって一万円となっていますが、志にすべきなのですよ。真剣に考えないと、いつまでたっても、的場さんに頭が上がらないということになるのです」
ここぞとばかり、山根が語気を強めて主張した。
「あの……先ほどから、青年部の方が困っているようなのですが、聞いてあげられませんか」
まったく口を開かなかった婦人が、二人を指して、福森に示した。
事務長補佐の田中頼子さんだと、駒塚は早口で紹介する。
「ああ、すまなかったね、駒塚君。重要な会議をしていたものだから」
「大事な会議のときにお邪魔してしまい、申し訳ありませんでした」
駒塚は恐縮し、頭を深く下げる。
「で、なにか?」
福森は話を促したが、山根は詰まらなさそうな顔をしてそっぽを向いてしまった。細野は駒塚に、包み込むような笑顔を向けた。話を振った婦人は、こちらに背中を向けたままだ。
「あ、あの……西条さんから……」
「なに、西条?」
福森はスッと背中を伸ばす。
「中野君を、紹介するようにと言われましたので……」
駒塚は、自分もよくわからないのだというように、戸惑った顔で語った。
「中野、くんか……」
朗らかな顔で、福森は僕に視線を向ける。
「かわいらしい、坊ちゃんね」
細野は笑顔を見せてくれた。
なかの! そっぽを向いていた山根が、「あッ!」と声を上げ、こちらへ顔を振り向ける。厳しい視線を伴って。
「東海研修所の……息子」
そう呟き、福森に顔を向けた。
見つめられて、何のことかわからなかった福森も、ふと笑顔を消した。すぐに朗らかな顔に戻したが。
「中野君の……息子さんなのか、君は」
と問いかけてきた。
「名前は、何て言うの?」
まるで小さな子供に尋ねるように、細野が言った。
「教嗣といいます」
「そう。のりつぐ、くん」
細野はなぜか楽しそうだ。
背中を見せていた田中は、真剣な眼差しで僕を仰ぎ見ている。
「えっ?」と、顔を向けると、田中は真っ赤になって向こうを向いてしまった。
「君は、聖天祭に来たのだね」
「はい」
「誰とだね?」
「母です」
「美咲さん!」
田中が驚きの声を張り上げる。
「ああ、美咲ちゃんか……」
のんびりした声で、福森は言った。
それを聞いて、ここでも、「ちゃん」で呼ばれていると知り、何だか楽しくなってくる。
「聞いていましたか?」
不審気な顔をして、山根が福森に尋ねた。
「いいや」
福森は、僕を見つめたまま否定する。
「久しぶりに会えるわけだ……。今風に言うと、チョーかわいい子、だったからね」
福森は、またもや、「ウオッホッホッホ」、と笑った。
僕は思わず顔を顰めてしまった。デブッとした妖怪が腹を抱えているように見えたからだ。
第五章 変性意識 ~その壱~ に続く




