第四章 三種の神器 ~その弐~
お腹が空いているなどと弱気なことではいけない、と自分を戒め、
その『祠』を見てこようと、山を登りだす。確か、頂上付近にあるはずだ。
わりと急な斜面であったが、登ること自体はそれほど辛くはない。
低い木々に覆われた道のため、周りがよく見えていて、気分も良い。
丸太が埋められていて、そこに足をかけていけば、難なく上がっていくことができる。
ほどなくして、雲が切れてきて、朝日がまともに射してくるようになった。とたん、辺りが輝きだし、山全体が春の陽を受けて笑っているようにも見える。
次第に気分が弾んでくる。
「太陽のような人」、母は教祖をそう表現した。
周りにいる人みんなが楽しくなる、と説明した。
そのことが何となくわかるような気になったのだ。確か、祠には、教祖の亡骸の灰も納めてある、というのを聞いたことがある。
10分ほど登ったら、木々が切り倒された見晴らしの良い場所へ出た。周りを見わたしてみる。
遥か下に、大きな神殿の屋根が見えている。陽光を浴びて、こちらは金色に輝いている。その先に目をやると、谷に集落があり、それを貫いて川が流れているのが見える。
反対側に目をやると、連なった山々が迫っていて、その向こうには、雪を戴いた山脈が壁のように立ちはだかっていた。
僕は山道に視線を戻し、もう少しだと上り続ける。
そこは頂上から30メートルほど下った地点にあった。山肌を削った平らな場所で、50人くらい立っていることができる広さがある。
広場の中央奥に、石造りの祠はあった。
西洋の墓のような形で、高さは僕の背より少し低いくらいだ。御影石御影石で拵えてあり、表面は輝いている。観音開きの扉がついている。
祠の下には、やはり御影石で造られた高さが30センチくらいの台座があった。
だが、前には進めなかった。というのは、白い作務衣を着た、背があまり高くない中年の男がいるからだ。
その人は掃除をしていたとみえて、竹ぼうきを持ったまま、僕を注意深く見つめた。白髪の目立つ細長い顔をしていて、黒縁の眼鏡をかけている。
「ご苦労さん」
お参りに来たのかと、作業を止めて、男は笑顔を見せる。
「はっ、はい」
歓迎されたようなので安心はしたが、祠を調べることはできそうにないので、引き返そうとした。
「感心なことだ。教祖様を知らない若い人では、珍しいことだよ。教祖様は毎朝、ここへ来て、お日様を拝んでいたからね」
そう説明し、こっちへ来なさいと、男は手招きする。
太陽の光がまともに照りつけているため、眼鏡をかけた男は、手で庇を作り、こちらを見ている。断るのも変なので、祠へ近づいてみる。
男の傍に来てみると、男が僕の顔を見て、ハッと表情を変えたのがわかった。
どうしたのだろうと、男の表情を読み取ろうとする。男は二、三回瞬きをした。そして、口を半開きのまま僕の顔を見つめている。
だが、バツが悪くなったのか、ああ……と呻き、「お参りしなさい」と促した。
警戒する気が起きた。「そういう趣味の人は多いから」と母が注意を促したのを思い出したからだ。
取りあえず、形だけのお参りをして帰ろうと頭を下げると、台座に、浅い穴が三つ穿ってあるのが目に入った。それを眺めているうちに気がついた。
左側の穴が、東海研修所に保管されている勾玉の形と同じなのだ。填め籠められるようになっている。 そこで他の二つを調べてみると、右側は小刀の形にくり抜かれていて、真ん中は丸い形になっているのがわかった。
ということは、三種の神器はここに置かれるようになっているのだ。
「知らなかったのか?」
「……え?」
問いかけられ、僕は男の顔を見やった。
「この中には、『心・告白』が収められている」
シンコクハク……?
『告白』なら知っている。研修所どころか、信者なら一冊は必ず持っている。僕の家にも十冊はある。
教祖が書いた本で、教祖の生い立ちと、〃光〃を見る経緯が記されている。
それに、〃シン〃とついた本があるとは、知らなかった。
「君は……若すぎるが……青年部ではないのか」
「違います」
警戒の気を緩めず、男と対峙する。
「家族の人は? 一緒に来ているのだろう」
「もちろんです」
「名前は?」
一瞬、〃逮捕される〃という言葉が頭をよぎる。
「……中野です」
ナカノ……ナカノ……男は呪文を唱えるように名字を繰り返した。そして、ハッとして顔を上げ、瞠った。
「君は……誰と……来ているの?」
その答えを聞くのが恐ろしいかのように、男は躊躇いつつ質問してきた。
答えようかどうしようか迷った。だけど、逃げてはいけないと腹を据える。
「母です」
それを聞いて、相手は一瞬息を飲み、
「お母さんの名前は?」
と、動揺しているのか、震える声で尋ねてきた。
僕は誇り高い気持ちになった。
「美咲です」
名前を聞いた男は、ゆっくりと瞼を閉じた。眼鏡の中の瞼が震えているように見える。
男は瞼を閉じたまま、長く息を吐いた。二度大きく頷いてみせる。それを終えると、閉じた際と同じように、ゆっくりと瞼を開いた。
「よく来てくれた」
男はそれまでの緊張を解いて、顔を最大限ほころばせる。
僕も緊張を解いた。敵ではないのだと。だが、次の言葉が、最大級の警戒心を抱かせた。
「わたしは、澤田という。お母さんの昔の仲間だ」
僕は動揺を悟られまいと、顔を強ばらせて立っていた。
すぐに、「失礼します」と頭を下げ、下りようとした。
「初めてなのだろう、ここは?」
背中に問いかけられ、僕は振り返る。
「はい」
「しっかりと見ときなさい。自分の目で」
そう言い、澤田は竹箒を持ちなおし、祠の周りを掃き始める。
僕はもう一度頭を下げ、下り始めた。
これでようやくご飯が食べられると、一気に山を下りていく。
大神殿を過ぎ、土手を下りる階段の上まで来る。
「なかのくぅぅぅん!」
宿舎の方へ下りようとしたところで、大きな声で呼び止められる。
驚いて振り返ると、太陽殿の階段下から、羽根が大きな仕草で手招きしているのが見えた。
羽根は一人ではなく、先ほどチラッと目にした西条と、もう一人、羽根より背が高いが西条よりは低い青年と、一緒にいた。
「こっちへ来てくれ」
大きな声で再び呼ばれる。
「お腹が減っているのに」と、小さな声で愚痴り、太陽殿の下へと向かう。
「西条さん。中野君です」
三人の傍まで来ると、羽根は西条に僕を紹介した。
西条を見上げてみる。間近で見ると、背が高く、スポーツで鍛えているのか、スゥーツを着ていても筋肉質なのがわかり、精悍な印象を受ける。
そのうえ、睫の長いイケメンで、髪型は昭和のスター風で引いてしまうけれど、誰もが惹かれてしまうだろうなと思えた。
「君のお父さんには、一度会ったことがある」
開口一番、西条は親しみをこめて語った。
「いつですか?」
「教祖の葬式の時だ」
葬式と言われ、スッと気分は下がってしまった。しかも西条は、〃教祖〃と、様を省いて呼び、〃葬式〃だと、昇天と言い換えずに言った。
「正義感に溢れている人だったね」
間違いなく、誰もが好感を抱くだろうという笑顔を携え、語り終えた。
それでも、警戒する気は収まらない。自分の魅力を十分に意識しているのがわかるからだ。
「こちらは、駒塚君。青年部の部長だ」
西条は、もう一人の青年を紹介した。
「よろしく」
駒塚と紹介された青年は、握手するため腕を延ばしてきた。
僕は、「よろしくお願いします」と、駒塚の手を握る。
駒塚は眼鏡をかけているためか、目がとても大きく見えている。
痩せてみえるが、いかにも真面目そうな青年で、服装は、青年部のユニフォームである、グレーのズボンと白いシャツにクリーム色のベストを付け、黄色のブレザーを羽織っている。
「駒塚君。すまないが、中野君を本部へ連れていってほしいのだよ」
えっ? と、僕は声を出さずに反応した。すぐにも宿舎へ戻って食事をしたいからだ。しかも、次の言葉がふたたび緊張を強いた。
「副代表がいらっしゃるはずだから、紹介してほしい」
駒塚は返事をするより、はっ? と西条を見上げた。すぐに、
「わかりました」
と言い、こちらに目をやる。
「僕は羽根君と宿舎へ行くから、終わったら連れてきてくれ」
そう指示し終えると、西条は羽根を伴って、二人から離れていく。
見ていると、西条はまっすぐ進み正面階段を下りていったので、またしても、西条に対して怪しむ気持ちを抱いてしまった。
「それじゃ、あっち行くから。ついてきて」
駒塚は本部へ向かい歩き出す。
駒塚についていき、太陽殿の左側へ廻る。
20メートルくらい離れた場所に、三階建ての建物があるのが目に入った。
その建物は、大神殿と空中に架けてある連絡通路で結ばれている。
お腹が空きすぎて、冷や汗まで出てきて辛くなっていた。
「お腹と背中がくっつくぞ」と小声で唄い、自嘲気味に笑う。
それが聞こえたのか、
「ああ、そうだ」
と言い、駒塚は建物の前で立ち止まる。こちらにまっすぐ向き直る。
「副代表というのは、教団の……ナンバー2の方で、フクノモリカズマ様だ。福森と書いて、フクノモリ、と呼ぶ。とても気さくな方だよ」
不思議と空腹感が消える。
建物の端に大きな玄関があり、駒塚がガラス戸を手前に引いて中を覗いた。
「失礼します」
誰も見えなかったが声をかけ、少しだけ段になっているフロアーに土足のまま上がる。
「入って」
開きっぱなしになっているドアの外で待機していた僕に、駒塚が声をかけた。
「いよいよだ」
と、気合いを入れる。
第四章 三種の神器 ~その参~




