46.服の革命(三人称視点)
慌ただしく扉が開かれ、数名の冒険者が雪崩れ込むように店内へ入ってきた。
「ヒナさんの新作が出たって、本当か!?」
常連の戦士が声を張り上げ、勢いよくカウンターに身を乗り出す。それに対して、店員のサリサは慣れた様子で、にっこりと微笑んだ。
「ええ、もう冒険者ギルドの掲示を見てくれたのね」
「そりゃあ、あそこは毎朝欠かさず確認する場所だからな。で、新作は服だって聞いたんだが……」
「もちろん。ちゃんと用意してあるわ。あちらの壁よ」
サリサが指し示した先には、壁沿いに設えられたハンガーラックがあり、そこに数十着もの冒険者用の服が整然と並んでいた。
次の瞬間、常連たちは我先にとその前へ殺到する。
「……これが、例の服か。刃も通さず、魔法も弾くっていう……?」
「ぱっと見は、普通の服にしか見えないけど……」
「……いや。……縫製が……」
「あっ……なんですかこの作り。布なのに、信じられないくらい頑丈です!」
次々と上がる声に、店内の空気がざわりと熱を帯びていく。それは新作を前にした興奮であり、同時にただならぬ逸品を前にした、冒険者たちの本能的な直感だった。
「今までとは違う服? 全然破けそうにないぞ」
「……縫い方からして違う。……今までにない」
「あっ! 生地が伸びる! これ、凄くいいよ!」
「布事態も今までとは違う感じがします」
四人は服を触ったり、伸ばしたりしてその感触を確かめた。今までのもろい服とは違い、とてもしっかりしているのが良く分かった。
「でも、本当にこれが刃も通さないし、魔法も通さないなんて……想像出来ないな」
「普通、破ける。……火に当てれば燃える」
「今までにない感じでしたから、期待は出来ますよ」
「買う前に試してみたいけれど……」
そう言った僧侶はサリサの顔を窺った。すると、サリサは笑顔で首を横に振った。
「試すなら、買ってからね。でも、自信をもって売る服だから、期待してもいいわよ」
サリサが自信をもってそう言っているのを見ていた冒険者たちは顔を見合わせた。
「……今回もどうやらとんでもない商品みたいだな」
「……これは買い。絶対」
「もう、服を縫い直すこともないって思えば、安い買い物よ」
「今後の冒険に絶対に役に立ちます」
四人の心は一つになっていた。それぞれ、自分の体に合う服を見繕うと、それをカウンターに持っていった。それを見たサリサは確認するように声をかける。
「……一着でいいの?」
「ぐっ……! と、とりあえずお試しで!」
「へー。後悔しても知らないよー」
「だ、大丈夫よ! また、その時はすぐに買いにくるし!」
サリサは煽りに屈することなく、四人は一着ずつ服を買っていった。
◇
「良い着心地だぞ!」
「……うん。控えめに言って、最高」
「今までの服と比べようもないくらいに着心地が良いわね!」
「流石はヒナさんです!」
宿屋の一室。簡素な部屋の中央で、四人はそれぞれ新しい服の感触を確かめていた。
「軽い……いや、軽すぎるだろ、これ」
戦士が腕を振り、軽く屈伸してみせる。
「鎧を着てないみたいなのに、体が守られてる感じがする。動きが一切邪魔されねぇ」
「……分かる。全然阻害されない。……一度着たら、他に戻れなくなる」
魔術師のその一言に、全員が頷いた。
「私も、魔力の流れがすごく安定してるのが分かるわ」
僧侶は胸元に手を当て、静かに目を閉じる。
「布が魔力を邪魔しないどころか……整えてくれてる感じ。詠唱がしやすい」
「えっ、そんなことまで?」
「ええ。今まで、服のせいで魔法が乱れるなんて思ってもみなかったけど……これは、はっきり違うわ」
最後にエルフが袖を引っ張り、布を指先でつまんだ。
「伸びるのに、ちゃんと戻ります。しかも、へたらないです」
感心したように、何度も確かめる。
「魔法耐性だけじゃなくて、素材そのものが異常ですね。このクオリティを維持するのが、もはや異次元です」
感心を通り越して、畏敬してしまうほどの服だ。
「だったら、確かめてみるぞ。俺に向かって魔法を撃ってくれ」
「……本当に言っている?」
「大マジだ」
「分かった」
戦士が仁王立ちをすると、魔術師が杖を構える。そして、杖先から火魔法を放った。火は音を立てて、服に飛んでいった。
「ぐっ……!」
「えっ、ちょっ、大丈夫!?」
「あ、あつ……くない? 全然熱くないぞ!」
「「「えぇーっ!?」」」
大量の炎を浴びたというのに、戦士はケロッとしていた。
「すげー! 全然熱くない! それに、服が燃えていない!」
「……僕の魔法が、効かない?」
「凄い……凄いわ! 全然痛んでないじゃない!」
「ど、どういう原理なのでしょう!?」
服が炎に勝った。それを見た四人は驚きのあまりはしゃぎまくった。
「服が燃えないどころか、熱すらも遮断するとはな……。これは凄いぞ。よし、次をやってみよう」
「……次って?」
「俺を服ごと、剣で貫いてくれ」
「えっ? それ、本当に言っているの?」
「大マジだ。きっと、刃も通らないだろう」
「……やりましょう」
戦士の言葉に冒険者たちは頷き合った。戦士から大剣を受け取ると、三人で剣先を戦士に向ける。
「さぁ! 遠慮はいらねぇ! 全力で突いてくれ!」
腕を組み、仁王立ちになった戦士がそう叫ぶ。仲間の冒険者たちは顔を見合わせ、覚悟を決めると、体に力を込め――大剣を勢いよく突き出した。
「――っ!」
鈍い衝撃音。だが、刃は戦士の体へ届かない。
「ぐっ……ん? ……あれ?」
確かな手応えはあった。それなのに、剣先は服の表面で止まり、押し返されるように弾かれていた。
「全然切られてない! 平気だぞ!」
「嘘でしょ!? 今、全力で突いたわよ!」
「服も……破けてません!」
「……信じられない」
その後も、何度も斬り、何度も突いた。だが結果は同じだった。
刃は通らず、布は裂けず。戦士の体はもちろん、服の表面にすら、傷ひとつ残らない。
「……とんでもねぇな、この服。全部の攻撃が通らねぇ。鎧より……いや、下手な鎧より、よっぽど丈夫だ」
「防具を着てる感覚すらないのに、これって……」
「防御魔法、要らなくなる?」
「……冒険の前提が、変わる」
「凄い、なんて言葉じゃ足りません。服の価値観そのものが……」
四人は、ただただ興奮し、言葉を重ね合った。歓声と笑い声が、狭い宿屋の一室に溢れる。
「やっぱりヒナさんの商品は、全部当たりだな!」
「あぁ……ありがとう、ヒナさん。こんな服を作ってくれて」
「……感謝。圧倒的感謝」
「もう一着欲しいです。今すぐ、買いに行きましょう!」
全員が頷き合い、急ぎ足で店へと戻る。だが――。
そこに残っていたのは、空になったハンガーラックと、申し訳なさそうな店員の顔だけだった。
完売。悔しさに膝をつき、頭を抱える冒険者たち。だが同時に、彼らは確信していた。
「……次は、絶対に逃さねぇ」
「情報が出た瞬間、並ぶわ」
「……いや。並ぶだけじゃ足りない」
「予約、必要ですね……」
こうしてヒナの名は、街の職人の一人という枠を超え、冒険者たちの間で装備の常識を壊す存在として囁かれ始める。
そしてこの熱狂は、まだ始まったばかりに過ぎなかった。




