47.なぜか注目されて怖いんですが
「また仕上がりました」
出来立ての服を掴んで広げると、納得のいく仕上がりになっていた。それを見るだけで、高揚するからとても気持ちがいい。
「それにしても、またこんなに服を作ることになるとはな……」
シオンさんが呆れた様子でため息をついた。机には仕上がった服が何十着も積み重なっていて、壮観だ。
「生地は沢山作りましたからね。生地がなくなるまで、作りまくりますよ」
「後、何百着作るつもりなんだ……。これだけ作ったんだから、そろそろ納品に行ったらどうだ?」
「納品ですか? でも、まだ在庫があって、迷惑なんじゃ……」
「そんなことはない。絶対にその日の内に完売しているはずだ」
「またまたー、そんなことがあるわけないじゃないですか」
何十着も納品したのに、そんなにすぐに完売なんていうことにはならないと思う。それなりに高価な物だし、売れても五着くらいだろう。
「ヒナは自分の能力を自覚してないな」
「自覚と言われても、私なんて普通のクラフターですし……」
「どこが普通だ!」
シオンさんが突っ込みをするが、私は理解できなくて首を傾げていた。クラフトワールド・オンラインでも細々とお店を経営していただけだし、今回も作ったものを売ってもらっているだけだし……普通では?
「いいから、納品に行こう。服をアイテムボックスに入れて」
「まだ商品がいっぱいあったら、引き揚げますからね」
「商品がいっぱいあったらな」
私は作業の手を止めて、作っておいた服をアイテムボックスへと収納した。そして、気を重くしながら工房を出ていく。
◇
「な、なんだ……これは……」
「えぇっ……」
私たちはアウリィ商会の前で、思わず足を止めて呆然と立ち尽くした。
――人、人、人。
店の前だけでは収まりきらず、通りにまで溢れ出した人波が、うねるように押し合いへし合いしている。あちこちから話し声、呼び声、笑い声が飛び交い、まるで市場の中心に迷い込んだかのようだ。
「ちょっと、押さないでよ!」
「後ろ詰まってるぞ! 早く進め!」
「店員さん! 次は私よね!?」
木製の看板が人にぶつかって小さく軋み、扉の開閉音と足音がひっきりなしに響く。革袋の擦れる音、金属が触れ合う音、硬貨のチャリンという高い音まで混ざり合って、空気そのものが騒がしく震えているようだった。
「アクセサリーの入荷はまだかしら? 次は色違いがいいわ!」
「ナイフの入荷は入っているか!? 控用にあと三本は欲しい!」
「冒険者の服! 掲示板に張ってあった服はまだあるか!」
次々と飛び交う声に、思わず息を呑む。聞き耳を立ててみると、話題の中心は――全部、私が作った商品だった。
まさか、そんな……。実際に目の前に広がるこの光景は、想像を軽く超えていた。
「みんな、ヒナの作ったものを求めているようだな」
「わ、わた、私っ……どど、どうすればっ!? あばばばばばっ」
「お、落ち着け。とりあえず、店の中に入らないと。この分なら服も完売しているだろう」
ま、まさか私の商品が人気に!? で、でも……この中を進んでお店の中に行くなんて無理ぃっ!
「おっ、お前は!」
「ヒィッ!」
その時、聞き覚えのある声が聞こえた。おそるおそる振り向くと、そこには以前顔見知りになった冒険者パーティーがいた。
「あ、あう……お、お久、ぶりです……」
「お前もこのお店の常連だったのか? 奇遇だな、俺たちも常連なんだよ」
「は、はい……そ、そうなんですね……」
「それにしても、困っているようすね。どうしたの?」
「あ、あの……店員に用事、が……あって、ですね……」
「そういうことか。だったら、俺たちが先導してやるよ」
事情を話すと、その冒険者パーティーはお店の中に入る手助けをしてくれるようだった。そ、それは凄く助かる!
「はい、はい。ちょっとごめんよー」
「ちょっと、開けてー」
冒険者パーティーが率先して人の波をかき分け、私たちはその後ろからついていく。お陰でお店の中に入ることが出来た。
お店の中も人でごった返していて、人口密度が高い。
「うっ……お腹、痛い……」
「ヒナ、頑張れ」
「べ、別の日に……しませんか?」
「ここまで来て、それを言うか。お店の奥に入れば大丈夫だろう?」
「うぅ……。そ、それまでが……辛いぃっ……」
やっぱり、この人だかりを見た瞬間に引き返すべきだった。
そんな後悔を胸いっぱいに抱えながら、私は冒険者パーティーに半ば引きずられるようにして、人波をかき分け、ようやくカウンターの前まで辿り着いた。
周囲から向けられる視線が、やたらと多い。気のせい、だよね?
「よぉ、サリサ。客人を連れてきたぞ」
「客人? ……あっ!」
「ど、どうも……」
「ヒナさん!」
サリサが私の名前を呼んだ、その瞬間――。
「「「えっ」」」
まるで合図でもあったかのように、店内の空気が止まった。話し声が消え、足音が止み、視線という視線が一斉にこちらへ集まる。
「ヒィィッ!? な、な、な、なん、ですかっ!?」
心臓が跳ね上がり、体が固まる。視線の圧に耐えきれず、私は完全にキョドってしまった。
数秒――いや、永遠のように感じる沈黙のあと。近くにいた客が、恐る恐るといった様子で声をかけてくる。
「も、もしかして……ここの商品を卸してる、ヒナ、さん?」
「えっと、その……は、はい……」
「せ、製作者の……ヒナさん?」
「ま、まぁ……そう、ですね……」
しどろもどろになりながら、なんとか頷く。すると――。
「「「本物だ!!」」」
「ひゃぁぁっ!?」
一気に堰が切れた。お客さんたちがどっと沸き、我先にと距離を詰めてくる。
「本当に本人か!」
「うわ、思ったより小さい!」
「この人があの服を!?」
前からも横からも声が飛び、視界が人で埋まっていく。こ、これは……お腹どころじゃないかも……! か、体が……潰れる!
その時、仲間だと思っていた冒険者パーティーのメンバーも詰め寄ってきた。
「まさか! ヒナって製作者のヒナってことか! 同じ名前だなって思っていたら、本物だった!?」
「は、はひぃっ!」
「本物、本物よ! きゃー、まさか本物だったなんて! 握手、握手して!」
「ひ、ひぃっ!」
「……凄い。この人が」
「あなたのお陰でどれだけ助かったか! 感謝します、感謝ですー!」
「や、やめっ……!」
あれだけ優しかった冒険者パーティーが目の色を変えて、詰め寄ってきた。だけど、それだけじゃない。店中のお客さんが詰め寄ってきた。
「ヒナさんよー! 凄い商品を作ってくれてありがとう! 今日は何しに来たの!? もしかして、納品!?」
「うおぉぉっ! ヒナさん! 良い商品を作ってくれてありがとう!」
「ねぇ、今度はどんな商品を作るの!? どんなものを考えているの!?」
「あばばばばばばばっ!!」
わー! 近寄らないで! 話しかけないで! そんなに詰め寄られたら、呼吸が、呼吸が出来ない! こ、怖すぎるぅー!
ど、どうすれば、ここから逃げ出せるの!? なんで、こんなに人気なの!? どうすればいいのか分からないぃぃぃっ!
「ヒナさん!」
「ヒナさーん!」
「ヒナ様!」
「ヒィィッ! シ、シオンさん……助けてぇっ!」
なんで、こんなことに!? 普通の商品を作っていたはずなのにぃー!
◇
「……大丈夫か? ヒナ」
「あ、ありがとう、ございます……。転移魔法、使ってくれて助かりました」
「まぁ、あれは仕方がないだろう」
眩むような感覚のあと、視界が切り替わる。次の瞬間、私は屋敷の中に立っていた。
静かだ。さっきまで耳を埋め尽くしていた喧騒が嘘のように消え去り、張り詰めていた胸が、ようやくゆっくりと緩んでいく。
「はぁ……」
思わず、深く息を吐いた。人の視線に晒されないというだけで、こんなにも落ち着くなんて。
「うぅ……どうして、あんなことに……」
「いや、それだけのことを作ってきた、という話だろう」
「私的には……普通の物を作ってきたつもりなんですけど……」
「また、そんな――……ん?」
会話の途中で、シオンさんがふっと顔を上げた。空気の変化を感じ取ったかのように、視線が玄関の方へ向く。
「玄関に……同僚たちがいるな」
「えっ。そ、そうなんですか?」
「こんな時に、何の用だ?」
声色は落ち着いているのに、どこか警戒が滲んでいる。シオンさんは足音も立てずに歩き出し、玄関へ向かった。
私も、少し不安を覚えながら、その背中についていく。今日は、まだ終わらない……そんな予感がしていた。
シオンさんが魔法の力で玄関を開けると――そこには鎧やローブをまとった集団が勢ぞろいしていた。
「なんのようだ?」
「やぁ、シオンの分身。ここに、ヒナさんがいると聞いたんだが」
「そうだが……」
「おぉ! あの人じゃないか!?」
「ヒィッ!?」
離れたところからその光景を見ていると、その人たちが目を輝かせながらこちらに近寄ってきた。そして、私の手を握る。に、逃げられない!
「君か! 素晴らしい回復薬を作ってくれた職人は! 君の作ったものはどれも素晴らしい物だったよ!」
「はひゅっ!」
「君の回復薬がなかったら、どれだけの犠牲が出ていたか! 本当に凄い物を作ってくれた!」
「君のお陰で同僚が助かった! 心からの礼をいう!」
「こんなに小さいのに大した人だ! 君は我らの女神だ!」
「め、めがっ!? あばばばばばっ!」
あっという間に囲まれて、体が硬直して動かない! 何!? 何があったの!?
「我らの女神よ! ぜひ、我らのところに来てくれ! 丁重にもてなそう!」
「君の力は世界を救う! 共に救ってくれないか!?」
「もっと、君にふさわしい場所がある。ぜひ、来てくれ!」
「そそそ、そんなっ! 私、私はっ!?」
み、みんな目が大マジで怖い! 私は普通にクラフトを楽しみたいだけなのに、どうしてこんなことになったのー!?
「ヒナさん! ぜひ、来てくれ!」
「みんながヒナさんを待っている!」
「いや、ヒナ様!」
なんで私がこんなに注目を集めているの!? 怖すぎて無理ですー!




