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45.服の納品へ

「待て待て待て! その辺でストップだ!」


 突然、目の前に黒猫のシオンさんが躍り出てきて、私は思わず手を止めた。


「周りを見てみろ。……ものすごい数の服が出来上がってるぞ」


 言われるまま視線を巡らせると、床や机の上に、きっちり畳まれた服の山がいくつも出来ているのが目に入った。その光景を見て、ようやく自分がどれだけ夢中になっていたのかを理解する。


「あっ……」

「やっと気づいたか。止めてなかったら、倒れるまで作り続けてたんじゃないか?」

「あはは……止めてくれて、ありがとうございます」


 物作りが楽しくなると、どうしても周りが見えなくなる。今になって体の感覚に意識を向けると、肩や腕にじわりと疲労が溜まっているのが分かった。


「じゃあ、今日はこの辺で終わりにします。生地はまだ十分ありますし、続きは明日以降に――」

「いや、その前にだ」


 シオンさんは尻尾を揺らしながら言った。


「これだけ作ったんだ。先に納品に行かないか?」

「え? どうしてですか?」

「一度に大量の服を渡されても、向こうは困る」

「困る、ですか?」

「売り場にも限りがあるし、客の反応を見る時間も必要だ。いきなり山のように並べられても、売り方を考えきれない」

「……なるほど」


 シオンさんは、出来上がった服の山を見渡しながら続ける。


「先に少量を出して、売れ行きと評判を見る」

「それで?」

「売れた実績が出来る。『実際に売れている服』ってのは、それだけで信用になるんだ」

「……あ」


 頭の中で、点と点が繋がった。


 ただ良い物を作るだけじゃない。売れる形、受け入れられる流れを作ることも、大事なんだ。


「一度に全部出すより、段階的に出した方が……」

「そうだ。店も、客も、安心出来る」


 シオンさんは当然のことのように言う。


「評判が立てば、次は『もっと欲しい』って向こうから言ってくる」

「それなら、こちらもペースを調整出来ますね」

「その通り」


 私は改めて服の山を見て、ゆっくりと頷いた。


 勢いだけで突っ走るところだった。作る側の視点しか見えていなかったと、素直に思う。


「シオンさん、ありがとうございます。ちゃんと売るところまで考えてくれて」

「なに、長く生きてると、そういう失敗も嫌ってほど見てきただけだ」


 そう言いながら、黒猫は軽くあくびをした。


「じゃあ、今日は休んで、明日はアウリィ商会に行くぞ」

「はい!」


 ◇


「へぇ、次は服を作ってくれたのね」


 ビクビクしながら服を手渡すと、リネアさんが目を輝かせて服を手に取った。


 リネアさんは受け取った服を、すぐには広げなかった。まず指先で生地をつまみ、軽く引き伸ばす。次に、縫い目へと視線を落とした。


「……なるほど」


 低く、小さな声。表情は柔らかいままだが、その視線は完全に仕事のものに変わっている。


 袖口、襟元、裾。縫い目に沿って指を滑らせ、糸の張り具合を確かめる。布を持ち上げて、光に透かすようにして織りの密度を確認した。


「生地がいいわね。手触りが柔らかいのに、腰がある」

「あ、あ、ありがとう、ございましゅっ」

「ええ。安い布はすぐ分かるもの。でもこれは違う」


 今度は、服を広げて全体を見る。無駄のない形。動きを邪魔しない裁断。


「それに、この形……」


 リネアさんは、服を軽く振ってみせた。布が自然に落ち、歪みなく整う。


「着た時のシルエットまで考えられてる」


 私が考えて作ったところを見通されて、つい嬉しくて顔を上げる。


「縫製も丁寧ね。ここ、糸を節約しようと思えば出来たはず。でもしていない」

「あ、あの……丈夫さを、優先して……」

「正解よ」


 迷いのない即答だった。


「これは、売れるわ」

「ほ、本当……ですか?」

「売れるじゃなくて、ちゃんと売れる服だわ」


 その言い方に、思わず背筋が伸びた。自分が認められる瞬間はいつも緊張するけれど、いいものだ。


「だが、その服の機能はそれだけじゃない」

「えっ? そうなの?」

「どんな刃も通さないし、魔法も効かない、一級品の防具なんだ」

「へっ? 刃も通さない? 魔法も効かない?」


 シオンさんが説明すると、リネアは驚いたように服を見た。


「その服を持っていろ」

「え、えぇ」


 リネアが言う通りに広げて手に持つと、シオンさんが風の刃を服に向けた。強靭な風の刃は服を切り裂くかに見えたが、全て受け切って見せた。


「は? や、破けてない!?」


 慌てたように服を確認するが、その生地が傷ついた様子は見当たらない。


「炎も効かないぞ」


 そう言って、シオンさんは服を炎で包んだ。普通ならば燃え尽きても可笑しくない量。なのに、炎が消えた後に残っていたのは――無傷の服だった。


「えっ、えっ、えっ??? 服が……燃えていない?」

「今回は付与魔法はついていない。純粋に素材の強さだけで、それらの攻撃を跳ねのけたんだ」


 信じられないように服をペタペタと触る。シオンさんが説明しても、しばらくは理解できない顔をしていた。


「ほら、自分の手で確かめてみろ」


 まだ疑問に思っているリネアに、加工済みのゴブリンのナイフを手渡す。リネアは恐る恐る刃を突き立てるが、服は破けない。


「ど、ど、ど、どうなっているのこれ!? 全然、傷つかないんだけど!」

「ひぃぃっ!」


 急にこっちに来たっ!?


「えっと、そのっ、素材を合わせて、ですね……!」

「素材を合わせただけでこんなに強靭な服が作れるわけないじゃない! 一体、どんな魔法を使ったの!?」

「つ、使った魔法は、あ、え、錬金術で……」

「錬金術で服を作る??? 錬金術って薬を作るものでは???」


 その質問にどう答えていいか悩んでいると、いつものようにシオンさんが助け舟を出してくれる。


「そのヒナの錬金術は薬を作る以外にも用途があるみたいなんだ」

「そ、そうなの……。まさか、錬金術を服の作成に作るとは思わなかったわ……」


 なぜか二人の気持ちが重なり合った気がした。えっと、別に錬金術は薬を作る以外にも便利な魔法だと思うんだけど……。あれ? この世界では違っていた?


「とにかく、このとんでもない服は売れるわ! 今回も私に任せて、ヒナさんはどんどん商品を作って!」

「あ、あの……それは冒険者用に作った服なので。出来れば、その……冒険者向けに……」

「冒険者の商品ね、分かったわ。後は任せて頂戴」


 よ、良かった……。これで服に悩む冒険者を救うことが出来そうだ。ホッと胸を撫でおろすと、具体的な話しに移っていった。

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