43.破れない布(2)
「まずは糸から布を作らないと、話が始まりません」
「糸から布を作るには機械が必要じゃないか? だって、織るんだろう?」
「機械がなくても、スキルでなんとかなりますよ」
「またスキルか! 一体、どんだけ万能なんだ!?」
今にも飛び上がりそうな勢いで、シオンさんは声を上げた。目を見開き、こちらを凝視している。だけど、私は首を横に振った。
「万能というより……工程を理解していれば、再現できる、ってだけです」
「工程?」
「はい。布を作る流れ自体は、そんなに複雑じゃありません」
そう言って、私は指を折りながら説明を始める。
「まず、縦糸を張ります。これが布の骨組みです。等間隔に、同じ張力で、まっすぐ」
「……そうだな」
「次に、横糸を一本ずつ通していく。上、下、上、下って、縦糸を交互にくぐらせるんです」
私は空中で指を動かし、糸を通す動きをなぞる。
「通したら、櫛や板で押し固める。これを繰り返すと、少しずつ布になる」
「それは……織機の動き、そのものじゃないか」
シオンさんは眉をひそめた。
「そうです。機械は、その作業を正確に、速く、疲れずにやってくれるだけ。つまり、人が手でやっていることをスキルが代わりにやってくれる、ってことです」
私はあっさりと言った。
「スキルで、縦糸の配置を固定して、張力を均一に保つ。横糸は、通す順番と交差位置を指定して、一本ずつ正確に配置する。最後に、布として形を安定させる」
「……」
シオンさんは口を開けたまま、しばらく黙り込んだ。
「いや、待て。理屈は……分かる。分かるんだが……」
頭を抱える。
「それをスキルでやるって発想が、どうしても理解できない!」
「機械も、結局は決まった動きを繰り返してるだけですよ?」
「それを人間の外付け能力で再現するな!」
思わずツッコミを入れたシオンさんに、私は小さく肩をすくめた。
「だから、便利なんです」
「便利で済ませるな……」
深いため息をつきながら、シオンさんは天井を仰いだ。
「布作りの常識が、音を立てて崩れていく……」
その困惑ぶりを見て、私は内心ちょっとだけ申し訳なく思いつつも、これから始まる布作りを思い浮かべ、少しだけ胸を躍らせていた。
「まぁ、見ててください。良い光景を見せられると思います」
裁縫術のスキルを発動させると、糸がふわりと浮かび上がって動き出す。
浮かび上がった糸は、最初は頼りなく揺れていただけだった。けれど次の瞬間、見えない枠に引き寄せられるように、一直線に並び始める。
一本、また一本。糸は互いの間隔を測るかのように微調整され、寸分の狂いもなく等間隔で静止した。
「……縦糸、か?」
シオンさんが、思わず呟く。
その声を合図にしたかのように、今度は別の糸が動き出した。宙を滑るように進み、縦糸の間へと上、下、上、下。正確すぎるほど規則正しく潜り込んでいく。
まるで、見えない織機が空中に組み上がったかのようだった。
通された横糸が、軽く押し固められる。ぎゅ、と空気が圧縮されるような感覚とともに、糸同士が密着し、薄い面が生まれる。
「嘘だろ……」
シオンさんの声が、かすれていた。
それは一瞬の出来事だった。横糸が次々と通され、整えられ、押し固められるたび、布は目に見えて広がっていく。揺らぎはなく、歪みもない。張力は均一で、織り目は美しく揃っていた。
私はその光景を、少し前のめりになりながら眺めていた。
「うん、問題なし」
思わず頬が緩む。糸が動く様子は何度見ても楽しい。秩序が形になっていく過程を見るのは、どうしても心が躍る。
最後の横糸が収まると、宙に浮かんでいた糸の動きが止まり、一枚の布が静かに空中に残される。私はそれをそっと掴み、広げてみせた。
「はい、完成です」
「……」
シオンさんは、しばらく何も言えなかった。視線は布に釘付けで、口は半開きのまま。まるで理解を拒むように、ゆっくりと首を振る。
「……いや、早すぎるだろ! 機械よりも早いと思うぞ! どうなっているんだ!?」
「普通に糸を布に織っていただけですよ」
「工程、全部すっ飛ばしてるだろ……!」
「工程は省いてません。全部、同時にやってるだけです」
追撃の一言に、シオンさんは呻くような声を上げた。
「同時にやるな……」
私はくすりと笑いながら、出来上がった布を指でなぞる。しっかりとした手触り。狙い通りの密度と強度。
うん、良い布だ。
困惑しきったシオンさんを横目に、私は次に作る布のことを考え始めていた。糸が布になる瞬間を見る楽しさは、どうやらしばらく飽きそうにない。
「さぁ、残りの糸も布にしていきますよ」
「こんなに沢山あったら、何日かかるんだ……」
「今日中に出来ますよ」
「……は?」
「今のは試しに一つだけでしたけど、今度はいくつも同時にやります」
私は全ての糸に意識を向けると、全ての糸が浮かび上がり、糸が先ほどと同じような動きを見せる。
「ど、同時に……布を織る、だとっ!? そんなことが可能なのか!?」
「はい、大丈夫です」
「そこは否定して欲しかったんだが!」
スキルがあれば、同時に布を織ることなんて造作もないことだ。
「さぁ、一気に終わらせましょう」
「どういうことなんだー!?」
シオンさんは頭を抱えながら体をくねらせ、空中で発動しているスキルを見て困惑し続けていた。




