42.破れない布(1)
「さぁ、今日から楽しい布づくりですよ」
工房の中に入り、準備を始める。
「まずは、素材の洗浄ですね。それ!」
集めてきた素材を机の上に広げ、両手を軽くかざす。
淡い光がふわりと広がり、素材を包み込む。すると、土汚れや埃がすっと消え、繊維の一本一本まで見えるほど綺麗な状態になった。
「よしよし。これで下準備は完璧」
触れてみると、余分な重さがなくなり、素材本来の感触が手に伝わってくる。
いい布は、いい下処理から。工房での作業は、ここからが本番だ。
「これらの素材から布を作り、服を作るのか。途方もない作業量になりそうだな」
「工程は多いですが、どれも難しいものじゃありません。だから、そんなに時間がかからないと思いますよ」
「ヒナのそんなに、は何が起こるか分からないから怖いな……」
ジト目でシオンさんが見てくる。なぜか、信用されていない気がした。
「普通ですよ。素材から糸を作って、糸に特性を付与して、糸を織って布を作り、布を裁縫して服を作るだけです」
「簡単そうに言っているが、その一つ一つの工程が、難しいのでは?」
「そうでしょうか? いつもやっていたことなので、特別難しいっていう感覚はありませんね」
素材から服を作ることはクラフトワールド・オンラインでは普通にやっていた。だから、そんなに難しくはない。
「久しぶりの服作り、とても楽しみです! まずは糸づくりですよ」
そう言って、糸の素材となる鉄樹綿と月光虫の繭を用意する。
「どうやってくるんだ?」
「スキルを使います。スキルでこの素材を糸を紡ぎます」
裁縫術を発動させると、素材がふわりと浮いた。そして、そこから素材が細長くしゅるしゅると伸びてきた。
「じゃあ、二つの素材を撚り合わせます」
細長く伸びてきた素材同士を合わせ、ねじり、一本の糸に撚り合わせていく。
「おぉ、凄い! 本当に糸になっている!」
「ここでしっかりと撚り合わせることで、強い糸になります。重要な工程ですから、集中してやっていきますよ」
私は他の素材からも細長く伸ばし、同時に何本もの糸を撚り合わせていく。
「ど、同時に……こんなに!? だ、大丈夫なのか!?」
「えっ? そうですね……ちょっとダメかもしれません」
「そ、そうだろ?」
「早く仕上げるために、量を増やしますね」
私は撚り合わせていく糸を増やし、同時に五十以上もの糸を製造していく。
「な、な、なっ……そ、そうじゃない! 量を減らせということだ!」
「えっ? 量を減らしたら効率が落ちるじゃないですか」
「いやいや、質はどうなる!? 質も落ちるんじゃないのか?」
「これくらい普通ですよ。まだまだ、増やせますよ」
「と、とんでもないな……」
困惑するシオンさんを置いておいて、私は糸の撚り合わせに集中していく。何百もある素材が同時に一つの糸になっていく光景はとても興奮する。クラフトをしている気にさせてくれて、とても楽しい。
そうして、同時に進行していくと、素材が綺麗になくなった。その代わりに、沢山の糸が仕上がっていた。
「はい、糸の完成です」
「も、もうか!? いくら何でも早すぎないか!?」
「丁寧にやったので、これくらいの時間はかかりますね」
「いや、会話が成立してないのだが……」
うん、やっぱり糸づくりは楽しい。こういう細かい作業は時間がかかればかかるほど楽しい。だけど、効率も重視したいから、それなりに早く仕上がった。
「次は染色ですね。容器を召喚して、水を入れて、染色液を入れる。今回は三色の色にしましょうか」
それぞれの容器を用意した。それが終わると、出来立ての糸を沈める。沈めて数十秒、念動力で持ち上げると、糸が綺麗に色づいていた。
「早いな!」
「特別な染色液ですからね、時間はかからないんですよ。なのに綺麗に染まってくれるので、この染色液はとても好きなんです」
「それもスキルか……。ヒナのスキルは本当に万能なんだな」
水が滴り落ちる糸を念動力で搾り、生活魔法の乾燥で一瞬にして乾かす。これで、色づいた糸の完成だ。
「じゃあ、次にこの糸に素材の特性を付与します」
「確か、高位スライムの素材で弾力性、グラントータスの甲羅で防御力だな。だが、どうやって付与するんだ?」
「錬金術を使って調合します。そうすると、特性が糸に引き継がれるんですよ」
そう言いつつ、私は大きな錬金窯を召喚した。その中に魔力で出来た水を入れる。それから、糸、スライムの素材、グラントータスの甲羅を入れた。
「あとは、調合の出番です。さて、気合を入れて特性を付与しますよ」
錬金棒を召喚すると、それを錬金窯に入れる。
「錬金棒に魔力を通し、素材の特性を移す」
「うむ。難しそうな作業だな」
「はい。ここが一番神経を使うところなんです。ちゃんとやらないと、しっかりと特性が付与できませんからね」
そのまま中をかき混ぜつつ、魔力を通す。すると、スライムの素材とグラントータスの素材から能力が引きはがされていく感覚がした。
その引きはがした能力をしっかりと糸に付与する。遅くなく早くなく、じっくりとそれなりに速く。意識をしてかき混ぜていくと、素材から能力が剥がれた感触がした。
「あっ、いいですね」
その能力をしっかりと糸に付与する。そして、とうとう手ごたえがあった。
「はい、付与出来ました」
「もうか!?」
「確認してみましょう」
錬金窯から糸を引き上げる。魔力の水で出来ているため、湿ったりはしていない。そのまま障ると、各段に障り心地が良くなっていた。
「見てください! スライムの素材で弾力性が付与されたため、糸がこんなに伸びます!」
「凄い……本当に伸びている」
「それに、グラントータスの防御力も付与したので、物理も魔法も効きません」
「試してもいいか?」
「はい、どうぞ」
私が糸を手に持っていると、シオンさんが糸に向かって風の魔法を放った。鋭い風の刃は糸を断ち切るか、に見えた。だが、風の刃を受けた糸は一本たりとも千切れた様子はない。
「じゃあ、炎はどうだ?」
今度は炎の魔法を放った。灼熱の炎は糸を覆い、焼ききれるかに見えた。だが、炎が消えた後に残ったのは、全く無傷の糸だった。
「凄い! 刃の力も炎の力も効かない! 本当に能力が付与されている!」
「成功して良かったです。これで、切れない糸が完成しました」
「……完成したはいいが、切れない糸で出来た布をどうやって裁断するんだ?」
「もちろん、ハサミで裁断しますよ」
「……は?」
布を裁断するにはハサミが良い。切っている感触がとても心地いいから、好きな作業だ。
だけど、シオンさんは不思議そうに首を傾げた。えっと、ハサミがあれば何でも切れますからね!




