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14話

 



 ◇




 中間テスト、体育祭、校外学習。

 高校生活の華とも呼ばれる行事を消化し終えた学生たちは、間近に迫った夏休みに向け、気もそぞろとなっていた。学校生活に馴染めていない僕のような人間にとっても長期休暇と言うのは待ち遠しいもので、僕もまた、例に漏れずその一派となっていた。


 その中でも最大派閥と──僕が勝手に呼んでいる派閥が、陽人君のグループである。

 中津川のいるところにお前らアリ、なんて言われるくらい陽人君はクラスメイトの中心的人物にまで成り上がっていて、彼は常にグループの中心にいた。お陰で僕との交流の機会はめっきり減ってしまったものの、陽人君はなんだかんだ言って月に一回のペースでカメラの腕前を披露しに来る。

 その度に、「何でも相談してくれよな」と神妙な面持ちで言ってくる。心配になって揚羽さんに「僕ってそんな分かりやすいかな」と聞くと、「親友アピールでしょ」とまるで興味無い答えが返って来るのだった。


 そして今、昼休みの時間に人目を縫うように陽人君が僕に「夏休み、どっか行こうぜ」と相談を持ち掛けてきたかと思うと、一人、また一人と陽人君の元に吸い寄せられるようにして彼はクラスメイトに囲われてしまう。陽人君はまるで磁石で、彼らは砂鉄だ。そして僕は磁石に相応しくない、珪砂。僕と陽人君の間には大きな壁が出来上がってしまう。

 そんな壁を生み出しているのは、陽人君の取り巻きの中でもリーダー格の女子。実質的に陽人君を良いように使っているのはその女子である。彼をブランディングでもしているつもりなのか、人気者の彼と日陰者の僕が仲良くしているのを良く思っていないのは常日頃からひしひしと伝わっていた。


 元より陽人君は人に対して強気に出られるタイプではない。特に女子に対しては。

 中学時代は秘匿されていた眩いほどのルックスに、彼の生来の温厚な性格と柔和な態度がプラスしてウケたが為に、彼は男女からとにかくモテてしまうようになった。陽人君自身、その勢いにまだ慣れていないというか、振り回されがちと言うような様子であるため、彼の行動は彼の取り巻き次第、と言うようになっていた。結果、僕に助けを求められても、何も出来やしない。


 結局、僕と陽人君の夏休みの予定は白紙のまま、机の周りで騒がれる始末。このままでは落ち着いて総菜パンも食べられやしない。

 陽人君の目は僕を向いたままだが、陽人君の囲いたちは陽人君から目を離さない。僕を視界の端にすら捉えないのは些か、露骨すぎやしないだろうか。


 さて、どうやってこの場を抜け出そうかと考えあぐねていると、聞こえてきたのは壁を切り裂く鋭い声音。


「──ねぇ、ちょっといい」

「陽人は今、取り込み中だから──」

「あたしが用あるのは、そっち。だから、邪魔。どいて」


 人垣を割って現れたのは、揚羽さんだった。


「ちょっと、来て」

「え? あ、うん」


 注目を浴びるのには慣れている揚羽さんかと思いきや、いつもの遠目からの視線ではなく至近距離で浴びる視線の多さに緊張している様子。

 一見してその様は見当たらないが、僕の手首を掴んだ彼女の手のひらからじっとりと湿った熱が伝わるのが分かる。僕はその手を振り解く理由もなく、大人しく揚羽さんの手に引かれるがまま彼女の背に付いて行くことで包囲網からの脱出を成すのであった。


「どこ、行くの?」

「……」


 問い掛けても無言が返って来る空気の中、ようやく彼女の足が止まったのは、校舎の中でも誰も来ない北側の階段、屋上へと続く踊り場だった。


「珍しいね、揚羽さんが学校で声を掛けて来るなんて」

「……緊急だったから。それとも何、迷惑だって言いたいの?」


 慣れないことをしたせいか、息を切らして睨みを利かせる彼女に僕が「そんなことないよ、助けてくれてありがとう」と感謝の言葉を伝えると、それすらも癪に障ったのか舌打ちが返って来た。


 僕が揚羽さんの自殺のロケーション選びに付き合うことになってから早くも二か月もの時間が過ぎた。

 その間、毎週彼女は僕の家に泊まって、土日のどちらかは自殺スポットの下見に足を運んでいた。未だに彼女のお気に召す場所と方法は見つからないようだった。


 僕はと言えば、その帰りに寄る温泉施設や観光地巡りの方が楽しみで付き合っている節があるのは否めないが、ここ最近は希死念慮が遠い存在になっているような気がしていた。


 本来の目的から逸れて充実する週末を送る一方で、平日は今までと何ら変わりのない日々を送っていた。揚羽さんは、律儀にも土日以外で僕を頼るようなことは無かったというわけだ。


 そんな彼女が平日にどこで何をしているか気にならないと言えば嘘になるが、そこは揚羽さんのプライベートだ。詮索するのは野暮ってものだろう。日を追う毎に平日に彼女が自殺を遂行するかもしれない、と言う不安はあるが、彼女が僕に課した『死ぬまで付き合って』という約束は、約束であると同時に彼女への縛りでもあると思っているため、心配はなかった。


 ──彼女が死ぬ時は、僕の前で死ぬ。


 そんな執着にも似た約束が僕に安心感をもたらしているのは、揚羽さんにも打ち明けていない秘密であった。

 そして当然、僕と揚羽さんの関係は秘密であり、こうして学校で会話を交わすことすら稀だった。しかも今日は週中の水曜日。彼女が話し掛けるに至った要素が思い当たらず、僕は揚羽さんの出方を伺うしかなかった。


「放課後、暇?」

「今日はカフェも定休日だし、予定は無いけど」

「そう。じゃあ、ちょっと付き合ってよ」

「うん。分かった」

「……それじゃ」


 おずおずと言った様子で口を開いた彼女から聞かれたのは、放課後の予定のみ。それで僕の答えを聞き終えると、もう用は済んだ、とばかりに踵を返していくものだから、僕は慌てて呼び止める。


「──って、待って。それだけ?」

「それだけだけど」

「あれだけ目立つことして、すぐに教室帰ったらもっと変な視線浴びることになりそうだけど」

「放っておけば?」

「それが出来たら苦労しないよ。はぁ……。まあ、そんなことだろうと思ってたけど」


 細かいことは気にしない。大雑把な揚羽さんのことだからそう言うと思っていたが、神経質な僕は寄って集られるのは苦手なのだ。それに、緊急な用事にしてはあまりにもあっさりとした中身についても言及したいところだが、揚羽さんのことだ。詳しい話は直前になってからじゃないと言うつもりは無いのだろう。

 だから僕は、引っ提げたコンビニの袋からパンを取り出した。


「僕はここで時間潰してから戻るから」

「……」

「なんで隣に座るのさ」

「……あんたが寂しそうだったから」

「とか言いながら、チラチラ見てるじゃん。揚羽さん、お昼は?」

「……無い」

「購買は?」

「知ってるでしょ。この学校の購買は運動部の連中が占拠してるの。一般生徒が買う余地は残されてないの」

「いつも思うけど、欠陥だよね、それ」

「本当にね」


 学食設備の無い我が校には、弁当に縁遠い学生が頼る購買部が存在している。だがその購買部は、運動部と言う名のスポーツ推薦組に牛耳られているため、昼休み開始と同時にダッシュしなければ売れ残りすらないのは周知の事実であった。運動部が通った後の購買部はもぬけの殻。正しく蝗害の如き存在である。


 それらに関して一般生徒から改善要求が寄せられているが、未だに改善する見込みはない。学校側の忖度が働いている、とは専らの噂で、一般生徒は弁当持参か通学路にあるコンビニで買って来るかの二択しかない。そのため、揚羽さんのような被害者とも呼べる生徒は新入生に多かった。


「だからいつもカフェで爆食を……」

「そう言うわけじゃないし」


 お昼が来るのは金曜日だけじゃない。他の平日も、金曜日同様に放課後に爆食しているのだろうと思うと、なんだか微笑ましいと同時に同情が湧いてくる。

 お弁当と言えば、家族愛の象徴のようなもの。小学校の遠足でも運動会でも、お弁当が無かったのは僕だけだったのを思い出した。

 あの頃の物悲しさを思い返して僕がコンビニの袋からサンドイッチを差し出すと、彼女はそっぽを向いたままぶっきらぼうに「ありがと」と言って受け取った。


「ここ、屋上出られるの、知ってる?」

「いや、鍵掛かってるから無理だよ」

「鍵、壊れてるの。誰も気付いてないから、直そうともしない」

「……じゃあ、屋上、出る?」

「嫌よ。夏は暑いし、冬は寒いだけ。眺めなんて住宅地しか見えないし」

「じゃあなんでこの話題を出したのさ……」

「さぁ?」


 食事をして機嫌を取り戻したのか、揚羽さんは意図の読めない話題を口に出す。

 その後も、全く身になりそうにもない会話を繰り広げた僕たちは昼休みをそこで過ごしてから、教室に戻る。


 教室に戻ったのは授業の予鈴が鳴り響く中だったからか、僕の危惧した視線は、少なかった。







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