13話
◇
「──ヘッタだなァ、あゆむは!」
「有生……」
弟と僕は、決して仲良し兄弟と言うわけでは無かった。むしろ、僕は弟のことが嫌いだった。
俳優の父。演奏家の母。才能豊かな両親に恵まれ生まれ落ちた僕は、なんの才能も持たない出がらしのような存在だった。唯一の思い出と言うべきものが、弟が生まれる前に行った温泉旅行だろうか。おぼろげな記憶となっているが、母さんの嬉しそうな顔が僕に向けられたのは後にも先にもそれが最後だった。
物心つく頃には期待という名の愛が注がれ、その期待に応えようと必死に努力したところで、結果は何も出せない。子供の成長は長い目で見るものだと言うが、浮世離れしたアーティスト気質である両親には、そんな声など届きはしなかった。けれど、子供心とは実に無邪気で、無垢だった。既に見向きされない子供となっていた僕は、見てくれないと分かっていながら、それでも両親に見てもらおうと努力した。その努力が実ってジュニアの部で入賞を果たしたのが僕が五歳の頃。だけどその時には既に、二年遅れで生まれてきた弟の有生が才能の片鱗を見せ始めていたお陰で、両親の目には僕の存在など映らなくなっていた。
有生は子役として赤子とは思えない落ち着き払った様子を見せ、生まれて初めて叩いた鍵盤では母親を唸らせる絶対音感を披露してみせた。
結果、両親の期待は全て弟に向けられていて、僕に向ける愛など、何一つとして残されていなかった。
同じピアノ教室に通っても、僕が一年かけて覚えた譜を、有生は僅か二週間で完璧に弾くことができるようになった。これでもかと、才能の有無を呪った。
「あゆむはまだそこかよ!」
「うるさい。集中してるから、静かにして」
「しゅうちゅうしたって、できてないじゃん! パパとママがゆってたよ。あゆむには、さいのうがないからムダだ、って!」
「っ」
有生の短い一生で、僕を「兄」と慕っていた時期は果たしてあっただろうか。
そこでようやく、僕は僕がどれだけ頑張ったところで、父さんも母さんも僕を見てくれることは無いのだと悟った。
全てを投げ出すことを、決めた。
「待てよ、歩夢!」
「……タクシーで帰りなよ。僕は、買い物してから帰るから」
有生がピアノやドラム、ヴァイオリンにまで手を伸ばし、それら全てに才能を開かせ、更には子役としても二世に輪をかけず直接的な才能とそれに見合うだけの実力で人気になりつつある横で、兄である僕は全てを投げ出していた。
どこから噂が漏れたのか、学校でも僕は、「有生の兄」だった。
それなりにメディア露出も始めた有生のお陰で、教師も、同級生も、みんな、有生の兄としてしか僕を見ない。両親から「続ける必要ない」、と言われたピアノもそれまで続けていたのだが、どれだけ頑張っても誰も評価してくれない。ピアノの先生だって卒業した有生のことばかりで、僕の頑張りは、ついに誰からも褒められることがなくなった。だから、ピアノ教室も辞めることにした。その帰りに、ばったりと有生に会ったのだ。今思えば、有生が待ち構えていたとも言える。
「なんで辞めるんだよ。ピアノ」
「……有生が言ったんだろ。僕には才能がないって」
「嫌いになったのか」
「好きとか、嫌いとかじゃない。それに、元々そんな好きじゃなかったし」
「逃げるのか!」
「逃げるとかじゃないよ。と言うか、何から逃げるの? なにが、言いたいの?」
「……っ、なんでもない!」
「なんでもないなら、帰りなよ」
「歩夢の買い物に付き合ってやるよ。ついでに、お菓子買え」
その日、有生は確か、ドラム教室の予定が入っていた気がする。荷物を持たされたから分かる。有生はサボったのだ。そんなことをすれば、「誰がお金払ってると思ってるの!」と母さんに頭を叩かれる。そう思って忠告すると、「俺はそんなことされたことない」と言って、カラカラ笑っていたのを良く覚えている。
──なぜなら、その会話が僕と有生の間にあった最後の会話だったから。
僕の記憶では、夥しい量の血の海に沈んだ有生の手を──既に事切れたと分かる有生の手を、ただ握っていたことしか覚えていない。
ウー、ウー、とけたたましく鳴り響く救急車のサイレンの音だけが耳に残り、僕は意識を手放したから。
次に目が覚めたのは、病室だった。目を覚ました僕に気が付いた看護師によって医者が駆け付け、体の至る箇所をまさぐられた。正確には触診なのだろうが、結果僕は異常なし。そうして両親が呼び寄せられたのだが、両親が僕の元を訪ねたのは、日が落ちてからのことだった。
「──」
両親は……、特に母さんが僕を見る目は険しく、医者に引き留められていなければ、美しい音を奏でるその手で僕の首を圧し折っていたのではないかとすら思えるほどの眼光だった。その瞬間、僕はなんとなく「有生は死んだんだ」と思った。
翌日、僕は看護師の人と共に医者から話を聞いた。
曰く、信号待ちをしている時に、車が歩道に突っ込んできたのだそう。そこで、有生は直撃して死んだ。もしも立っている位置が逆なら、死んでいたのは僕の方で、助かったのは有生だったかもしれない。詳しい説明は無かったが、医者や看護師の放つ空気で、それらを察した。
──僕が死ねばよかった、ってみんな思ってる。
子供心ながら、なんて素晴らしい洞察力だろう。そしてそれが当たっていることは、退院日まで一度も様子を見に来なかった両親を見れば大体分かる。退院日に付き添ってくれたのは、叔母さんと、いろ姉だけ。あの時は二人が泣いている理由が分からなかったが、あれはきっと泣かない僕の代わりに泣いてくれていたのだろう。
退院して暫くの間は皐月家にお世話になった。何やら、母さんの様子がおかしいのだとか。叔母さんはそれしか教えてくれなかったが、一か月が経った頃、ようやく母さんの様子が落ち着いたと聞いて我が家に戻る日がやって来た。
どれだけ窮屈な思いをした両親の下であっても、落ち着く場所はここだと刷り込まれているみたいで、マンションの扉を潜った時にはホッと胸を撫で下ろし、ようやく呼吸が出来たような気がする。それが良いことなのか悪いことなのかは、分からないが。
しかし、家に帰ってきて初めて、母親の異常な様子を目の当たりにする。
「有生?! 有生は──……」
玄関まで駆け込んできた母さんは、死んだはずの有生の名を叫んで僕を見る。途端に母さんは目から色を失くして、叔母さんに寄り添われながら部屋へと戻っていくのだった。
その後、中学に上がる段階で、その時の母さんの精神状況を叔母さんから教えてもらった。知らない方がいいよ、と前置きをされた上で、僕は聞いたのだ。
曰く、母さんは有生の死を受け入れられなくて、有生の幻を見ていたのだそう。それでも酷い時には有生の後を追うかのように自殺未遂を図るほどで、相当に有生に入れ込んでいたのだろうと叔母さんは言っていた。
それを聞いて思ったのは、「もしも有生が生きて、僕が死んでいたら」、というありもしない可能性。もしそうなっていたら、母さんは同じくらい悲しんでくれただろうか。
話を聞いてそんな考えが過ったことも誰にも打ち明けずに帰ると、偶然有生の部屋の扉が開いていたのだ。それまで負う必要のない引け目を感じていたせいか、有生の部屋を見ない振りをしていたのだが、その時に僕は知ってしまったのだ。僕の胸の内に芽生えた小さな疑問の答えを。
僕の知らない、両親の愛に満ちた弟の部屋を。
◇
「──それを知った時は、流石の僕にも堪えるものがあったよ」
ダイニングのソファで並んで座り直した揚羽さんは、僕の弟、一色有生についての話に真剣になって耳を傾けていた。聞いても楽しくも面白くもなんともないよ、と言っても彼女は真剣な様子で「聞かせて」と言うため僕が語ったところ、彼女は両手で目元を覆って天井を仰いだ。
「って言う感じで、今の家庭崩壊に繋がるわけ。結構なニュースにもなって、当時はマスコミがマンションの前に集まったりもしてたんだよ」
「……話題になってるのを、なんか覚えてる」
当時は盛大に騒がれたものだ。
けれども人の噂も七十五日という訳なのか、三か月も過ぎた頃には誰からも注目は失せ、父さんは俳優業に復帰し、母さんは療養の傍ら音楽業により一層のめり込むようになった。二人とも、僕がいることも忘れているかのように。
事実、忘れているのだろう。二人にとって僕は、二人から宝物を奪った極悪人でもあるのだから。
「……ごめん。言いたくないこと、聞いて」
「なんとなくだけど、揚羽さんには知っておいてほしかったから、むしろ言えてよかったよ。なんて言うか、僕と君は、似ている気がするから」
弟の、有生の件は、もう何とも思っていない。
僕の体を突き動かす希死念慮も、有生とは関係ない。これは、僕の成長過程で芽生えた感情だ。これまで奪われたら、僕は本当に空っぽになる。
それに、僕の中で有生のことは既に過去として割り切れているから、こうして打ち明けた。聞かれなければ黙っていた、と言うのもあるが、僕は心のどこかで揚羽さんには知っていて欲しかったのかもしれない。
「……それなら、あたしも言うよ。なんで死にたいか、ってさ」
彼女はソファの背もたれに体を預けたまま、語り出す。
今日は互いに、秘密を打ち明け合う日だ。
傷の舐め合い? 上等だ。今までひた隠しにしてきた傷を見せても気味悪がられない相手に出会たんだ。そんな夜が、あったっていい。
そんなことを考えながら僕は語り疲れた喉に水を与える。そして、絞り出すように語り出した揚羽さんの声に耳を傾けるのだった。
「……って言っても、あんたとほぼ同じ。違うのは、誰も死んでないからこそ、あたしが死にたいってこと」
「うん」
「あたしの父親は社長で、母親は元アナウンサー。良く出来た家庭でしょ? ……それで、あたしの四つ上に姉がいるの。それが、気持ち悪いくらい出来が良くてね」
「有生みたいだ」
「そう。才能の塊。何をしても九十点以上を平気で取ってくる。スポーツも、勉強も、芸術も。何もかも。あたしだって、平均点以上を取ってるの。こうして進学校にも難なく入れてる。なのに、何をしても姉と比べられて、卑下される。『お姉ちゃんならもっと良く出来たのに』、って」
有生は、勉学の出来が分かる前に死んだ。
だから僕は当てつけみたいに有生の出来なかった勉強に精を出したけれど、結局、両親は僕を見てくれることなんてなかった。だけどももし、有生が勉学にも秀でていて、僕の立つ瀬がない状況になっていればどうなっていただろう。
恐らく、今よりもっと、死にたい気持ちでいっぱいだったかもしれない。隣で物語る、揚羽さんみたいに。
「……あたしがそんな惨めな思いをしてるなんて知らない顔で、あたしにも優しくする。そんな姉が、あたしは大嫌いだった」
僕は、才能ある弟が嫌いだった。弟と比べられて卑下されることも嫌だったが、才能豊かな弟に嫉妬して血を分けた弟を称賛することのできない自分が何よりも嫌いだった。
比べられるたびに自分が惨めになる思いを、僕はよく知っている。
「……あたしが、中学生の時だった。そんなあたしを理解してくれる人が現れた。先生だった」
「教師……」
「馬鹿だよね。子供に手を出そうとする大人なんて信じられるわけないのに、その時のあたしは、まんまとその人に心も、体も委ねちゃったわけ。顔は、そこそこ良かったの。って言っても、好みとかじゃなかったけどね。ただ、周りの女子から人気のある先生だったから、その優越感を得る目的もあったのかも」
「……それで?」
「あたしは実際に、愚痴を聞いてもらったりして、すっきりしてたよ。この人だけは、姉とあたしを比べたりしない、って思って。でも、そんなのはまやかしでしかなくって。……先生は、あたしを通じて姉に手を伸ばそうとしたの。先生、姉の担任でもあった経歴があるから。結局、あたしは姉への足掛かりでしかないんだって気付いて、全部終わりにしてやった。先生は淫行教師として逮捕されて、あたしはあたしで、淫行生徒の噂が立ち込めて、謹慎喰らって、同級生から浮いた存在になって、針の筵。唯一の逃げ場だった学校も、息苦しい場所に早変わりってわけ」
揚羽さんにとってそれは、酷い裏切りだったのだろう。明るい口調で自嘲気味に語っているが、きっと同じようなことが何度も、何度もあったのだろう。彼女の口から紡がれる言葉の端々には、僕如きでは想像もできない重みを感じる。
社会の縮図とも言われる学校というコミュニティの中で爪弾きにされること、それ即ち、社会から孤立することでもある。社会の空気に徹してきた僕とは違い、揚羽さんはそんな中で必死に耐えてきたのだろう。何をしても比べられる「姉」と言う存在に邪魔をされながら。
……どれだけ苦しい思いだったのだろう。
似ている、なんて思うのは揚羽さんに失礼だろうか。それでも、僕と彼女はよく似ていると言いたい。
あの時引き留めた直感は、間違っていなかった。
有生が生きていたら、漏れなく僕も同じ目に逢っていたかもしれない。たった一度の大きな悲劇よりも、積み重なって日々重みを増していく小さな苦痛の方が、ずっと苦しい。同じ心に空いた穴でも、彼女の方はじわじわと削られていくのだ。その度に痛みが走るのだから、その苦痛は僕の比ではない。
前者は時間が癒してくれるが、後者は時間の経過と共に重みを増していくのだから。僕と彼女とでは、傷付き方が違う。軽い気持ちで「分かる」、なんて言えるわけがない。
「謹慎しているその時に初めて、自殺をした」
「今生きているってことは、失敗したんだよね」
「幽霊に見えないでしょ? つまりは、そう言うこと。でも、あの時は本当に何もかもが嫌になったの。終わりにしたかったの」
「そっか」
「それから、ここ二、三年はずっとそうやって生きて来た。時々全部投げ出したくなっても自殺に失敗して、生き永らえてる。死にたいくせに、生命力だけは一丁前なの、あたし。それに、ここまでくると、姉と比べられるのはもう、どうでも良くなってた。ただ、死にたいって思いばっかり湧いてくるようになった。でもね、周囲は違った。……あたしがあたしの意思で人生を明るく閉じるために、って髪を明るく染めれば、お姉ちゃんみたいに清楚な方が良いって言われる。メイクを学べば、お姉ちゃんみたいにナチュラルな方がいいって言われるし。もうね、何をやっても比べられるし、何か言われるの。あたしはその気じゃないのに、周りが勝手にあたしと姉を比べやがる。それなら、と思って、手当たり次第に自分の理解者を増やそうとしたわけ」
「理解者?」
「男よ、男。彼氏ってやつ。いつまでも生娘な姉と違って、そこはあたしの領域だから。あたしのための、あたしだけの揺りかごを作ろうとしたわけ。……でも、どいつもこいつもあたしを通して姉を見ている。どいつもこいつも、姉の名前を出すと目の色を変えて鼻の下を伸ばす。ほんと、最低な奴らばっかり」
「裏切られた、って思う?」
「思うわよ、当然。……でもね、そんな奴らにでも持て囃されるのは、悪い気はしてなかったの。そんな自分が虚しくなって、自分でも何してるんだろう、って思っていたら……、気が付けば、家出してた。そんで──」
「今に至る、と?」
尋ねれば、天上を見上げたまま横目で頷く揚羽さん。彼女は何を感じ取ったのか、再び自嘲気味に息を吐いた。
「下らない理由、って思うでしょ? あたしだって、そう思う。聞く限りじゃ、あんたの方がきっとずっと苦しい思いをしてるって言うのに。他の人だって──」
「下らなくなんか、無いよ」
「……」
「苦しいと感じることに、他の人は関係ない。今、この瞬間の揚羽さんが苦しいと思うなら、ちゃんと吐き出すべきだよ。僕たちはきっと、それに慣れてしまったんだ」
苦しい、辛い、悲しい。僕は一度だって、そんな弱音を誰かに吐いたことがあっただろうか。いや、無かった。
親にも、教師にも、友達にだって言えてない。なぜならそれは、彼らが常に僕らを誰かと比べるからだ。
僕は弟と、揚羽さんはお姉さんと。誰が比べてくれと言った。口を閉ざせば、「聞き分けの良い子」として扱われる。そしていつしか、聞き分けの良い子でないと、誰も見てくれなくなる。だから口を噤むようになっていく。
その点で言えば、僕は優等生だったのだろう。すぐに何も言わなくなるから。そして揚羽さんは、全てに反抗しようとした。その気概すらも、周りから比べられて。
そうやって周りの大人でも、誰でも。全ての人が僕たちという「個」を見なくなった。僕らを見なくなった相手には何を言っても無駄だと『諦め』がつくようになってしまった。
弱音を吐くには時すでに遅く、弱音を吐く相手の誰もが信用できなくなってしまったのだ。
「……っ」
隣から鼻を啜る音が聞こえてくる。
僕は彼女の隣から無言で立ち上がり、キッチンに向かった。
揚羽さんは、言いたくないことを聞いてごめん、と謝ったが、謝るべきは僕の方だ。
実を言うと僕は、有生の死も、崩壊する家族の形も、何も惜しいとは思っていない。だからこの話は、言いたくないから黙っていたのではなく、聞かれなかったから話していなかっただけの話。
これを言えば、揚羽さんは僕を薄情だと言うだろうか。
それとも、これから死ぬ奴が遺される奴の心配なんかするもんか、と笑い飛ばしてくれるだろうか。
そんなことを考えながら、僕は冷蔵庫から缶ビールを二本手に持ち、彼女の隣に戻る。
「乾杯しよう」
「……あんたも意外と、悪い奴なんだね」
「今日くらいは、いいんじゃない?」
言いながら、何の躊躇もなくプルタブを開ける揚羽さん。初めてのお酒に緊張する僕とは違って、飲み慣れているのが良く分かる所作だ。
「うえぇ、にがぁ」
「大人の味ってわけ」
「そう言う揚羽さんだって、眉間にしわ寄ってるけど」
「ビールは喉越しを味わうものなの。舌で味わってるうちは、まだまだお子ちゃまね」
待ち望んだお酒の味は、生まれて初めて秋刀魚の内臓を食した時と同じ衝撃だった。この苦みが大人には丁度良いのだそうだが、僕も揚羽さんもその良さはまだまだ分かりそうにない。もしかしたら、このまま分からないまま死んでいくのかもしれない。
「おつまみも、あるよ」
「お菓子じゃん。おつまみって言えば、もっと居酒屋のメニューにあるようなものとかじゃないの?」
「甘いね。このチョコレートより甘いよ、揚羽さん」
「キモ。もう酔ってるの?」
「えへへへ」
通学鞄からコンビニの袋を引きずり出して、テーブルに二人では食べきれない量のお菓子を並べる。以前、皐月家にお世話になっていた時、叔母さんが旦那さんと一緒にお菓子を肴に晩酌しているのを見て以来、これをするのが夢だったのだ。それが今、叶ったことが嬉しくて僕は顔を綻ばせる。
分かって無いなぁ、と言いながら、熱を増していく身体に冷たいビールを流し込む。
「……夕方の話、だけどさ」
そんな中、依然として暗い顔をする揚羽さんがちょびちょびと缶ビールに口を付けながら語り出す。
「酷いこと言って、ごめん。あんたは、つまらない人間なんかじゃ、無いよ」
「……一生根に持つかも」
「……バカ」
「まだまだ夜は長いってこと」
それが例えお世辞だったとしても、僕はにこやかに言って笑って、受け止めるだろう。彼女の涙を。
その後は、明日の自殺スポットの下見は何処に行くのか、どんなところがあるのかを二人で調べて、夜は更けていく。
……ちなみに、彼女は後者だった。
盛大に笑い飛ばして、夜は更けていく。
翌朝、僕らは二人揃ってソファにて昼過ぎまで寝ていた。
未成年飲酒はダメ絶対。




