小室泰六(SHERLOCK) - もの云わぬ能面 Ⅳ
東京・神楽坂の古い名家を震撼させた「能面密室」の霧は、駿河台一番の変わり者の理詰めの前に、脆く崩れた。
「おのれ……、国のお役人どもが、ここまで正確に私の裏を暴き立てるとはな」
隔離蔵の奥底、帳箱の隠し二重底から引きずり出された、不正流通の決定的な物証である裏帳簿。
国の一括強制差し押さえ処分が執行され、国の冷徹な手続きによって、強欲のバグは法廷へ持ち込まれる猶予すら与えられず、その場で完膚なきまでに解体されたのである。
旧家の者たちが差し押さえの書状の前に崩れ落ちる中、監禁されていた若き内通者も、警視庁の神田刑事の手によって無事に蔵の奥から救出され、母親の待つ路地裏の長屋へと送り届けられた。
すべての手続きが大団円を迎えた。
神楽坂の敷地の門の真ん中にそびえ立つ、あの大きなヒマラヤ杉の木の下は、冬の清々しい朝の光に白く包まれていた。
常緑の細い葉が風に擦れ合い、さわさわと、探偵の静かななる勝利を祝福するような清らかなさざめきを響かせている。
「神田くん、公務ご苦労。これで神楽坂の長年の不正は、すべて完全にクローズされた。私は一足先に、役所へ復命に戻るよ」
外套をまとった司法省検事正・岩村潔が、警視庁の神田刑事へ告げた。
「はい、岩村検事正。
現場の残務の手続きは、この私が責任を持って警視庁へと引き継ぎます。
小室さん、、和田くん、この度は、多大なる捜査協力、真にありがとうございました!」
神田刑事が最警礼で見送る中、3人は、冬の清々しい風が吹き抜ける神楽坂の黒塀の路地裏を後にした。
車輪を軋ませながら牛込の濠を渡り、神田駿河台の街並みへとアクセスを戻していく道中、車の窓からは、冬の清々しい朝日が、街の屋根々々を照らし始めていた。
アメリカ シカゴの光の影で、殺人鬼ホームズを取り逃がした、あの苦い「いささかの遺痕」。
だが、いま極東の日本の地において、進一の実直なノートと、岩村の冷徹な国法の執行によって、あの時果たせなかった勝利が、南総の海岸線とこの神楽坂の朝日のなかで、洗い流されたのだ。
貸家の前で車を降り、冬の澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込みながら、小室泰六は指先で器用に包んだ手製の巻きタバコに静かに火をつけた。
その指先から立ち上る微かな「紫煙」を駿河台の風へと散らし、名探偵はふっと静かに微笑んだ。
いつのまにかに、小室泰六(SHERLOCK)の帰る家は、東京 神田になっていたのだった。
霧の街、ロンドンの霧の正体は、工場地帯から出る煙だった。
しかし処、東京 神田では、冬晴れの澄んだ青空が大きく広がっていた。 それはまるで、小室(SHERLOCK)を見守っている様だった。




