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明治の世、SHERLOCK 東京神田で探偵はじめました『東京神田のシャーロック』  作者: 東曌


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小室泰六(SHERLOCK) - もの云わぬ能面 Ⅲ

東京・神楽坂の深い夜を優しく包むように、蔵の壁一面に飾られた異形の「面」が、月明かりのなかに静かな影を蠢かせていた。


「ですから岩村様、神田刑事様! これはやはり、先先代の呪いと虎列剌の怨霊が引き起こしたおぞましき祟りなのです! 国の警察とて、これ以上この蔵に立ち入れば命の保証はございません。一刻も早くお引き取りくだされ!」


古い青畳の上にぽつんと置かれた厳めしい帳箱の真横で、旧家の番頭が、顔を真っ赤にして狼狽えながら必死に声を張り上げていた。


それは、壁一面の先先代の手彫りした白木の能面の陰影を背負い、国の警察を恐怖の噂で脅して、この蔵の奥底に秘められた真実を完璧に煙に巻こうとする、強欲な旧家の哀れな防壁であった。


だが、小室泰六は、その番頭の必死の隠蔽にニヤリと冷たい微笑を応じるように、細い紙を使って煙草の葉を器用に包み込むと、手製の巻きタバコに静かに火をつけ、不敵に笑った。


その指先から燃える微かな紫煙の向こうで、名探偵の論理思考システムは、すでに一つの美しい真実の算法へとアクセスを完了していた。


「大番頭さん。君たちがコレラの祟りと、壁一面の先先代の手彫りの能面という泥臭い因縁の目くらましを使って、警察の視線を百パーセント固定させていた配線図は、実に美しい手品だ」


小室は巻きタバコの煙を静かに吐き出し、壁一面に並ぶ面の一角へと視線を走らせた。


「進一、その帳箱の真上、梁の影にある小さな通気窓の寸法を計ってみなさい」


問いかけられた書生――和田進一が、インクの染みがついたノートを片手に、ランプの明かりを頼りにして蔵の建築構造を素早く確認した。


「小室さん! あの窓は人間の頭が辛うじて一つ通り抜けるかどうかの、極めて狭い死角の寸法しかありません! 衣服を着た大人の人間が、丸ごとあの密室から消失することなど、物理的な数理上、百パーセント絶対に不可能です!」


「その通りだね、進一。

人間が丸ごと消え去ることは不可能だ。……だからこそ、この蔵の主たちは、最初から、人間など消していないのさ。そうだね、大番頭さん」


小室の放った、謎を優しく解きほぐす一撃。


その瞬間、旧家の番頭の必死の言い訳がふっと凍りつき、瞳の奥に初めて微細な動揺の影が走り、瞳孔が一瞬だけ散大したのを、小室の鋭い双眸は見逃さなかった。


「君たちは、彼がこの近くの路地裏から、毎日、店へやってくる、通いの若き勘定方だからこそ、いつも通りの夕刻の時刻に帰してしまっては、国の大蔵省へ脱税の物証をすべて持ち出されてしまうと焦った。

だからこそ、口封じのために彼を蔵の奥へと監禁し、その帰りを待つ母親が異変を察知して警察へ駆け込むことまでを計算に入れて、この密室劇を仕組んだのさ」


小室は白木の能面を見つめながら、言葉を繋いだ。

「近所の通いの若者なら、毎日着ている着物の見た目を周囲の人間もよく知っている。

壁一面の白木の能面と、その見慣れた衣服のなかに、この神楽坂の商家ならどこにでも転がっている布団の普通の綿を詰め込んで等身大の人形を作り、ランプで照らせば、覗き見た母親も、突入した神田刑事も、一瞬で我が子が監禁され、そして怨霊の霧のなかに消え去ったと完全に錯覚するからね」


「……残された大量の綿や端切れは、進一が暴いたその帳箱の隠し二重底の奥へと、一瞬で隠蔽された。

警察が探していた内通者の肉体など、この蔵の中には、最初からなかったのだよ」


人間の見た目の恐怖と、光と影の錯覚、そして神楽坂の通いの雇用インフラを極限まで突いた、完璧な能面密室の解体劇。


「……なるほど、警察を騙し通したコレラの霧も、神田一番の変わり者の理詰めの前には、ただの綿入り人形の引き算に過ぎなかったか。理詰めの幕引きだな、小室、神田くん」


蔵の薄暗い入り口の影から、外套をまとった司法省検事正・岩村潔が、静けさを湛えた声で歩み寄ってきた。


国家の役所から待機させていた車を飛ばし、公式な強制臨検の令状手続きを携えて前線へ、のりこんできた岩村は、強欲な旧家の嘘を内側から粉砕するように、深く深く頷いた。


「さあ、神田くん。君の現地の差配と、この小室くんの、謎解き合いによって、この神楽坂の旧家がひた隠しにしてきた、国への莫大な資産の不正流通の物証はすべて揃った。

内通者を消し去って物証の裏帳簿を闇に葬るための大商人の大嘘は、解けた」


岩村が差し押さえの書状を冷酷に突きつける中、

小室泰六は指先で巻きタバコをくゆらせたまま、崩れ落ちる旧家の者たちを、冷静に静観した。

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