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明治の世、SHERLOCK 東京神田で探偵はじめました『東京神田のシャーロック』  作者: 東曌


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小室泰六(SHERLOCK) - もの云わぬ能面 Ⅰ

偉大なる大作家 ジョン・ディクスン・カーへの賛辞と感謝


本作『もの云わぬ能面』を創作するにあたり、十九世紀から二十世紀にかけ、本格推理小説の歴史に「不可能犯罪」という至高の算法を打ち立てた偉大なる巨匠、ジョン・ディクスン・カー(カーター・ディクスン)へ、深く、静かに、最大級の賛辞と感謝の祈りを捧げます。


彼がその生涯をかけて描き続けた、おぞましき怪奇趣味の霧、そして密室という名の完璧な視覚の盲点。

原典『仮面装の怪事件』が遺したあの美しき迷宮の残像があったからこそ、私は明治二十六年の東京神楽坂という歴史ファクトのなかに、色付けの施されていない白木の能面が沈黙を守る、世界を記述することができました。

私を導いてくれた偉大なる先達の天才たちへ、最大限の敬意を込めて。

合掌。


著者・東曌アズマショウ

明治二十六年の暮れ。


東京・神田駿河台の貸家は、しんしんとした冬の静寂に包まれていた。

南総の海岸線での事件を終えてから、数週間。


中央紙の社会面に「神田駿河台の私立探偵・小室泰六、新大陸の近代建築密室における手形詐欺を看破し、司法省とともにお上の法秩序を守る」という帰国報道が、この貸家の住所とともに掲載されてから、駿河台の街一番の変わり者と呼ばれる男の元へは、いくつかの奇妙な調査依頼が来るようになっていた。


だが、小室泰六の脳内が、独自判断していたのは、それらの退屈な手紙ではなく、貸家のすぐ近くにある「神田の青物市場」の流通データであった。


特定の神楽坂の大商人から神田市場へ流入している商品の総量に対し、税務署に記録されている数字の数理がどうしても数万円規模で合わないという奇妙な話を、聞いたことだった。


さらに、その神楽坂の旧家には、先先代の主が夜な夜な蔵の奥底で色付けの施されていない白木の能面を手彫りしていたという不気味な噂が残っていることも、小室は街の噂話からあらかじめ聞き知ってした。


薄暗い書斎の奥で、小室泰六は、細い紙を使って煙草の葉を器用に包み込んでいた。彼が指先で紡ぎ出した手製の巻きタバコに静かに火をつけ、冷徹な双眸で窓の外を見つめると、微かな白煙が冬の清々しい青空へと静かに吸い込まれていく。


そこへ、貸家の木扉が開け放たれ、冷たい冬の風とともに、外套をまとった司法省検事正・岩村潔が、自ら一通の電報の書状を手に足を踏み入れてきた。

役所での激務の最中であるはずの重鎮のその眼は、いつになく緊張感で、張り詰めた法の光が脈打っていた。


「小室くん。

大蔵省主税局の織田税務官が長年マークしていた、神楽坂の大規模な脱税の常犯である旧家にて、重大な不祥事が起きた。

織田へ密かに内情を流していた旧家の中の若き内通者が、脱税の決定的な証拠となる裏帳簿を掴んだという極秘の報せを放った直後、密室のなかで忽然と姿を消したのだ」


岩村が直々に持ち込んできた、現地の警視庁で実況見分を統括している大学の後輩――神田刑事からの電報の紙面。そこには、墨で刷り上げられた、無機質極まるカタカナの文字列が踊っていた。


『カグラザカ ノ キュウカ ニアリマス コレラ コリツラ ノ カクリゾウ ニテ カンゼンナル ミッシツ ノ ナカ センセンダイ ガ テボリ シタ ノウメン ヲ カブラサレタ イショウ ヲ ノコシ ウチツウ ノ オトコ ガ ノロイ ノ ゲッコン トトモニ ショウシツ イタシマシタ タスケテクダサイ』


「岩村さん、小室さん! これは南総の幽霊船に続く、新たな事件でしょうか」


貸家の木扉の傍らで、インクの染みがついたノートを広げていた書生――和田進一が、その実直な瞳を丸くしながら真面目に息巻いた。


「進一、大根が自分で歩くようなマヌケな新聞記事なら笑い話で済むけれど、お上の目を盗むための二本の帳簿の存在が内通によって露見した直後、すぐ隣の神楽坂のあの迷宮のような路地裏で起きた男の消失。

中身を剥ぎ取る価値のある、実に悪辣なお話しじゃないか」


神田駿河台一番の変わり者である小室泰六は、巻きタバコの煙を静かに吐き出し、不敵に笑った。


その指先から燃える紫煙の向こうで、名探偵の論理思考は、手元にある事前情報と岩村の持ってきた事件データを見事に同期させていた。


「やはりそうか。

小室、君の言う通りこの旧家は大蔵省主税局が長年マークしていた大規模な脱税と不正流通の常犯だ。

内通者を消し去って物証の裏帳簿を闇に葬るための狂言だな。

よし、大蔵省の合同監査を伴う公式な『強制臨検』としてただちに馬車を手配させる。

進一、君のその確実なノートの記述能力を、今こそお国のために貸しなさい。

道中の馬車のなかで、小室とともにあの大商人の大嘘を解体しておこうじゃないか」


「はい! 岩村さん、小室さん」


3人は、冬の寒々しい風が吹き抜ける神田を後にし、白木の能面が沈黙を守る、神楽坂の黒い路地裏へと向かったのであった。

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