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明治の世、SHERLOCK 東京神田で探偵はじめました『東京神田のシャーロック』  作者: 東曌


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小室泰六 (SHERLOCK) - シカゴ万博の殺人ホテル編 Ⅳ 改訂版

テスラの手掛けた数万個の白熱電球が、シカゴの夜空を人工の白夜のように青白く照らし出す中、その圧倒的な光の影に佇む『万博ホテル』の内部は、生々しい死の気配に支配されていた。


「小室さん、やはりこのホテルには、警察の目を盗むための『二つの宿帳』が存在しています」


一階の薄暗いロビーの片隅で、若き書生――和田進一が、インクの染みがついたノートを片手に、声を潜めて確かな事実を小室へと耳打ちした。


英語を完璧に操る小室と進一の二人が、アメリカ人の受付を相手に仕掛けたのは、異国の商業システムを逆手に取った、息詰まるような大型買収交渉の罠を仕掛けたのだった。


まず小室が、完璧な英国言葉を用いて「英国領香港(ホンコン)からやってきた、巨大な東洋海運資本の全権代理人」を名乗り、フロントの男へ冷徹に告げた。


「我々はこの万博ホテルを丸ごと高値で買い取りたい(買収したい)と考えている。そのための資産価値と正確な稼働率の監査を行わせろ」


すかさずその横から、進一が同じく流暢な英語で「イギリス植民地の厳格な法規に則り、このホテルの現在の実質的な宿泊データ、および裏の管理体制が買収額の査定基準となる。ただちに見せろ」と、インクの染みついたノートを突きつけながら、有無を言わせぬビジネス内容の詳細を矢継ぎ早に捲し立てて、追撃した。


完璧な英国言葉を操り、巨額の札束をチラつかせて「ホテルを買い取る」と冷徹に捲し立ててくる二人のインテリの挟み撃ちに、強欲な主の手下であるフロントの男は完全に目が眩み、脳内システムをパンクさせて顔を真っ赤にして狼狽(うろ)えた。


その完璧に作られた心理の死角(隙)を見逃さず、背後にいた司法省検事正・岩村潔が、言葉の壁を越えた悪辣なメンタリズム(視線誘導)を発動する。


岩村が男の視線を「右側の小室」へと完全に固定させた一瞬の隙を突き、進一がカウンターの影から引き出しの鍵を鮮やかに奪い去り、隠されていた二冊目の「本物の隠し帳簿」を一瞬でハッキング(確認)したのである。


「表の宿帳には、万博に浮かれてやってきた観光客たちの名前が何ひとつ記載されていません。

ですが、この隠し帳簿のデータには、彼らがチェックインした記録と部屋番号が冷徹に記述されています。……お上の警察に見せるための偽の帳簿の裏で、この建物の奥で恐るべきハッキング(選別)が行われています!」


「よく喋る香港の買収屋どもが、私の城で何をしているのかね?」


廊下の奥から、完璧な紳士の微笑を浮かべた男―

―ホテルの主であるH・H・ホームズが、穏やかな足音を響かせて現れた。

その瞳は、シカゴ警察をも騙し通してきた圧倒的な、悪辣なメンタリズムの防壁に守られている。


だが、その瞬間、司法省検事正・岩村潔もまた、メンタリストとしての脳細胞が完全に目を覚ました。


岩村は言葉を交わすことなく、男の端正な顔立ちを冷徹に行動分析した。


ホームズが微笑む瞬間の、微細な視線、長年お上のシカゴ警察を酒やタバコで懐柔してきた男が、進一の開いたノートに一瞬だけ向けた瞳孔の散大。


「小室。この男だ。この男の瞳の奥には、ひどく、冷徹に計算され尽くした快楽の残像が脈打っている。

……こいつは、自分が警察すらも騙し、大衆を求人や結婚詐欺の罠でハッキングしていることに、100%の傲慢な自信を持っているぞ」


岩村の言葉を、小室が即座に冷徹な英国の言葉へと翻訳してホームズへと突きつけた。


「ホームズ。君が施工会社や大工を次々とクビに変えて、この洋館の内部構造を誰にも知られないようステルス化したロジックは、僕の論理思考システムの前には退屈な手品に過ぎないよ」


小室は、上着の袖を少し捲り上げ、壁の一角に指を触れた。


「君は無差別に人を殺してはいない。身寄りがなく、大金を持った孤独な観光客だけを駅前の客引きで選別し、この二重壁の奥に配置された特製のガス室へと監禁している。

部屋の外からバルブ一つでガスを送り込み、物証を一切残さずに人間の肉体をパージする……。

進一が暴いた二つの宿帳の通り、近代社会の雇用や保険のシステム(バグ)を悪用した、実に見事なビジネス犯罪だ。

だが、そのガス管の不自然な周波数のノイズ(配線図)は、すでに僕の理詰目で完全にデバッグ(看破)させてもらったよ」


「……何だと?」


完璧だったホームズの紳士の微笑が、初めて激しい熱波を起こして崩壊した。


自分の記述した完璧な暗殺迷宮の数理を、日本から来た探偵によって100%看破されたという、動かぬ事実。


「シカゴ警察は騙せても、僕たちの知性は誤魔化せないさ」

小室が冷徹に言い放ち、岩村がその精神の防壁の隙をさらに抉るように一歩前に踏み出した、まさにその瞬間だった。


ホームズは、懐から煙幕を床へと叩きつけ、施工会社を次々変えて自分しか全貌を知らない、複雑極まる隠し階段の奥底へと、獣のようなスピードで飛び込んだ。


「小室さん! 逃げられました!」


進一が叫び、3人はすぐさまその暗闇の奥を追ったが、そこには、何度クリックしても開かない頑固な隠し扉の算法が立ち塞がるだけだった。


――検事正の公式な万博視察の裏で起きた、この事件は、結局のところ、新時代のアメリカ シカゴにて、殺人魔には逃げられる顛末を迎えることになった。


だが、小室たちの圧倒的な理知によって、ホテルの壁の奥のガス室の罠は完全に無力化され、これ以上の無垢な観光客の犠牲は、未然に100%完封されたのだ。

3人はホテルの外へと出た。


窓の外のシカゴの夜空は、テスラの放つ眩い白熱電球の光によって、夜であるにもかかわらず、まるで昼間――人工の白夜として美しく輝いていた。


「悔しいです。あの怪物を、捕まえられなかったなんて……」


ノートを握りしめて悔しさを滲ませる進一に対し、

小室は静かに笑った。


「気にするな、進一。

彼はこの殺人迷宮という完璧なロジックを僕たちに解体された。

算法を狂わされた怪物は、もう二度とこれほど、知的な犯罪は犯せない。

これからの彼は、目先の金に目が眩んで、金を騙し取ったりするような、ただの詐欺を連発して自滅していくさ。

そして、遠からず逮捕されることになるだろう」


「警察を騙し通した怪物も、中身を剥ぎ取ればただのケチな詐欺師か。理詰めの幕引きだな、小室」

岩村潔が外套を翻し、進一がノートをしっかりと閉じた。


3人の旅路は、光あふれるアメリカ シカゴの喧騒の中、いささかの遺恨を残す事となった………


本作を最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。


今回の事件は、明治二十六年の「シカゴ万国博覧会」という近代科学の光、そしてその陰で実在した、アメリカ犯罪史上、最初の近代的シリアルキラー、H・H・ホームズの「殺人ホテル」で実際に発生した事件を元に、小室(シャーロック)たちの知略戦を描きました。


作中では小室たちのデバッグ(看破)によって暗殺の罠を無力化され、シカゴの街へと逃亡したホームズですが、その後の彼の顛末(てんまつ)について、実際の歴史の一次資料に刻まれた事実をいくつかご紹介して、この物語の幕引きと変えさせていただきます。


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◾️ホームズ逮捕の世俗的な容疑


多くの観光客の命をシステム的に奪い、現地のシカゴ警察を嘲笑い続けた世紀の怪物でしたが、彼が最終的に逮捕されることになった直接の容疑は、「殺人」ではなく、『馬の詐取(窃盗)』、および腹心のベンジャミン・ピツェルに対する『保険金詐欺』という、極めて世俗的な金銭犯罪によるものでした。


暗殺迷宮のロジックを解体されたことで、彼の犯罪の算法(アルゴリズム)は完全に狂い、地方で目先のケチな詐欺を連発して自滅していったのです。


彼は1894年11月、ボストンにてピンカートン探偵社の手によって発見され、逮捕されることになりました。




◾️ 新聞紙面上での『27人の殺害自白』


さらにホームズの強欲なビジネスの美学は、死刑を待つ牢獄の最果てまで終わりませんでした。


1896年、彼は死刑判決を受けた後、当時の大手新聞社であるハースト系の『ニューヨーク・ジャーナル』紙から、当時としては破格の「7,500ドル(現在の価値で約20万ドル以上)」という報酬(金)をふんだくった上で、「私は27人を殺害した」という手記を自ら執筆し、新聞上で犯行を告白したのです。


しかし、その告白手記のなかには、実在の失踪者のデータをわざと混ぜ込み「実際には別の街でピンピンして生きていた人間」を殺したと言い張るような、嘘が大量に含まれていました。

彼は死の直前まで、嘘と真実を混ぜ合わせた心理操作で大衆の恐怖を操作し、翻弄し続けようとしたのです。


外見の紳士的な様や、嘘に騙され、通報があっても動かなかった無能なシカゴ警察の機能不全。



◾️西暦2011年


そして時代はかわり、2011年

ホームズの子孫を名乗る弁護士ジェフ・マジェト氏が

出版した手記『Bloodstains(血痕)』は、一時的にメディアを注目させることには成功し、テレビ番組のシリーズ化まで勝ち取りましたが、歴史の一次資料との乖離が大きいために、長期的に注目される事はありませんでしたが、

彼が、2017年にヒストリーチャンネルの番組(全8回)でホストを務めて以降、アメリカ国内のオカルトイベントや、犯罪ドキュメンタリーの講演会、あるいは自身の公式ウェブサイトにおいて、今なお「ホームズのひ孫にして、切り裂きジャックの謎を追う弁護士」という肩書きを名乗り続けています。


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読者の皆さまは、どう、お考えでしょうか………

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