小室泰六 (SHERLOCK) - シカゴ万博の殺人ホテル編 Ⅲ
新大陸アメリカ シカゴに上陸し、日本からの公式な万博視察を開始して、二日目の夜。
テスラが手掛けた最新鋭の交流電流による眩い電飾が、窓の外の街を白夜のように青白く照らしている中、3人が身を寄せたホテルの部屋は、駿河台と同じ、張り詰めた知性の静寂に包まれていた。
「小室さん、岩村さん。……現地の英語の新聞の情報を読みましたが、やはりこの街の歪みは、本物です。
万博に浮かれた観光客が、言葉巧みな客引きに遭い、南側にある『万博ホテル』へ入ったきり、次々と消息を絶っている」そうなんです。
長旅の疲れも見せず、インクの染みがついたノートを広げた若き書生――和田進一が、眼鏡の奥の瞳を曇らせて、生々しい失踪者のデータを指差した。
「不可解なのは、シカゴ警察のシステムだ。
異変を察知して命からがら逃げ出した元従業員たちが何度も通報しているというのに、警察は万博の混雑を理由に、物証がないとすべて黙殺しているという。…
…いくらなんでも、不可解すぎているとは思いませんか?」
進一の正しい疑問であった。
それに対し、ソファの奥で巻きタバコの煙をふぅと燻らせていた小室は、笑みを浮かべ、冷徹な双眸をノートへと向けた。
「いや、進一。現地の警察は機能不全を起こしているわけじゃないさ」
小室は巻きタバコを置き、上着の袖を少し捲り上げると、その圧倒的な脳内システムから、人類の暗黒の歴史を100%の理詰めで語り始めた。
「人間という生き物は、昔から同じ犯罪を繰り返している。
一世紀の古代ローマの世には、最新の毒物の数理を独学でデバッグし、皇帝たちの依頼で邪魔な人間を暗殺し続けた女性、毒殺魔ロークスタがいた。
十五世紀の中世フランスには、自らの領地の城の暗闇に数百人の少年を客引きで連れ込み、快楽のために命を消費し続けたジル・ド・レがいた。
そして……僕たちの記憶に新しい五年前、ロンドンのホワイトチャペルを恐怖に陥れた、あの切り裂きジャックだ」
小室の言葉の重みに、進一は息を呑み、傍らで外套を脱いだ司法省検事正・岩村潔が、まともな静けさを湛えた双眸を細めた。
「だが、進一。そのホテルの主、『H・H・ホームズ』という男は、それらの過去の野蛮な怪物どもとは完全に一線を画す、新時代が生み出した近代的殺人魔だ」
「近代的、ですか……?」
「そうだ。彼は暴力の力で人を呑み込んだり、夜道で刃物を振り回したりはしない。
彼は、求人広告という近代の雇用手続きを利用して身寄りのない孤独な女性を選別し、結婚詐欺で資産家令嬢の土地名義を譲渡させ、共同経営者に生命保険をかけて殺害するという、徹底的に金と効率を追求した『100%のビジネス』として殺人を処理しているんだ。
施工会社を次々とクビに変えて作った二重壁のガス室も、すべては物証を残さないための精密な暗殺機械に過ぎない」
小室の冷徹な観察結果だった。
ホームズは、警察官たちを1階の薬局に招いて酒やタバコで懐柔し、完璧な紳士の見た目で心理誘導をかけていた。
だからこそ、シカゴ警察は「ただのよくある家出や失踪」だと騙され、脳内システムをコントロールされ続けていたのだ。
「なるほどな。外見と対応に騙され、シカゴ警察が機能していないなら、日本から来た僕たちの出番というわけか」
岩村潔が、メンタリストとしての冷笑を妖しく浮かべた。
英語は話せないが、人間の瞳孔の散大、微細な指先のノイズから嘘の明滅を一発で見抜く男の脳細胞が、完全に出撃の算法を完了していた。
「岩村検事正。
広がりすぎたすそ野の大衆には逆立ちしても真似できない、服を剥ぎ取ったその奥にある生身の人間の生々しい地獄。
新時代の怪物が仕掛けたその暗殺迷宮の受付の防壁を、僕たちの理詰めでハッキング解除しにいくとしようじゃないか」
英語が話せる二人の知性と、言葉の壁を越えて人間の心理の隙を破壊する一人の男。
3人は外套を羽織ると、シカゴの街へと飛び出して行った。




