第七話 必殺技、盛大に失敗しました
午後。
ミレアに連れられてギルドの裏へ回ると、そこには思っていたよりずっと広い訓練場があった。
地面は固く踏み締められ、壁際には木製の人形や石の的がいくつも並んでいる。
「こっちよ」
訓練場の中央には、大柄な男が立っていた。三十代後半くらいだろうか。太い腕に日に焼けた肌で、とりあえず強そうだった。
「バルク。実技試験をお願い」
「こいつか?」
「三年前に死亡扱いになったレイ」
「紹介の仕方おかしくない?」
バルクが俺を見る。
「ミレアから聞いた。北の山で三年、独学で魔法を覚えたんだって?」
「はい」
バルクは少し黙ったあと、俺の腰にある短くなった剣へ目を落とした。
「……まあいい。見れば分かるか」
話が早くて助かる。
少し離れた壁際では、セラが腕を組んでこっちを見ていた。
「何でお前までいるんだよ」
「見たいから」
「暇なの?」
「あなたの実力を見てから、組み続けるか決めてもいいでしょ」
「もう解散候補なの!?」
「いつでもできるわよ」
「早えよ!」
「レイ」
ミレアに名前を呼ばれたので、俺はすぐ声を落とした。
「……はい。静かにします」
昨日から俺だけ怒られてない?
バルクが木製の人形を指す。
「まず身体強化だ。あれを殴ってみろ。壊す必要はないから、普段使っているくらいでいい」
「分かりました」
人形の前まで歩く。
三年前なら、身体強化と言われても何をすればいいのかすら分からなかった。
でも今は、わざわざ全身へ魔力を流す必要はない。
右足から腰へ流し、拳を振る動きに合わせて肩から腕へ繋いでいく。最後に拳へ集めれば、それだけで十分だった。
「ふっ!」
拳が人形へ当たる。
鈍い音と同時に木製の人形が大きく傾き、そのまま土台ごと後ろへ滑って数メートル先で止まった。
「……あ」
ちょっと強かった。
バルクは滑っていった人形を見てから、俺へ顔を戻した。
「今、全身を強化したのか?」
「いや。右足と腰と腕だけです」
「同時に?」
「順番に流しました。使わないところまで強化したら、魔力もったいなくないですか?」
バルクが黙る。
またこの顔だ。
最近、俺が何かするとみんな似たような顔をする。
「……次は剣だ」
「はい」
俺は腰から剣を抜いた。
柄は普通なのに、刀身はもうバナナくらいしか残っていない。
バルクが眉を寄せる。
「なんだそれは」
「三年間使ってたらこうなりました」
「買い替えろ」
「金ないんですよ」
後ろからセラの声が飛んできた。
「超前衛なのに?」
「超前衛関係ねえだろ!」
「レイ」
「はい!」
ミレア怖い。
剣の試験はすぐに終わった。
バルクが木剣で何度か打ち込んできたので、受けて、流して、最後の一撃だけ横へ外し、そのまま短い剣先を首元へ止める。
「そこまで」
バルクが木剣を下ろした。
「剣も問題ない。じゃあ最後は魔法だ」
待ってました。
思わず口元が緩むと、それを見たセラがすぐに眉をひそめた。
「何その顔」
「何が?」
「絶対ろくなこと考えてない顔」
「失礼だな」
バルクは訓練場の奥にある石の的を指差した。
「属性は何でもいい。あれに魔法を当ててみろ。威力を見るだけだから、無理に強くする必要はない」
「好きなのでいいんですか?」
「ああ」
それなら、山にいる時から一度やってみたかったものがある。
魔力をただ飛ばすんじゃない。
手のひらに留め、高速で回転させながら中心へ押し込む。逃げようとする魔力をさらに圧縮し、その塊を直接相手へ叩き込む。
前世で見た必殺技を、自分なりに魔法で再現する。
螺旋……。
いや、さすがにそのままはダメだろ。
この世界に知っている奴はいないだろうけど、なんとなくダメな気がする。
だったら英語にすればいい。
螺旋はスパイラル。
丸は……ボール。
「……スパイラル・ボール」
「何?」
「技名考えてた」
「今?」
「大事だろ」
「別に」
「大事だよ!」
ほぼ直訳じゃねえか、という気もする。
まあいい。
なんかそれっぽい。
俺は右手を前へ出し、手のひらへ魔力を集め始めた。
「……何してるの?」
セラの声がした。
「回してる」
「それは見れば分かるわよ。なんで回してるの?」
「かっこいいから」
「バカなの?」
「ちゃんと意味もあるから!」
手のひらの上で魔力が回り始める。
まだ遅い。
もっと速く。
外へ逃げようとする魔力を押さえ込みながら、中心へ向かってさらに圧縮する。回転が速くなるほど魔力の塊は小さくなり、その代わり手のひらへ伝わる圧力がどんどん強くなっていった。
「レイ」
さっきまでと違うセラの声が聞こえた。
「何?」
「それ、本当に大丈夫?」
「たぶん」
「たぶん!?」
ここまで来たらやる。
俺は右足へ身体強化を集中させ、石の的へ向かって一気に踏み込んだ。地面が蹴り出され、数十歩あった距離が一気に縮まっていく。
右手を引く。
せっかく名前まで考えたんだ。
叫ばないともったいない。
「――〈スパイラル・ボール〉!」
「本当に叫ぶの!?」
石の的へ右手を叩き込む。
その直前だった。
手のひらの魔力が、一気に膨らんだ。
「あ」
まずい。
爆発した。
白い光に視界を埋め尽くされ、身体が後ろへ吹き飛ばされる。
地面を二度転がって、ようやく止まった。
「いってぇ……」
耳がキーンとしている。
完全に失敗した。
圧縮しすぎたのか、回転を上げすぎたのか。それとも両方かもしれない。
身体を起こして右手を見ると、指はちゃんと五本残っていた。
「よかった……」
続いて石の的を見る。
そっちも残っている。
「全然当たってねえじゃん」
技名まで叫んだのに、肝心の攻撃が的へ届いていない。
めちゃくちゃ恥ずかしい。
「失敗した」
誰も答えなかった。
「……あれ?」
訓練場が妙に静かだった。
バルクもミレアも、セラまで俺ではなく前を見ている。
何だろうと思って振り返る。
石の的は無傷だった。
ただし、その手前。
俺の魔法が爆発した場所を中心に、固く踏み締められていた地面が大きく抉れていた。
「うわ」
思ったより深い。
「やりすぎた」
「そこなの?」
セラがこっちへ歩いてくる。
いつもの呆れた顔ではなく、俺の右手をじっと見ていた。
「今の、本当に自分で考えたの?」
「まあ、元になる発想はあったけど、魔法として考えたのは俺」
「魔力を回転させながら圧縮して、その状態を手のひらに維持してたわよね?」
「維持できてないよ。爆発したし」
「途中までできてたじゃない」
「でも的に当たってない」
「そういう話じゃないのよ」
セラが俺の右手を取った。
「痛くない?」
「ちょっと痺れてる」
「見せて」
薄い光が手を包み、痺れていた指先から少しずつ感覚が戻ってくる。
「何?」
「別に」
「もしかして心配してる?」
「次から一人で勝手に爆発されると困るだけ」
「やっぱり心配してるじゃん」
「もう一回爆発させるわよ」
「治した直後に!?」
セラは俺の手を離すと、もう一度抉れた地面を見た。
そして少しだけ間を置いて、俺へ顔を戻す。
「……でも、あんたすごいのね」
思わずセラを見る。
「何その顔」
「いや、お前が普通に褒めるから」
「私だって褒める時くらいあるわよ」
「初めてじゃない?」
「撤回するわ」
「早いって!」
後ろでバルクがようやく動き、抉れた場所まで歩いていくと、しゃがみ込んで地面の深さを確認した。
「レイ」
「はい」
「今のは失敗なんだな?」
「完全に失敗です」
「成功したらどうなる?」
「石の的に直接これを叩き込める予定です」
バルクは石の的を見て、それから俺を見る。
「……やるなよ」
「え?」
「今日はもう絶対やるな」
「もう一回なら成功する気がするんですけど」
「やるな」
「はい」
何でだろう。
盛大に失敗したはずなのに、さっきより評価が上がっている気がする。
その時、訓練場の入口から低い声が聞こえた。
「ずいぶん派手にやったな」
振り返ると、そこにはバルクより少し年上に見える大柄な男が立っていた。
ミレアが姿勢を正す。
「ガレスさん」
男は抉れた地面を見たあと、俺へ視線を移した。
「こいつが例の死亡者か?」
「だから生きてますって!」
「ガレス。ここのギルド長だ」
「レイです」
「知ってる。三年前の記録も見た」
ガレスは俺の短い剣と、訓練場にできた大穴を交互に見ると、少しだけ口元を緩めた。
「ずいぶん変わったな」
「まあ、三年あったんで」
「そうか。それなら、ちょうどいいかもしれんな」
「何がです?」
ガレスはミレアから試験用の書類を受け取ると、それに軽く目を通した。
「明日、カルナの冒険者パーティーがA級昇格試験へ向かう」
「へえ」
「リーダーはダリオだ」
俺の顔から笑いが消えた。
三年前。
『悪いけど、お前もういいわ』
俺をパーティーから外した男だ。
「今回の試験は実戦形式だ。お前の実力確認も兼ねて、予備要員として同行してもらう」
「……俺が?」
「ああ」
山を下りてまだ間もない。
なのに、こんなに早くその名前を聞くとは思わなかった。
三年ぶりだった。




