第三話 聖女に服を消されました
「お前が消したんだろ!」
俺は慌てて腰の荷物を前へ回した。
三年間山で暮らしてきたとはいえ、町の真ん中で全裸になる覚悟まではしていない。
目の前の女は杖を持ったまま、俺を上から下まで眺めた。
「だって汚かったんだもん」
「だからって服ごと消す奴があるか!」
「服っていうか、ほとんど布切れだったじゃない」
「三年間大事に着てたんだよ!」
「三年間?」
女が少しだけ眉を寄せた。
「それ、一回も洗ってないの?」
「洗ってるわ!」
「本当に?」
「川あるから!」
「じゃあ何で臭かったのよ」
「山で三年暮らしてたからだよ!」
言い返してから、周囲の視線に気づいた。
通行人がこちらを見ている。
そりゃそうだ。
銀髪の女と、荷物で股間を隠して怒鳴っている男。
完全に俺が悪い。
「……とりあえず服」
「何?」
「服買え。お前が消したんだから」
「なんで私が?」
「なんでじゃねえよ!」
女は納得していない顔をしたが、さすがにこのまま放置するのはまずいと思ったらしい。
「分かったわよ。ついてきて」
「最初からそうしろ」
「偉そうね、裸のくせに」
「誰のせいだ!」
俺は荷物を前に抱えたまま、女の後ろを歩いた。
三年ぶりに町へ帰ってきて最初にすることが、知らない女に服を買ってもらうことになるとは思わなかった。
連れていかれたのは、通り沿いにある小さな服屋だった。
女は店へ入るなり、棚から適当な服を何着か取った。
「これでいいでしょ」
「雑だな」
「着られれば同じじゃない」
「お前、人の服選んだことないだろ」
「あるわよ」
「誰の?」
「私の」
「それ自分の服だろ」
店主が笑いを堪えている。
俺は一番まともそうなシャツとズボンを選び、奥で着替えた。
久しぶりに継ぎ接ぎのない服を着る。
悪くない。
というか、かなりいい。
「おお」
思わず袖を引っ張る。
「普通の服ってこんな着やすかったっけ」
「どんな生活してたのよ」
「山」
「それは聞いた」
女は代金を払うと、店を出た。
俺もその後を追う。
「ありがとな」
「別に」
「ちゃんと礼は言うよ」
「私が消したんだから当然でしょ」
「分かってんじゃん」
「うるさい」
口は悪い。
でも、逃げずに服を買ってくれたあたり、そこまで悪い奴でもなさそうだ。
俺は隣を歩く女を見る。
銀色の髪は背中まで伸びていて、白い服には金色の刺繍が入っている。
杖もかなり上等に見えた。
「そういや、名前」
「何?」
「俺、レイ」
女がちらりと俺を見る。
「セラ」
「セラね」
「何よ」
「いや、名前聞いただけ」
「変な名前とか言ったら殴るわよ」
「言ってねえだろ」
何なんだこいつ。
先回りして喧嘩を売ってくる。
そんなことを考えていると、前を歩いていた男の子が転んだ。
石畳に手をつき、膝を擦りむく。
「痛っ……」
泣きそうな声がした。
セラが足を止めた。
「ちょっと」
男の子の前へしゃがむ。
「見せて」
「え?」
「膝」
さっきまで俺に向けていた声より、少しだけ柔らかかった。
男の子が恐る恐る膝を見せる。
血がにじんでいる。
セラは杖を軽く向けた。
「〈ヒール〉」
淡い光が傷口を包む。
擦りむけていた膝が、目の前で綺麗に治った。
男の子が目を丸くする。
「治った……」
「次からちゃんと前見て歩きなさい」
「ありがとう!」
「もう転ぶんじゃないわよ」
男の子は嬉しそうに走っていった。
セラが立ち上がる。
「走るなって言えばよかった」
「そこ気にするんだ」
「また転んだら馬鹿じゃない」
口は悪い。
でも、知らない子供を見た瞬間に治した。
それに今の魔法。
俺は山で三年間、魔力を散々いじってきた。
だから何となく分かる。
あれはかなり綺麗だった。
無駄がない。
使った魔力も少ない。
「お前、結構すごくない?」
「何が?」
「今の治癒魔法」
「普通でしょ」
「普通じゃないだろ」
「そう?」
本気で分かっていないらしい。
浄化も一瞬だった。
治癒も上手い。
服装もそれっぽい。
杖も持っている。
俺は少し考えてから聞いた。
「セラってさ」
「何?」
「聖女?」
セラの足が止まった。
少しだけ間があく。
「違う」
「その格好で?」
「違う」
「治癒使えて?」
「使えるけど違う」
「浄化も?」
「使える」
「じゃあ聖女じゃん」
セラが露骨に嫌そうな顔をした。
「落ちたの」
「……何に?」
「聖女選定」
俺はセラを見る。
セラも俺を見る。
「……聖女って落ちるの?」




