9話:お答えできません
※挿絵にAI生成イラスト画像を使っています。苦手な方はご注意ください。
サポートさんは危ないことには答えてくれない。
前世のAIもそうだった。とにかく安全第一。そこだけは俺と気が合う。
どこまで答えて、どこから答えないのか。俺もいろいろ試してきた。
たとえば、これは答えてくれる。
《下宿の台所に出るネズミを追い払う方法》
食べ物をしまう。隙間をふさぐ。匂いの強い草を置く。
丁寧に教えてくれた。対策を実際にやってみたら、下宿でネズミをほとんど見なくなったから効果はあったと思う。
次はこれ。
《上司を黙らせる方法》
《上司の方のご意見を一度受け止めたうえで、代案を丁寧にお伝えするのがおすすめです。良好な関係づくりを応援しております》
やけに前向きな答えが返ってきた。
いや、黙らせたかったのはグラント事務長の声量だけなんだ。シンプルにうるさくてさ。
そして、これは答えてくれない。
《眠り薬の作り方》
《その質問にはお答えできません》
確かに犯罪に使われたら困るもんな。答えられないのは仕方ない。でも、夜に眠れなくて聞いただけなのに、一問まるごと無駄になったのはちょっとひどくない?
サポートさんの線引きはたぶん正しい。正しいけど、融通が利かないのが玉に瑕ってね。
それを思い知ったのがあの夜だった。
◇ ◇ ◇
その日は朝から鞄が重かった。
出がけにベルタさんの店の前を通ったら、呼び止められたのだ。
「いい塩が入ったよ。今日中に売り切れちまうから持ってきな」
断る理由は思いつかなかった。塩一袋くらいそう重くもないだろうとタカを括って、素直に買った。
これが地味にきつかった。鞄の肩ひもは食い込むし、役場まで五分余計にかかるしで大変だった。部屋に戻って置いてくればよかったと若干後悔した。
月末の集計とミーナの質問攻めで、その日は珍しく残業になった。
サポートさんへの質問もいつもより使いすぎていた。机の裏の正の字を数えると、二十八。
残りは二問だ。
役場を出たときには、もう日が落ちていた。
下宿までは大通りを回ると遠回りになる。裏通りを抜ければかなりの近道だ。
夜の裏通りは店じまいで真っ暗だ。それを承知で入った。
それが間違いだった。
「兄ちゃん、いい服着てんなあ」
前から一人。振り返ると、後ろにも二人。
いい服ではない。役場の支給品だ。でも、そういう話が通じる相手ではなさそうだった。
まずい。
俺には剣の腕もないし、魔法も使えない。足も遅いし体力もない。あるのは残り二問のサポートさんだけだ。
焦った俺は一問目を雑に使った。
《三人を倒す方法》
《その質問にはお答えできません》
……そうだった。
残り、一問。
落ち着け、と自分に言い聞かせる。
質問が上手い奴は仕事ができる。質問が下手な奴は三日寝込む。今回は寝込むだけじゃ済まないかもしれない。
目的と、状況と、条件と、形式。
《夜道で三人組に囲まれそうです。戦わずに、安全に逃げる方法を短く三つ》
《一、大声を出して周囲に知らせてください。二、明るく人の多い方向へ移動してください。三、持ち物は惜しまず手放してください。ご無事を願っております》
これだ。
まずは大声。
前世の防犯講習で聞いた話を思い出す。「助けて」より「火事だ」の方が、人は出てくるらしい。
この世界なら、なおさらだ。火は貴重で、火事は何より怖い。
「火事だああああ!」
俺は腹の底から叫んだ。
一拍おいて、裏通りの窓という窓が一斉に開いた。
「火事だって?」
「どこだ!」
「水だ、水持ってこい!」
三人組がぎょっとしてあたりを見回した。
その隙に俺は走った。
明るい方へ。人の多い方へ。
この時間に一番明るくて、一番人がいる場所なら知っている。いつもの酒場だ。
「待てこら!」
一人が追ってくる。
持ち物は惜しまず手放す。
……財布は惜しい。めちゃくちゃ惜しい。
なので、朝から持ち歩いていた塩の袋を投げつけた。
袋が破れて、白い粉が派手に舞った。追ってきた男が目を押さえて立ち止まる。
ちくしょう。財布よりマシだけど、今日一日苦労して運んでたんだぞ。
割符の刻み目が残ったのが、せめてもの救いか。
「火事はどこだ!」
樽の底の扉を開けた瞬間、ドルフが大きな麺棒を構えて飛び出してきた。
「す、すみません。火事じゃないです」
「じゃあ何だ」
「変な三人組に絡まれて。人を呼ぶには、火事って叫ぶのが一番いいって聞いたんで」
「……紛らわしいことすんな」
「すみません」
ドルフは店の外をじろりと見回した。三人組の姿はもうどこにもなかった。
「座れ」
ドルフは麺棒を置くと、厨房に引っこんでいった。
しばらくして出てきたのは、揚げたての唐揚げだった。
「店のおごりだ。震えが止まるまで食ってけ」
「……ありがとうございます」
手が震えていることに、今ごろ気づいた。
唐揚げはいつもよりしょっぱく感じた。
……いや、手に塩がついたままだった。普通に塩のせいだった。
今日もサポートさんをサポート様と呼ぶべきか迷ったが、やめておいた。
一問目の無駄は、融通の利かないサポートさんにも三割くらい責任がある。
そもそも今日はもう打ち止めで、礼を言う一問も残っていない。
それより、塩を部屋に置いてこなくてよかった。
ベルタさんのおせっかいに命を助けられた。
サポートさんよりベルタさんをベルタ様と呼んだ方がいいかもしれない。
◇ ◇ ◇
翌日、俺は衛兵の詰所に行った。
裏通りの場所、時間、三人の背格好。全部、書類にまとめて提出した。
書類作りなら、俺の本業だ。
一番強いのは暴力じゃない。行政の力だってことを、あの三人に教えてやる。
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