10話:前回の会話
※挿絵にAI生成イラスト画像を使っています。苦手な方はご注意ください。
サポートさんが知らないはずのことを知っていた。
気のせいだと思いたい。でも、気のせいにするにはちょっと具体的すぎるんだよな。
一週間後に半期の締めがある。書記室は半年に一度の、一番忙しい時期に入っていた。
最近は日が短くなってきて、定時頃には手元が見えなくなる。ろうそくは一日に使える本数が決まっているから、日が陰ると窓際の机の取り合いが始まる。
昼までに終わる俺には関係ない話だが、先輩たちは大変そうだ。
俺の担当は、領主様の役所に出す半期の報告書だ。
半年分の税の集計表に、報告文を一枚添えて提出する。表の書式は決まっているが、報告文の方は毎回書く人任せ。これまでの担当者は、思いついた順に書き連ねていたらしい。
読む側はさぞ大変だっただろう。
当然、サポートさんの出番である。
《半期の報告書に添える報告文の構成を考えてください。提出先は領主の役所。内容は半年分の税の集計。読む人は忙しいので、結論を先に。わからない点は、わからないと書いてください》
型どおりの質問だ。我ながら上達したと思う。
《承知しました。以下の構成をご提案します。一、全体の結論。二、区画ごとの集計。三、前の半期との比較。四、次の半期への課題》
完璧だ。文句のつけようがない。
ただ、最後に一行だけ余計な文がついていた。
《なお、押印の際は印影がまっすぐになるようご注意ください。社会人の基本です》
……押印?
この世界にハンコはない。
書類の最後には署名をして、大事なものには封蝋を垂らす。それで終わりだ。
いつもの前世ボケだ。スタンプカードのときと同じで、前世の常識が抜けきっていない。
……と思ったが、最後の一言が引っかかった。
社会人の基本。
前世の総務課長の口癖だ。
印鑑がちょっと斜めなだけで、書類を読まずに突き返してくる人だった。そして突き返すときには、必ず同じことを言った。
「印鑑はまっすぐ。これ、社会人の基本ね」
あのセリフを、前世で俺は何十回聞いただろう。
課長の話をサポートさんに打ち込んだことは一度もないはずだ。
……そう言えば、昔も似たようなことがあったっけ。
五歳の朝。サポートさんが最初に表示したのは、前世で最後に送った企画書の質問への答えだった。
あのときはタイムラグがひどいと笑って済ませた。
一回なら偶然で済む。二回となると、話が違ってくるんじゃないか。
どうしても気になった俺は、一問使って確かめることにした。
《前世の会社のことを、知っていますか》
《その情報は確認できません》
五歳のあの朝と同じ返事だった。
気にはなる。正直、かなり気になる。でも、深追いするのは得策じゃない。
貴重な一日三十問があっという間に消えていく。答えが出るかどうかもわからない質問に、だ。
それに、仮に答えがわかったとして、今の暮らしがよくなるとは限らない。むしろ面倒なことになる気しかしない。
今の生活に不満はない。知らないままの方が気が楽だ。
知らない方がいいことなんて、世の中にごまんとある。上司が出た二次会の結末とか、自分の名前で回っている陰口とか。
◇ ◇ ◇
「半年間、ご苦労だった! 乾杯!」
グラント事務長の声が樽の底の店内に響き渡った。
半期の報告書を無事に出し終えた夜。書記室のみんなで打ち上げに来ていた。
「ほらよ。今日は大皿だ」
ドルフが山盛りの唐揚げをどんとテーブルに置いた。
あの日から、唐揚げは樽の底の看板料理になった。常連たちはドルフが考えた料理だと思っている。
それでいい。
「うまい! ドルフ、これは何度食ってもうまいな!」
「当たり前だ」
事務長とドルフが酒を片手に盛り上がっている。店主が一緒に飲んでいいんだろうか。
俺はその横で唐揚げをつまみながら、ぼんやりとあの一文のことを考えていた。
「テオさん、今日ずっと上の空じゃないですか」
隣の席のミーナが杯を置いて聞いてきた。
「ハンコのことを考えてた」
「ハンコ?」
「……なんでもない」
「なんだテオ、ハンコってのは!」
事務長が耳ざとく割り込んできた。声がでかい。
「まさか、新しい料理か!」
一瞬、心臓が止まりかけた。
唐揚げの件がバレたのかと思ったのだ。
……いや、落ち着け。この人は今、唐揚げを頬張りながら喋っている。
手に持っているものが料理なら、話題も料理になる。ただそれだけの人だ。
野生のカンだけで生きてきたおっさんの当てずっぽうに、いちいち動揺してどうする。
「作れるもんなら作るぞ」
ドルフまで乗っかってきた。
「料理じゃないです」
「じゃあ何だ」
「……名前を彫った、小さい石の棒です」
「石の棒を食うのか!」
「食べません」
話はそのまま、うやむやになった。
「メモしておきます」
「勘弁して」
ミーナがちょっとだけ笑った。
店を出ると、夜風が少し冷たかった。
見上げると、星がやけに多い。前世の空とは、たぶん星の並びも違うんだろう。
今日の残りはあと一問。
俺は心の中で打ち込んだ。
《おやすみ》
《おやすみなさい。また明日も、前回の続きからお手伝いします》
前回の続き。
報告書の続き……は、もう出したな。
じゃあ、何の続きだ。
まあ、いいか。
考えるのはやめた。
明日も昼までに仕事を終わらせて、昼寝をするんだから。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、下の☆マークから評価と応援をお願いいたします。
作者が泣いて喜びます。
毎日更新頑張りますので、ブックマークをしていただけると嬉しいです。
また作品に対する感想、助言などお待ちしております。




