6話:匿名の相談箱
※挿絵にAI生成イラスト画像を使っています。苦手な方はご注意ください。
商売の知恵ってやつは配ると儲かる。配った本人以外が。
俺は別に儲からなくていい。近所の店が潰れないでいてくれれば、それで十分だ。
下宿から歩いて一分のところに小さな雑貨屋がある。人がすれ違うのがやっとの路地の途中だ。
店には塩、豆、ろうそく、油。暮らしに要るものが一通り揃っていて、しかも市場より少し安い。
一人暮らしの俺にとっては生活の要と言っていい店だ。
その店が最近あきらかに傾いている。
棚はスカスカ。値札は付いていたり付いていなかったり。客は俺以外ほとんど見かけない。
店主のことが心配……というのも、まあなくはない。美人だし。
でも本音を言えば、自分のためだ。あの店が潰れたら、塩一袋のために市場まで二十分歩くことになる。
往復四十分。それは困る。非常に面倒くさい。俺は楽したいんだ。
「塩ひと袋ください」
「はいよ。いつもありがとね」
「最近どうです?」
「見ての通りさ。お客さんが減っちまってね」
「市場の方に取られてる感じですか」
「さあねえ。何が悪いのか、あたしにもよくわかんないんだよ」
この愛想はいいけど商売はあんまり上手くない女主人が、ベルタさん。
旦那さんに先立たれてから、一人でこの店を切り盛りしているらしい。小さい息子さんもいて、生活は苦しいはずだ。
塩を受け取るついでに店の中を見回すと、隅の方に木箱が置いてあった。
ほこりをかぶった箱の上に、かすれた字で「ご意見箱」と書いてある。
「ベルタさん、あれは?」
「ああ、昔来た旅の商人に言われて置いたんだよ。お客の声を聞けってさ。でも誰も入れやしない」
「へえ。変なことを考えるものですね」
「そうだねえ」
……これだ。
その夜、俺は下宿でサポートさんに相談した。
もちろん、この前更新したばかりの質問の型で。
《小さな雑貨屋の売り上げを上げる方法を三つ、店主への手紙の形で書いてください。店主は読み書きはできますが、計算は苦手です。紙とインクは高価です。パソコンも印刷機も冷蔵庫もありません。わからないことは、わからないと書いてください》
《承知しました。以下の三点をご提案いたします。
一、在庫を定期的に数え、よく売れる商品を把握する。
二、よく売れる商品を入口の近くに置く。
三、スタンプカードを導入し、常連客を増やす。》
一と二はそのまま使えそうだ。
問題は三つ目。スタンプカードである。
紙とインクが高いと伝えたのに、紙のカードを配ってスタンプを押せと言ってくる。前世の常識が抜けきっていない。
まあいい。方向性は合ってるはずだ。もう一問使って聞き直した。
《紙もインクも使えません。代わりの方法はありますか》
《木の札に焼き印を押す方法が考えられます》
焼き印。スタンプカードよりもダメだ。
客が来るたびに鉄を火で熱していたら、薪がいくらあっても足りない。この世界では火は貴重なのだ。
鍛冶屋ならいけるかもしれないが、雑貨屋では無理筋だ。
三問目でようやく使える答えにたどり着いた。
《火も使えません。例えば、刃物で木に刻み目を入れる方法はどうでしょうか》
《良い方法だと思います。割符という仕組みが参考になります。一本の木札を縦に割り、店と客が半分ずつ持ちます。買い物のたびに二枚を合わせて、刻み目を一本入れます》
割符。前世の歴史の授業で聞いたような、聞いてないような。確か勘合貿易だったか?
二枚を合わせて刻むから、客が自分の札に勝手に刻み目を足しても店の札と合わずにすぐばれる。道具はナイフ一本でいい。
完璧だ。
……まあ、刻み目って言い出したのは俺だ。半分くらいは俺の手柄ってことにしておこう。
ついでに気づいたが、これは俺が机の裏に書いている正の字と同じ発想だ。
結局、俺は線を数えて生きているってことだな。
あとは手紙を清書するだけだ。
サポートさんの下書きを写していくと、最後の一行でペンが止まった。
《ご不明点がございましたら、お気軽にお問い合わせください》
匿名の手紙に問い合わせ先ってなんだよ。匿名の意味がないじゃないか。
その一行は消した。
もう一つ、困ったことがある。
俺は役場の書記だ。俺の書いた字はいろんな人に見られている。いつもの字で書いたら、どこかでバレるかもしれない。
なので左手で書くことにした。
一枚目。自分でも読めない。
二枚目。紙の上でミミズがのたうち回っている。
三枚目。ギリギリ読める。採用。
高い紙を二枚も無駄にした。匿名って、コストと手間がかかるもんだなあ。
翌日、豆を買いに行った。
ベルタさんが奥へ量りを取りに行った隙に、畳んだ手紙をご意見箱に落とす。
音がしないように、そっと。役場の見回りをやり過ごすより緊張した。
◇ ◇ ◇
それから一ヶ月。
店の入口には塩と豆の袋がきれいに並ぶようになった。値札も全部に付いている。
レジの横……じゃない、帳場の横には半分に割られた木札の束がぶら下がっていた。
「いらっしゃい! あら、あんたかい」
「どうも。なんか、繁盛してますね」
「そうなんだよ! 聞いておくれよ。ご意見箱にね、手紙が入ってたんだ」
「へえ」
「誰だか知らないけど、字は下手なのに中身はすごくってさ。神様みたいな人だよ」
「よかったですね」
字が下手なのはしょうがないでしょ。左手なんだから。
……と言いたいのをぐっとこらえる。
ここで名乗り出たらどうなるか。ベルタさんは喜んで、近所中に言いふらすだろう。そのうち、よその店からも相談が来る。
褒められて、名前を覚えられて、頼られる。そして俺は調子に乗って、やらなくてもいいことに手を出すわけだ。
その末路は前世で嫌というほど知っている。
「あんたも札、作っとくかい? 十回買ったら一回割引だよ」
「じゃあ、お願いします」
ベルタさんは木札を二つに割ると、合わせた二枚に刻み目を一本入れてくれた。
俺の札に入った最初の一本だ。
俺は儲からなくていい。
客として、十回に一回割引してもらえればそれでいい。
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