4話:キノコに負けた
※挿絵にAI生成イラスト画像を使っています。苦手な方はご注意ください。
この街の市場は野菜がやたらと高い。
でも森まで行けば、タダで似たようなものが手に入る。
というわけで休日の朝、俺は街の外の森にいた。目的は山菜採りである。
街の門を出て川沿いに一時間。役場までの道の四倍は歩いている。
家賃は月に銀貨一枚。おかず代は浮かせられるだけ浮かせたい。
楽して安く、うまいものを食う。休日の過ごし方としては百点だと思う。
……と偉そうに言っているが、山菜採りを始めたのは最近のことだ。
村にいた頃、山菜もキノコも採ってくるのは父さんと母さんの仕事だった。
子どもは森の奥に入るなと言われていたし、俺も素直に守っていた。森は虫が多いし、正直めんどくさかったので。
食卓に並んだものをありがたく食べるだけ。どれが食べられて、どれがダメなのか。そんなことは考えたこともなかった。
前世はもっとひどい。山菜なんて、スーパーのパックか天ぷら屋でしか見たことがない。
だから今の俺の山菜知識は全部大家のおばあさんの受け売りである。
森に入ってしばらく歩くと、沢沿いの斜面にお目当てのものが生えていた。
まずは巻き芽。くるんと丸まった若芽で、前世でいうぜんまいに似ている。茹でてアクを抜けば、歯ごたえがいい。
次に苦葉。名前のとおり苦い。でもおひたしにすると、この苦さが酒に合うんだよな。
沢の水際には沢ニラが群れて生えていた。ちぎるとニラそっくりの匂いがして、卵と炒めると最高にうまい。
「匂いがしないのは摘むんじゃないよ。似た毒草があるからね」
おばあさんにはそう言われている。だから一本ずつちぎって、一本ずつ匂いを嗅ぐ。地味な作業だ。
籠が半分ほど埋まった頃には、腰が痛くなっていた。
でも今晩のおかずが三品決まったと思えば、安いものである。
摘むのはおばあさんに教わったものだけ。ここまでは完璧だった。
倒木の根元で、それを見つけるまでは。
茶色くてずんぐりしたキノコだった。前世のスーパーで売っていたやつによく似ている。
キノコだけはおばあさんに教わっていない。「キノコは難しいから、あんたにはまだ早いよ」と言われていたのだ。
正直、めちゃくちゃうまそうだった。
《以下の特徴のキノコは食べられますか? 傘は茶色で手のひらほど。裏は白っぽいひだ。柄は太くて、割ると白い》
《ご質問ありがとうございます。お伝えいただいた特徴は、シイタケと一致します。シイタケは食用です。バター焼きがおすすめです》
シイタケのバター焼き。大変いい響きだ。
サポートさんはこの世界のキノコを知らない。前世のキノコから似たものを探して、それっぽく答えているだけだ。
そんなことは百も承知だった。でもその日の俺の頭は、シイタケのバター焼きでいっぱいだったのである。
下宿の台所は一つきりで、使うときは大家のおばあさんに一声かける決まりになっている。
こういうときに限って、おばあさんは留守だった。
待てばよかった。でも待てなかった。薪を足して、すぐに焼いた。
うまかった。最高にうまかった。
ここまでは。
◇ ◇ ◇
その夜から、腹が大変なことになった。
布団とトイレの往復。寝ては起きて、起きては走る。それが三日続いた。
二日目の夜、俺は布団の中で打ち込んだ。
《あのキノコ、毒だったんだけど》
《前回の回答に誤りがありました。深くお詫び申し上げます。念のため、医療機関の受診をおすすめします》
ほらこれだよ。
前世でもそうだった。存在しない関数を堂々と教えられて、一時間溶かしたことがある。
聞き直すたびに「失礼しました」と謝ってくれる。そしてまた別の存在しない関数を出してくるわけだ。
まったく、謝り方だけは一流なんだよな。
この世界、気軽に受診できる医療機関なんてない。教会で神官様に浄化をかけてもらうには、金貨がいる。
一般人は民間療法に縋るしかない。そもそも、受診しに行く体力があったらこんなに苦労してない。
「あんた、生きてるかい」
三日目の昼、大家のおばあさんが様子を見に来てくれた。
部屋に転がっていたキノコの切れ端を見るなり、おばあさんは言った。
「こりゃ腹下しダケだよ。この辺の子どもなら誰でも知ってる」
「……誰でも、ですか」
「傘の裏をこすると、ちょっと黄色くなるだろ。それが目印さ」
「知らなかったです」
「食べる前に、あたしに聞けばよかったんだよ」
「本当に、そう思います」
「ま、腹下しで済んでよかったね。ほれ、薬湯だよ」
「すみません」
おばあさんは湯気の立つ椀を置いて、さっさと帰っていった。
一人暮らしの若いのを放っておけない性分らしい。こういうところは本当に頭が上がらない。
薬湯は苦かった。でも少し楽になった。
結局、サポートさんより大家のおばあさんの方が正しかったわけだ。この世界のキノコのことは、この世界に住んでいる人が一番よく知っている。
AIの答えは七割くらい正しい。残りの三割は、正しそうに聞こえるだけだ。
だからAIの答えは下書きだ。清書するのは俺。裏を取るのも俺。
前世なら検索すれば裏は取れた。でもこの世界に検索窓はない。あるのは人に聞くという、原始的で確実な方法だけだ。
……まあ、人に聞くと「なんでそんなこと知りたいんだ」と聞き返されるのが面倒なんだけどな。
それでも三日寝込むよりはずっとマシだ。
◇ ◇ ◇
四日目の朝、俺はようやく出勤した。
「テオさん、三日も休んで何してたんですか」
席に着くなり、ミーナに聞かれた。
「キノコに負けた」
「……キノコに」
「うん。完敗だった」
「メモしておきます」
情けないから、メモしないでほしい。
今日の晩飯は肉にしよう。キノコはもういい。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、下の☆マークから評価と応援をお願いいたします。
作者が泣いて喜びます。
毎日更新頑張りますので、ブックマークをしていただけると嬉しいです。
また作品に対する感想、助言などお待ちしております。




