3話:丁寧な新入社員
※挿絵にAI生成イラスト画像を使っています。苦手な方はご注意ください。
俺のギフトはとにかく丁寧だ。
この国では十歳になると、教会で祝福の儀というのを受ける。神官がギフトを読み取って、帳面に記録してくれる。
この帳面に名前とギフトが載ることで、ようやく平民としてカウントされるわけだ。
俺のギフトは《問答》と記録された。
問えば答える。以上。
神官も「ふむ、問答ですか」とだけ言って、すぐに次の子の名前を呼んでいた。
剣技だの火魔法だの、派手なギフトの子はその場で騎士団や魔術師に声をかけられる。俺は誰にも声をかけられなかった。
正直、ほっとした。地味な名前って最高だ。
そんな《問答》、俺が呼ぶところのサポートさんにできることをざっと紹介しておこう。
まず、前世で調べられたことはだいたい答えてくれる。
計算、文書の書き方、料理のレシピ、病気の基礎知識。前世でスマホに聞いていたようなことはほぼ全部だ。
月末の集計が三十分で終わるのも、ギフトのおかげである。
ただし、この世界のことは何も知らない。
試しに聞いてみたことがある。
《この街の市場税の税率を教えてください》
《申し訳ございません。その情報は持ち合わせておりません。お住まいの自治体の窓口にお問い合わせください》
その窓口で働いてるのが俺なんだが。
サポートさんが知っているのは前世の知識と、俺が見聞きして打ち込んだことだけ。帳簿の数字をいちいち心の中で読み上げているのはそういうわけだ。
頭はいいけど、この職場のことは何も知らない新入社員。それが一番近いと思う。
しかも厄介なことに、いつも素直に「知らない」と言うわけじゃない。知らないことでも、たまに知っている体で答える。それもこっちが気がつかないほど丁寧に。
前世でハルシネーションって呼ばれてたやつだ。
そしてもう一つ。一日に聞ける数には限りがある。
さて、ここで問題です。
一日三十問しか聞けないAIに「今日の晩飯、何にしよう」と聞くのは賢いでしょうか?
正解は、賢くない。
でも俺はうっかり三回やった。三回とも「お好みや冷蔵庫の中身によります」と返された。
冷蔵庫なんてこの世界にはないんだよ。
長い質問でも短い質問でも、一問は一問。夜明けになるとまた三十問に戻る。
だから帳簿の数字は区画ごとにまとめて、一問で流すことにしている。
ついでに机の端には小さく正の字を書いて数えている。これがないと、午後の大事なときに限って打ち止めになって詰むのだ。
前回詰んだときは腹痛ってことにして早退した。毎回使える言い訳じゃない。心の平穏のためにも安全マージンは取っとかないとな。
◇ ◇ ◇
「テオ! ちょっといいか!」
月初めの朝。書記室にグラント事務長の声が響いた。
嫌な予感しかしない。この声量で呼ばれるときは、だいたい面倒ごとがセットでついてくる。
事務長の後ろに見慣れない女の子が立っていた。
「今日から入った新人だ。お前が面倒を見てやれ!」
「……俺がですか」
「お前が一番、仕事が丁寧だからな!」
「いや、丁寧ってほどでも」
「頼んだぞ!」
断る隙はなかった。事務長は用件だけ言うと、足音を響かせて去っていった。
新人の面倒を見る。つまり、仕事が増える。
昼寝の時間が音を立てて削れていく気がした。
「ミーナです。よろしくお願いします」
「テオです。まあ、ほどほどによろしく」
「ほどほど、ですか」
「最初から全力だと疲れるからね」
「……はい。メモしておきます」
恥ずいから、メモしないでほしいんだけど。
この妙に真面目な新人が、ミーナ。十七歳で役場の採用試験を通ってきたらしい。
今まで二十四歳の俺が最年少だった。つまり細々とした雑用は全部俺に回ってきていた。
後輩ができれば、その雑用が半分になるかもしれない。そう考えると指導係も悪くない……かな。
ミーナは几帳面で覚えが早い。そしてやたらとよく見ている子だった。
指導は役場の説明から始めた。
役場は石を積んだ古い建物で、書記室は北側の一番奥にある。夏はひんやりして過ごしやすい。冬は外より中の方が寒い気がする。
「だから、冬は室内で着る防寒着が必須だね。俺も先輩から言われて初任給で買ったよ」
「……はい。メモしておきます」
これはメモしていい。ないと命にかかわる。
次は帳簿の付け方を教えた。
ミーナは計算盤を弾くのが速い。前世の同期で算盤の段持ってたやつより、たぶん速い。
それでも一枚の集計にはそれなりに時間がかかる。俺は横で帳簿を眺めながら、サポートさんに数字を流していた。
「テオさん、もう終わったんですか?」
「え? ああ、うん。計算が得意でさ」
「計算盤、一回も触ってませんでしたよね」
「暗算が、すごく得意でさ」
「……そうですか」
納得していないのは声の低さでわかった。
昼過ぎには別のことを聞かれた。
「この模様、なんですか?」
ミーナが机の端の正の字を指差している。今日の分はもう二十を超えていた。新人に教えるついでに、いつもより質問が増えていたのだ。
「それで数を数えてるんだ」
「何の数ですか?」
「……今日飲んだ水の数」
「多くないですか」
「体を大事にしてるんだ」
苦しい。自分でも苦しいと思う。
夕方。最後の書類の書式をサポートさんに確認してもらった。
《書式に問題はありません。ほかにお手伝いできることはございますか?》
「ありがとう」
声に出ていた。しかも軽く頭まで下げていた。
前世の癖だ。画面の向こうに誰もいないとわかっていても、つい礼を言ってしまう。日本人の悲しい習性である。
隣の席でミーナのペンが止まった。
「……テオさん、さっきから誰と喋ってるんですか」
「独り言が多いタイプなんだ」
「今、お辞儀してましたよね」
「独り言にも礼儀は大事だから」
「そういうものですか」
「そういうものです」
ミーナはしばらく黙って俺を見てから、またペンを動かし始めた。
あれはたぶん、メモしている。
◇ ◇ ◇
帰り支度をしていると、廊下からミーナの声が聞こえてきた。
「事務長。テオさんって、なんというか……仕事中ずっと誰かに相談してません?」
「テオか? あいつは真面目だからな! ガッハッハ!」
「真面目、なんですかね……」
「真面目だとも!」
答えになっていない。でも、それでいい。
あの事務長がいる限り、俺の平穏はたぶん安泰だ。
……正の字は明日から机の裏に書くことにしよう。
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