15話:慣れた頃が一番危ない
※挿絵にAI生成イラスト画像を使っています。苦手な方はご注意ください。
最近の俺は、正直かなり調子がいい。
王都の監査は通った。ミーナという味方もできた。
質問の型もすっかり体に染みついている。目的、状況、条件、形式、それから「わからない点は、わからないと書いて」。考えなくても、頭が勝手に組み立ててくれる。
おかげでサポートさんの答えが外れることもめっきり減った。アップデートでも入ったみたいだ。
街では収穫祭が近づいていた。
通りにはもう縄が張られて、露店の場所が区切られている。
祭りの期間、市場はいつも以上ににぎわう。いつもの露店に加えて、申請料さえ払えば誰でも店を出せるのだ。
申請料を取るかわりに、祭りの週は市場税がかからない。領主様の粋な計らいってやつだ。
店を出す側からすれば、申請料を払えばあとは儲け放題である。収穫祭にかける意気込みは半端ない。
農家のおかみさんが漬物を、子どもが拾った木の実を、隠居したじいさんが自作の木彫りの鳥を並べる。そんな感じだ。
漬物は去年うまかったから、今年も買うつもりだ。木の実は自分で拾えるから買わないかな。鳥が売れているところは見たことがない。
市場税の集計はいつも通り俺の担当だ。祭りの月は申請の書類も増えるので、書記室はそれなりに忙しくなる。
祭りは好きだ。見て回る分には。
働く側としては、正直ちょっと気が重い。
◇ ◇ ◇
祭りを来週に控えた日。先輩が出店申請の束を俺の机に置いていった。
「任せた」
「……それだけですか」
「それだけだ」
相変わらず説明が短い。まあ、もう慣れている。
月末の集計の段取りも、今のうちに組んでおくことにした。早めに組んでおけば、あとで楽ができる。
俺はいつものように、サポートさんに段取りを考えさせた。
《市場税の集計の段取りを考えてください。対象は今月一ヶ月分。露店ごとの売り上げから税額を出し、区画ごとに合計します。手順を短く。わからない点は、わからないと書いてください》
書き終えても読み返しはしなかった。毎月ほとんど同じ質問をしているからだ。
《承知しました。以下の手順をご提案します。一、露店ごとの売り上げを帳簿から拾う。二、税率をかけて税額を出す。三、区画ごとに合計する。四、検算する。なお、期間中に特別な取り扱いのある日がある場合は、ご確認ください》
いつも通りのきれいな手順だ。
最後の一文はいつもの注意書きだろう。サポートさんはとにかく念を入れたがる。
そこだけ読み飛ばして、段取りの紙を書き上げた。
一瞬、ミーナとの約束が頭をよぎった。確かめるなら、一人より二人。
……でも、毎月やっている集計だ。確かめるまでもないだろう。
◇ ◇ ◇
「テオさん、これ、清書していいやつですか」
翌日、ミーナが段取りの紙を手に取った。
「うん。頼む」
ミーナは紙に目を落として、途中で止まった。
「……テオさん。今月って、来週の収穫祭が入ってますよね」
「ん?」
「あの週は無税ですよ。かわりに、申請料の方をまとめるんです」
「……あ」
頭の中が真っ白になった。
知っていた。知っていたのに。
出店申請の束は、昨日からずっと俺の机の上にある。
俺の段取りでは、今月の売り上げを丸ごと集計して、全部に税をかけることになっている。祭りの週の分もまとめてだ。
このまま出していたら、どうなっていたか。
祭りに店を出した全員に、払わなくていい税の請求が届く。
漬物のおかみさんたちが書記室に押し寄せてくる。木彫りの鳥のじいさんも来る。たぶん、鳥を持って。
しかもサポートさんはちゃんと言っていた。
期間中に特別な取り扱いのある日がある場合は、ご確認ください。
俺がそれを読み飛ばしただけだ。
悪いのはサポートさんじゃない。考えるのをやめていた、俺だ。
仕事がうまくいって、浮かれて、確かめずに歩きだす。
前世で死んだ夜と同じ流れだった。
今回は赤信号の手前で止まれた。
止めてくれたのはミーナだった。
「確かめさせてくださいって、言いましたよね」
段取りを書き直していると、隣からミーナの声がした。
「……言われました」
「メモしておきます。テオさんが調子に乗った日、と」
「……それは、メモしていい」
ミーナのペンがさらさらと動いた。
口に出してメモを許したのは、これが初めてだ。それがこの一行か。まあ、仕方ない。
今年の収穫祭は、段取りをちゃんと直してから客として回ろう。
働く側じゃなくて。
……木彫りの鳥も、一個くらい買ってやるか。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、下の☆マークから評価と応援をお願いいたします。
作者が泣いて喜びます。
毎日更新頑張りますので、ブックマークをしていただけると嬉しいです。
また作品に対する感想、助言などお待ちしております。




