14話:メモ帳の中身
※挿絵にAI生成イラスト画像を使っています。苦手な方はご注意ください。
ミーナに正面から聞かれた。
いつか来るとは思っていた。思っていたよりずっと正面からだった。
監査の翌週の午後。
俺はいつものように書類の山の陰で昼寝をしていた。
入口から見て、頭がちょうど半分隠れる高さ。三ヶ月かけて角度を研究した自慢の山である。
書記室は北向きで、直に日が差すことはない。それでも昼のあいだは窓際の机だけが明るくて、書類を干すのもそのあたりだ。書記室で一番人気の場所でもある。
俺の机はそこじゃない。窓から遠くて、書類は乾きにくいし冬は寒い。誰も寄りつかない。昼寝にはそっちの方が大事だ。
「テオさん、起きてください」
山の向こうから声がした。
「話があります」
……バレていた。
昼寝がバレていた。
話の中身より先に、そっちに衝撃を受けた。
ミーナは俺の向かいに座ると、小さなメモ帳を開いた。
入ってきたときから、ずっと手に持っていたやつだ。
「確認させてください」
「……どうぞ」
「一つ。テオさんは計算盤に一度も触らないのに、集計が書記室で一番速いです」
「暗算が得意だからさ」
「二つ。机の端にあった正の字が、ある日から机の裏に移りました」
「……裏まで見たの?」
「見ました」
見たのか。
なんか、ミーナの圧が強くなっている気がする。
「三つ。何もないところに向かって、お辞儀をしていました。三回確認しています」
「三回も見られてたのか」
「四つ。あの集計表を最初に使っていたのはテオさんです」
「……」
一つ読み上げられるたびに、逃げ道が一本ずつ消えていく。
「五つ。監査の台本を、一日で書きました」
五つ目で完全に塞がれた。
ミーナはメモ帳を閉じて、まっすぐこっちを見た。
「責めてるわけじゃないです。ただ、知りたいだけです」
さて、どうするか。
ここでごまかせば、ミーナはもっと調べるだろう。この子はそういう子だ。
あれこれ探られる方がよっぽど面倒くさい。
それに表彰のときも監査のときも、ミーナは知っていて黙っていてくれた。
……半分だけ、話そう。
全部はまだ無理だ。
「ミーナもギフト、持ってるだろ」
「はい。私のは地味なので、内緒ですけど」
「……俺のも地味だよ。《問答》っていうんだ。教会の帳面にも、ちゃんと載ってる」
「問答」
「心の中で質問すると、答えが文字で返ってくる。俺にしか見えないけどね」
「……それで、計算盤を使わないんですね」
「そういうこと。ただし、一日に三十問まで」
「正の字は、その数だったんですね」
「正解」
ギフトの名前は教会の記録に残っている。調べようと思えば、誰でも調べられる話だ。
だから、ここまでは話しても大丈夫。俺の中の計算はそうなっていた。
ミーナは少し考えてから言った。
「試しに、私の質問もしてもらえますか」
「いいけど、何を聞く?」
「明日の天気」
それはダメな質問だ。前に一度、試したことがある。
《明日の天気を教えてください》
《お住まいの地域の天気予報をご確認ください》
天気予報って、この世界のどこにあるんだよ。
過去のサポートさんに心の中でツッコミを入れてから、ミーナに向き直った。
「たぶん、わからないって返ってくるよ」
「わからないこともあるんですね」
「けっこうある。あと、ときどき意味のわからない言葉が混ざる」
「たとえば?」
「……ハンコ、とか」
「あ。打ち上げのときの」
覚えていたらしい。さすがだ。
「じゃあ、唐揚げの作り方で」
よりによって唐揚げか。
まあいい。実際に聞いてみせた方が早い。
《唐揚げの作り方を教えてください》
《承知しました。鶏もも肉を一口大に切り、醤油、酒、おろし生姜、おろしにんにくで下味をつけます。片栗粉をまぶし、百七十度の油で揚げてください》
俺はそのまま読み上げた。
「しょうゆ。かたくりこ。ひゃくななじゅうど……」
ミーナが一語ずつ繰り返して、首をかしげた。
「ほら。意味のわからない言葉が混ざるだろ」
「本当ですね。でも、唐揚げなのは確かなんですね」
「まあね」
「樽の底の唐揚げと、同じ料理ですか」
「……たぶんね」
ミーナは何も言わずに、メモ帳に何か書き足した。
何を書いたのかは、聞かないでおいた。
「道理で、独り言が多いわけです」
ミーナはあっさり納得した。驚かれるよりずっと気が楽だった。
「一つ、聞いてもいいですか」
「どうぞ」
「その答えは、どこから来るんですか」
「それは、俺にもわからない」
これは本当だ。
嘘をつかずに済む質問で助かった。
「誰にも言いません」
ミーナはきっぱりと言った。
「ありがとう」
「その代わり、一つお願いがあります」
「……何?」
「答えが合ってるかどうか、私にも確かめさせてください。キノコで失敗したのもこのギフト関係ですよね?」
バレてる。
「……正解です」
「この街のことなら、私の方が詳しいので。生まれも育ちもここですから。それに、確かめるなら一人より二人の方が確実です」
前世の常識や言葉が混ざるギフトだ。それに俺は村の出で、この街に来てまだ数年しか経っていない。
この街のことは、この街で育った人に聞くのが一番確かだ。キノコのときから、ずっとそう思っていた。
「……それは、助かる」
「決まりですね」
ミーナが少しだけ笑った。
帰り際、メモ帳を少しだけ見せてもらった。
最初のページから、びっしりと字が並んでいる。
計算盤、使わず。正の字、増える。空中にお辞儀、一回目。二回目。三回目。
そして最新のページには、こう書いてあった。
テオさんの昼寝の場所、判明。
……そのメモ、やっぱり怖い。
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