13話:王都からの監査
※挿絵にAI生成イラスト画像を使っています。苦手な方はご注意ください。
役場に監査が入ることになった。
手柄には褒美と責任がセットでついてくる。異世界でもそれは同じらしい。
「王都から監査官が来るそうだ」
朝一番、グラント事務長がいつになく小さい声で言った。小さいといっても普通の人の大声くらいはあるけど。
書記室がしんと静まり返った。誰も口は開かないが、何人かが同時に羽根ペンを置いた。
監査の理由を聞いて、俺は頭を抱えたくなった。
事務長が領主様から表彰された件が王都まで伝わった。そこまではいい。
問題は、王都の役所がそれを「怪しい」と受け取ったことだ。
こうならなければいいなとは思っていた。ただ、予想というのは最悪がくるものらしい。
まあ、王都の判断も正しいと言えば正しいんだよな。
パソコンもなければ、印刷機もないこの世界。そうそう数字が綺麗になることはない。ヒューマンエラーはつきもので、王都の役人はそのミスを見つけるのが仕事と言っても過言ではない。
名前も知らない田舎の役場で、ある日を境に帳簿が急に正確になった。となれば、その帳簿は誰かが帳尻を合わせている。そう見られても仕方ないわけだ。
正確になったら疑われる。役所というのは、どこの世界でも疑り深いらしい。
さて、困った。
いや別に俺は不正をしているわけじゃない。今の書記室の面々で不正をしそうなやつも見当たらない。
そっちじゃなくて集計表の方だ。あの集計表を考えたのは、表向きは事務長ということになっている。俺がギリギリのところでそういうことにした。
つまり事務長は集計表の仕組みを説明できない。考えていないのだから当然だ。
監査官に突っ込まれて、事務長が答えに詰まったらどうなるか。
「では、本当は誰が考えたのか」
そう掘り返されるに決まっている。
掘って、掘って、行き着く先は俺だ。
事務長を守るためじゃない。俺は昼寝を守るため腹をくくった。
前世の総務課には、年に一度の地獄があった。
株主総会の想定問答集づくりである。
部長が壇上で困らないように、聞かれそうな質問と答えをあらかじめ全部書き出しておく。答えは部長が読めるように一行にする。
まさか、あの経験が異世界で役に立つとは思わなかった。
《王都の監査官が、役場の新しい集計表について質問してきます。想定される質問を十個と、それぞれ一行で言える答えを考えてください。答える人は細かい説明が苦手です。わからない点は、わからないと書いてください》
《承知しました。以下のとおりご提案します。一、なぜ区画ごとに欄を分けたのですか。答え、見間違いを減らすためです……》
出てきた答えを、事務長の口に合うように直していく。
丁寧な言い回しは全部削る。長い説明も削る。最後に「!」をつける。
区画ごとに欄を分けた理由は? 見間違いを減らすためだ!
検算の欄を作った理由は? 二度確かめれば、間違いは減る!
これで、事務長でも言える。たぶん。
問題は清書が間に合わないことだった。
「ミーナ、ちょっと手伝ってくれない?」
「はい。何を写せばいいですか」
「これ。事務長の台本」
ミーナは紙の束を受け取って、しばらく黙って読んでいた。
それから、俺の方をじっと見た。
「……テオさん、これ全部、今日一日で考えたんですか」
「いや、まあ、前にも似たようなことを」
「前って、いつですか」
「……写すの、お願いできる?」
「はい」
ミーナは素直にペンを取った。
でもペンを動かしながら、ときどき俺の方を見ていた。
手分けしたおかげで、台本の清書は間に合った。その夜、事務長は台本を抱えて帰っていった。
最後の行には「ガッハッハ!」まで書いておいた。念のためだ。
◇ ◇ ◇
当日の朝は、役場じゅうで書類の置き場所を入れ替えていた。見せる棚と見せない棚を分けるのだ。
不正を疑われている監査で、見せない棚を作るのはどうなんだろう。
王都の監査官は昼前にやってきた。
中年の痩せた男だった。表情がまったく動かない。声の抑揚もない。いかにも切れ者の役人という風貌だ。
記録係として同席した俺は、隅の机で羽ペンを握りしめていた。
「では、監査を始めます。この集計表はどなたの発案ですか」
「俺だ!」
よし。台本通りだ。いいぞ、事務長。
「区画ごとに欄を分けた理由は」
「見間違いを減らすためだ!」
「検算の欄を設けた理由は」
「二度確かめれば、間違いは減る!」
「……なるほど」
順調だった。事務長は一度もつっかえずに、台本の答えを返していく。
このまま終わってくれ。俺は心の中で祈った。
「最後に一つ」
監査官が集計表の右端を指で叩いた。
「検算の欄を右端に置いた理由は?」
台本にない。
俺の背中を冷たい汗が流れていった。
事務長が口を開けたまま固まっている。
まずい。非常にまずい。
一拍、二拍。
事務長はぐっと胸を張った。
「右利きの人間が多いからだ! 最後に、右手で確かめる!」
……え?
監査官はしばらく黙って検算の欄に指を置き、集計表を見つめていた。
「……合理的ですね」
通った。
本当の理由は、サポートさんに数字を読み上げるとき、最後に右端を見るのが楽だったからだ。自分がやりやすいようにしか作っていない。
でも、たぶん事務長の理由の方が正しい。
野生のカンだけで生きてきたおっさんは、ときどき本物を引き当てる。
監査は何事もなく終わった。
帰り際、監査官は無表情のまま、一言だけ言い残していった。
「王都でも、この書式の採用を検討します」
胃がきゅっと縮んだ。
この街から出ていった話は、もう俺には止められない。
「グワッハッハ! 聞いたか、テオ! 俺の説明が良かったな!」
「そうですね」
「王都だぞ、王都! グワッハッハッハ!」
台本にない笑い方だった。
たぶん、本心なんだろう。
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