第九話 赤いマントの後ろをついていった
私は今日、倒れていない。
・・・なんと倒れていない。
この事実を自分の中で転がすのに、少し時間がかかった。慣れていないからだ。当然だ。これまで百万回以上倒れてきた。倒れていることが正常で、立っていることが異常だとすれば、今この瞬間、私は生まれて初めて異常になった。異常になった記念すべき朝に言うべき言葉を、私は持っていない。「おめでとう」と言う者もいない。当然だ。誰も知らない。私が昨日まで倒れていたことも、今日立ったことも、この村の誰の記録にも残らない。静かなものだ。百万回分の呪縛が解けた朝は、鳥の声すらいつもと同じだった。
気づいたら、立っていた。
正確に言えば、気づいたら薬草を摘んでいた。摘んでいた、というのは——茂みに向かって歩いていた、ということで——歩いていたというのは——立っていた、ということだ。順番が逆になった。結論から言えば、私は今朝、立って、歩いて、薬草を三本、自分で摘んだ。百万回も「誰かに」頼み続けた薬草を、今朝、自分の手で摘んだ。
小さかった。
薬草が、こんなに小さいとは思わなかった。倒れた目線からはもっと大きく見えていた。近づいてみると、草だった。ただの草だった。百万回も私の視界の中心にあったそれが、ただの草だった。これについて何か気の利いたことを言いたいが、今日のところは保留にする。保留事項がまた増えた。保留事項の山が私の中でそろそろ雪崩を起こしそうだが、今日は別の話がある。
赤いマントが、視界に入った。
村を歩く者の中に、赤いマントを着た者がいた。金髪でも茶髪でもなく、マントが赤かった。それだけだ。それだけのことなのに、目が離せなかった。なぜ赤いマントを目で追ったのか、分析しようとして、答えが出た。目立ったからだ。それだけだ。英雄的な理由はない。百万回倒れてきた男の初めての自由な視線が向かった先が「目立つ赤いマント」だったとすれば、私の審美眼は非常に素直だということになる。素直すぎて泣けてくる。泣かないが。
気づいたら、後ろをついていた。
尾行と言えば聞こえが悪い。散歩と言えば聞こえが良い。実態は尾行だ。目的はない。赤いマントが何者かも知らない。どこへ行くかも知らない。知らないまま、ついていった。足がそうした。足に意志があるのかどうかは不明だが、今日の足は非常に主体的だった。頼んでもいないのに動いた。百万回動かなかったくせに、今日に限って誰にも頼まれていないのに動いた。設計者に問いたい。問えないが。
歩きながら、気づいたことがある。
村が、広い。
倒れていた頃、私の世界は「茂みまでの距離」と「通り過ぎる者の背中」だけだった。それが今日、村全体が見える。家がある。井戸がある。人が複数いる。方向がある。これだけのものが、あの場所からは見えなかった。見えていたはずなのに、見ていなかった。倒れた目線と立った目線では、見えるものが違う。当然だ。当然のことを、今日初めて体で知った。
振り返った。
私がいた場所が、見えた。
村の外れの、あの場所。茂みの手前、地面が少しくぼんでいる。あそこだ。あんな端に。これほど端だったとは、倒れている間は分からなかった。端というものは、端に立たないと分からない。端から見た村の端は、ただの端だった。特別な場所ではなかった。誰かの目に留まる理由のない、ただの端だった。
なのに全員がここを通った。全員があの端を通って、ゲームを始めた。全員が——私を踏み台にして——先へ行った。
踏み台、という言葉が出てきた瞬間、少し止まった。
止まったが、今日はここまでだ。踏み台という言葉の重さを今日量り始めると、今夜中に終わらない。
赤いマントが、建物の角を曲がって見えなくなった。
追うことも、追わないことも、私が決めていい。その事実に気づいた時に、少し怖くなった。
決めていい、ということが、こんなに落ち着かないとは思わなかった。
足が、止まった。
今度は自分の意志で、止まった。
私は今日、倒れていない。どこへ行くかは、まだ決めていない。決めていないことを、今日のところは——そのままにしておく。




