第五話 夢を見た。私はNPCだ。NPCが夢を見るとはどういう設計なのか
夢を見た。
夢を見た、と書くと語弊がある。私はNPCだ。NPCは眠らない。眠らないのだから夢を見ない。これは設計上の事実であり、議論の余地はない。
しかし昨夜、暗くなってから夜明けまでの間に、何かがあった。
眠りではなかった。しかし眠りに似た何かだった。意識があったのか、なかったのか、確認する手段がない。気づいたら夜が明けていて、頭の中に何かが残っていた。夢と呼ぶしかない何かが。
ならば夢と呼ぼう。設計に逆らう行為だが、他に言葉がない。他に言葉がない時に沈黙を選ぶ者は、私ではない。
夢の中で、私は何かを見た。
顔だった。
見覚えのある顔だが、名前が分からない。これは矛盾だ。見覚えがあるということは、どこかで見たということだ。どこかで見たなら、名前か素性か、何か一つは分かるはずだ。しかし分からない。顔だけある。名前のない顔が、私を見ていた。
金髪ではなかった。
勇者の目ではなかった。希望に満ちた目でも、達成感に満ちた目でも、迷子の目でもなかった。何と形容すればいいのか。疲れているようで、疲れきってはいない。知っているようで、全ては知らない。あえて言葉にするなら——こちらに、何か言いたいことがある顔だ。
その顔が、口を開こうとした。
その瞬間、声が聞こえた。
私の声だった。
「薬草を取ってきてくれないか。礼はする」
私の声だ。間違いない。しかし私は言っていない。夢の中の私は、口を開いてさえいない。それなのに私の声が聞こえた。一度ではなかった。重なって聞こえた。少しずれて、また重なった。前から聞こえるようで、後ろからも聞こえた。遠くから聞こえるようで、すぐそばでも鳴っていた。
どのくらい続いたのか、分からない。
気づいたら、終わっていた。
朝になった。
茂みの薬草は三本ある。空は今日も変わらない。ファーストホロウは今日も静かだ。全てが正常だ。私は今日も倒れている。夢を見た以外は、何も変わっていない。
今日も来た。金髪だ。金髪条約は健在だ。
「薬草を取ってきてくれないか。礼はする」
私の口が言った。
今日はその瞬間に、少し止まった。止まった、というのは物理的に止まったのではなく、私の中の何かが、この十五文字を聞いた気がした。聞いた——そうではなく、聞き覚えがあった。自分の声に、自分で聞き覚えがあった。当然だ、何百回も言ってきた。しかしこれまで聞き覚えを感じたことはなかった。今日初めて、自分の台詞が「以前も聞いた台詞」として聞こえた。
これは夢のせいだ。そう結論づけた。夢を見ると、こういう奇妙な感覚が残ることがあるらしい。らしい、というのは私はこれまで夢を見たことがなかったので、この感覚が夢の後遺症なのかどうか確認できない。ただ、夢のせいにしておくと一番話が早い。夢のせいだ。
金髪が戻ってきた。薬草三本。
「薬草を持ってきてくれたか。助かった」
今日も正常に言えた。
昼過ぎ、村の外れを小さな隊列が通った。
兵士が何人かいた。私の配置場所からは遠く、何のためかは分からない。一人が何かを言っていた。言葉の断片だけが、風に乗って届いた。
「……ノース卿の……」
それだけ聞こえた。
私はその言葉を、しばらくの間、頭の中で転がした。ノース。北。この村は世界の北の果てにある。この国の名前はパクス、平和だ。領主の名前に「北」が入っている。それだけのことだ。それ以上でも以下でもない。
なのに、何かが引っかかった。
「ノース」という音が、どこかで聞いた音に似ていた。夢の中のあの名前のない顔に——ではない。全然関係ない。関係ないと判断した。保留事項に加えた。今日の保留事項がまた一つ増えた。保留事項が増え続けている。
夕方になった。
今日も何人かが来て、何人かが去った。全員が薬草を取ってきた。全員が満足した顔で去った。私は全員に同じ十五文字を言った。
同じ台詞を、どこかで、何度も言った気がする。
今日のことではない。
今日より以前の、今日ではない何かの日に、同じ台詞を言った。何度も言った。何度も——というのが、正確に何度なのか分からない。何百回では足りない気がする。何千回でも足りない気がする。
気がする、とは何か。気がするとは、記憶があるということか。私はその日々を覚えているのか。覚えていないのに、気がするとはどういうことか。
夢のせいだ。
夢を見ると、こういう感覚になるのだと思う。思う根拠はないが、そう思うことにした。そうしなければ、今夜また眠れない。眠らないのに眠れない。矛盾が今夜も正常に機能している。
茂みの薬草が、三本ある。
今日もあの声が重なって聞こえた気がする。私の声が、どこかで、ずっと前から。
私は今日も倒れている。夢を見る前と、何も変わっていない。
変わっていないと、私は思っている。
思っているだけかもしれない。




