表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「薬草を取ってきてくれないか?」 ~村の外れで俺(NPC)は言った。その1,048,576回目で・・・  作者: 深海周二


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/20

第三話 始まりの村で、私だけが始まらない

 私は今日も倒れている。

 以下省略——とは書けない。いつかは書きたいが今日は書けない。今日はパクス王国について考えていたからだ。

 パクス王国。私が倒れているこの国の名前だ。ラテン語で「平和」を意味するらしい。らしい、というのは私が自ら調べたわけではなく、自分のプログラムコードのどこかにそういう設定が書いてあったのを読んだからだ。私はコードが読める。これが恩寵か呪いかについては、また別の機会に述べる。

 平和の国。

 その最北端で、私は今日も倒れ続けている。

 平和とはつまり、放置だ。

 誰も攻めてこない。誰も守りに来ない。誰も改善しに来ない。平和という名のもとに全てが現状維持される。私はその「平和」の最も純粋な体現者として、今日も地面に横たわっている。パクスの最北端で、最も平和に放置されている男が私だ。国王陛下に感謝状でも贈りたい。贈る手段がないが。


 今日も来た。

 また金髪だ——と思ったが、よく見ると少し違う。茶色がかっている。金髪条約に例外規定が設けられたのかもしれない。進歩だ。消極的に評価する。

 ただ、目は同じだ。あの目だ。希望に満ちた、きらきらした目。金髪条約は解除されつつあるが、目の条約はまだ生きているらしい。この世界の外交は複雑だ。

 近づいてくる。今日の者は迷わない。まっすぐに来る。そこだけは評価する。

「薬草を取ってきてくれないか。礼はする」

 私の口が言う。完璧だ。今日も正確だ。金髪条約が揺らいでも、私の台詞は揺るがない。この世界で最も安定しているものは何か、と問われれば私はためらわず答えられる。私の台詞だ。戦争が起きても魔王が現れても、この台詞だけは不変だ。どういう誇り方をしているのか自分でも分からないが、これしかないので誇っておく。

 茶色がかった者が何か言って、茂みへ駆けていった。今日も迷わない。

 いい。率直に、いい。


 しばらくして、茶色がかった者が戻ってきた。

 薬草を三本持っている。今日も三本だ。

 しかしこの者は、私のそばに来なかった。

 来なかったのだ。

 私から三歩ほど手前で止まった。薬草を見て、私を見て、薬草をもう一度見た。そして——地面に、そっと薬草を置いた。

 立ち上がり、去っていった。

「薬草を持ってきてくれたか。助かった」

 私の口は、言わなかった。

 言えなかった。

 言う相手が、いなかった。


 初めてだ、と思った。

 断られたことはない。無視されたことはない。薬草を持たずに去られたこともない。しかし今日のこれは——断られてもなく、無視されてもなく、薬草は確かに届いている。ただ、私の台詞の相手だけが、いなかった。

 これは、クエスト完了なのか。

 私は自分のシステムを確認しようとした。クエスト完了の条件は何か。「薬草を持ってきてくれたか。助かった」という台詞を言うこと、なのか。それとも、薬草が手元に届くこと、なのか。

 分からない。

 分からないのだ。

 私はこれまで、何百回も同じ流れを繰り返してきた。誰かが来る、頼む、取ってくる、礼を言う、去る——この流れが崩れたことはなかった。今日初めて、流れに穴が開いた。薬草は来た。しかし台詞が出なかった。

 これを何と呼べばいいのか。

 引っかかりに名前をつけようとして、やめた。名前をつけると、実在することになる気がした。気がした、というのも変な話だ。NPCに「気がする」があるのか。あるのかもしれない。あってはいけないのかもしれない。

 どちらでもいい、と思った。

 思った瞬間、そのどちらでもよさが少し珍しかった。


 地面に置かれた薬草が三本、私のそばにある。手を伸ばせば届く位置だ。足があれば立てる距離だ。

 私は今日も倒れている。

 ただ——今日の倒れ方は、昨日とほんの少しだけ違う気がした。

 何が違うのか、うまく言葉にできない。言葉にできないことを、私ははっきりと認識している。この認識する機能がいつも余計だと思う。今日もそう思う。

 ただ今日だけは——余計でよかった、と思った。

 平和の国の最北端で、私は今日も倒れている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ