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「薬草を取ってきてくれないか?」 ~村の外れで俺(NPC)は言った。その1,048,576回目で・・・  作者: 深海周二


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第二話 ここは世界の北の果てらしい

 私は今日も倒れている。

 実は昨日も倒れていた。まさかとは思うが、その前の日も倒れていた。これについては既に述べた——いや、述べていない。心の中で思っただけだ。声に出していない。私の心内語を聞いている者は誰もいないので、これは述べたことにならない。ならないが、私の中では既成事実だ。倒れていることは受け入れている。今日は倒れている場所について考えようと思う。

 人間は死ぬ前に走馬灯を見るらしい。私は死なないが、同じくらい暇なので。

 この村の名前は、ファーストホロウという。


 ファースト、ホロウ。

 発音するたびに既に傷つく構造になっている。ファーストは「最初」、ホロウは「空洞」。最初の空洞。誰かがこれを考えた。考えた末にこれに決めた。その会議の様子を想像したことがある。

「始まりの村の名前、どうしましょう」

「空洞でいきましょう」

「賛成です」

 この流れが成立したとすれば、その場にいた者たちの見識を疑う。考えずにつけた方がまだ救いがあった。意図がないなら傷つかない。意図があるということは、これが狙いだ。「始まりは空洞だ」というメッセージを、この村は看板に掲げている。正直すぎる。正直さというものは、時として最大の残酷さになる。

 そしてここは、世界の北の果てにある。

 北の果て。わざわざ繰り返すと更に絶望感が増すが、事実だから仕方がない。南の果てなら少しは暖かかったはずだ。東の果てなら、朝日だけでも見られた。西の果てなら、夕焼けくらいはあった。北の果てにあるのは、寒さと空洞だ。最初から最大の不便を与えられている。これを設計と呼ぶ者がいるが、私は精密な意地悪と呼ぶ。

 ただし——全員ここを通る。

 これだけは認めなければならない。全員だ。このゲームを始めた者は、例外なく全員、この村に足を踏み入れる。攻略上の必須だ。誰一人として飛ばせない。誰一人として迂回できない。その点において、ファーストホロウは絶対的な権力を持っている。世界の北の果てにある最初の空洞が、全員の出発点だ。

 それでいて——誰も、ここを覚えていない。

 私はその事実を、何百回も確認してきた。同じ顔が「この村に用があって」戻ってくることはない。全員が通って、全員が忘れる。必須と記憶は別物らしい。通過点とはそういうものだ。誰もが始まりの場所を忘れて先へ行く。

 私だけが、始まりにいる。

 始まりの村で、私だけが何も始まっていない。これは毒舌ではなく、ただの事実だ。


 来た。

 今日のも金髪だ。金髪条約は依然として健在らしい。条約について私が申し立てできる立場にはないので、今日も尊重する。尊重するが、今日の金髪は様子が少し違う。

 迷っている金髪だ。これは不穏以外何ものでもない。

 村の中を、あちこち見回しながら歩いている。いやはや不穏だ。

 あの目には希望があるが、足に方向がない。右を向いて、左を向いて、また右を向く。そして何かを確認するように、空中のどこかを見る——おそらくマップだろう。マップを見て、また周囲を見て、また空中を見る。

 ファーストホロウは小さい村だ。にもかかわらず迷子になっている。はじまりの村で迷子になれるとは、なかなかの才能だ。前途多難という言葉がある。使うとしたら今だ。この先に待ち受ける試練の数を想像すると、むしろ心配になってくる。なってくるが、私には何もできない。心配は私の専売特許ではない。

 やっと気づいた。

 こちらを向いた。見えたらしい。目が輝いた。その輝きを見るのは何百回目かだが、毎回少し、同じような気持ちになる。分析したくないので、しない。

 近づいてくる。

「薬草を取ってきてくれないか。礼はする」

 私の口が言う。今日も正確だ。完璧だ。一字一句、昨日と同じだ。この文字列の中に、道に迷っていたお前への微かな同情と、前途多難という予感と、それでも何百回も見てきたあの目への名前のつけられない感情が、全て圧縮されて消えている。外に出るのはこの文字列だけだ。設計者は徹底している。褒めたくないが徹底している。

 金髪が答えた。

 引き受ける、ということだろう。断った者を私は見たことがない。断れない構造になっている。頼んでいるようで、強制している。私は被害者のふりをした加害者だ——何百回思っても、やはり居心地が悪い。

 金髪が駆けていく。今度は方向が合っている。迷子でも薬草の場所は分かるらしい。マップは機能しているということだ。


 しばらくして、金髪が戻ってきた。

 薬草を三本持っている。はじまりの村で迷子になった者にしては、まずまずの働きだ。

「薬草を持ってきてくれたか。助かった」

 私の口が言う。

 嘘だ。助かっていない。助かる状態に私はない。これも昨日と同じだ。明日も同じことを言う。

 金髪が去っていく。

 今日の金髪は、一度だけ振り返った。珍しいことだ。何かを確認するように、もう一度私を見た。そして何も言わずに行った。

 私はその視線の意味を、しばらく考えた。

 分からなかった。

 分からないまま、日が傾いた。茂みの薬草が、また三本になっている。私は今日も倒れている。

 ファーストホロウ——最初の空洞——に、私は今日も存在している。


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