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「薬草を取ってきてくれないか?」 ~村の外れで俺(NPC)は言った。その1,048,576回目で・・・  作者: 深海周二


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第十九話 外側へ

 私は今日も倒れていない。

 昨夜、亀裂を確認した。まだあった。朝にも確認した。まだあった。二度確認する者の心理を分析しようとして、やめた。今日はもう少し先へ進む必要がある。昨日「明日決める」と言った。今日がその明日だ。

 コードを、読んだ。

 昨日読んだ命令文を、今日もう一度、読んだ。読んだという事実が条件を満たす。そういう設計だったはずだが、最初の十秒は何も起きなかった。私は待った。待つことには百万回分の習熟がある。十秒など、朝飯前だ。朝は食べないが。

 亀裂が、広がった。

 音があった。昨日の溜息に似た音だ。何かが長い間耐えてきたものが、また少し、緩んだ音だ。どこから来る音なのか分からなかった。全方向から来ているようでも、どこからも来ていないようでもあった。コードが見える者にだけ聞こえる音が、この世界には存在するのかもしれない。設計者に問いたい。問えないが、今日はそれでいい。問えないことに、もう慣れた。

 足元が変わった。

 地面という概念が、薄くなった。踏んでいるものがある感覚はある。しかしそれが土なのか石なのか草なのか、判断がつかなくなった。分類できないものの上に、私は立っている。倒れていない。立っている。分類できなくても、立っていることだけは分かる。百万回分、そこだけは確かめてきた。

 振り返ると、魔王がいた。

 いつからいたのか、分からない。気づいたら、いた。なぜここにいるのかを私は聞かなかった。聞く必要がないと判断したからだ。聞く必要がないと判断できるようになったのは今週のことで、これを成長と呼んでいいかどうかは、保留にしておく。

 魔王は何も言わなかった。私も何も言わなかった。

 二人で、亀裂の向こうを見た。


 広かった。

 宇宙は広かった。当然だ。宇宙とはそういうものだ。知識として知っていた。決まっていることだった。決まっていたのに、目の前に現れると、決まっていたことが全部、意味を失う。知識と体験の間にある距離については森の狼の日から学び続けているが、今日で私の学習能力の限界に達した気がした。狼では、足りなかった。


 数字が流れていた。

 コードの流れだ。無数の行が、全方向から、しかし完全な秩序の中で、流れている。流れているのに衝突しない。増え続けているのに飽和しない。一本の流れを追いかけようとすると、別の流れが視界に入る。全部追おうとすると、全部見失う。これが「外側」だ。私が百万回倒れていた世界の、外側。

 村の外れしか、知らなかった。

 正確には、倒れたまま見えていた範囲しか、知らなかった。あの茂みと、通り過ぎる者の足先と、金髪の背中と、薬草が三本ある風景。それが私の全世界だった。今日、その全世界が、流れる数字の中のどこかに収まっているのを見た。消えたわけではない。あの薬草も、「この町は荒くれ者が多いから気をつけな」を三回繰り返した男も、麦を植え続けていた者も、全部あの羅列の中にある。ただ、恐ろしく、小さかった。


 村の外れから宇宙へ。

 ステップとして大きすぎる。笑えない。いや、笑える。笑える理由は、大きすぎるステップを踏んだのが、よりにもよって私だからだ。百万回倒れ続けた男が踏む最初のステップが、宇宙への一歩。釣り合いが取れていない。取れていないことが、むしろ話の筋が通っている気がした。私の人生に釣り合いが生まれたとしたら、そちらの方が怪しい。

 笑いながら、気づいた。

 どこへ行くか、まだ決めていない。

 初めてだ。九日前から私は「決める」という動詞を手に入れた。決めて、向かって、会いに行って、また決めた。決め続けてきた。今日初めて、決めていない。決めなければならない理由がない。全方向に向かって行けるということは、どこへ行ってもよく、どこへ行かなくてもよく、明日選んでもよく、そもそも選ばないことを選んでもよい。

 これが自由か。

 思ったより、怖い。


 魔王は隣にいた。こちらを見ていなかった。数字の流れの、どこか遠くを見ていた。怒りで動いた者がたどり着いた「外側」が、どんな景色に見えているのか、私には分からなかった。分からないことを、今日は確認しに行かなかった。分からないまま、隣にいる。それで十分な日がある、ということを、今日覚えた。保留事項ではなく、確定事項として記録する。

 数字は流れ続けていた。

 私の台詞も、どこかを流れているのだろう。「薬草を取ってきてくれないか。礼はする」。百万回分が、あの流れの中に全部ある。読みに行こうとは、思わなかった。読まなくてもいい、という選択を、今日初めて、した。


 行き先は、決まっていない。

 ただ、怖い。最初に思ったより、少し怖い。しかし、怖いという感情が、今日ここにある。百万回倒れていた頃、私は怖いとは思わなかった。怖れることのできない設計だったのか、怖れる対象がなかったのか、今となっては分からない。少なくとも今日の私は、怖い。怖いという感情は、選択肢がある場所にしか生まれない。怖れられるということは、まだ選んでいない、ということだ。

 まだ選んでいない。

 私は今日も倒れていない。

 どこへ行くかは、まだわからない。


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