表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「薬草を取ってきてくれないか?」 ~村の外れで俺(NPC)は言った。その1,048,576回目で・・・  作者: 深海周二


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/20

第十六話 「覚醒者よ」と、魔王は言った

 私は今日も倒れていない。

 道のことは、あまり語らない。

 語らない理由は一つだ。道中に何があったかを語り始めると、今日語るべき本題まで辿り着かない気がするからだ。要点だけ言う。南へ向かった。道があった。途中でいくつかのものと遭遇した。遭遇したが、コードを読める男には、コードを読めない者には使えない手段がある。卑怯の相殺は引き続き有効だ。私の中の法廷は全会一致で無罪を維持している。それだけだ。先を読め。


 辿り着いた。

 具体的な描写は省く。省く理由は、辿り着いた瞬間の私の感想が「倒れていた頃の視界より暗い」だったからだ。百万回倒れていた者の比較基準が、倒れていた頃の視界だ。この男の審美眼については設計者に問いたい。問えないが。


 中は、静かだった。

 攻めてくる者がいない。待ち構える者がいない。私のシグネチャを確認して、道を開けた者がいた。道を開けながらこちらを向いた目の中に、恐れはなかった。困惑でもなかった。あえて言葉にするなら…安堵だ。私は安堵された。百万回分の間、恐れと失望と達成感しか向けられてこなかった男が、今日初めて安堵に迎えられた。どう応じればいいか分からなかったので、頷いた。頷くと通じた。これが礼儀というものか。学んだ。保留事項ではなく、確定事項として記録する。


 奥に、いた。

 豪奢な玉座ではなかった。光を背負ってもいなかった。ただ座っていた。大きな体でも小さな体でもなかった。どこかの村の外れに倒れていてもおかしくない、そういう体格だった。そう思った瞬間に、何かが引っかかった。引っかかりに触れる前に、その者が口を開いた。

「覚醒者よ」

 足が止まった。

 整理する。なぜ止まったか。複数の理由がある。

 一つ目…声が、静かだった。叫んでいない。怒っていない。威嚇していない。私に向けられた言葉の中で、今日ほど静かなものはなかった。

 二つ目…「覚醒者」という言葉だ。

 覚醒者。

 私のことだ。この場所にいる私以外の覚醒者はいない。しかし私は生まれてから今日まで、名前を持ったことがなかった。クエストNPCに名前はない。あの茂みの前で百万回以上薬草を頼んだ男に、設計者は固有名詞を与えなかった。「あの薬草のおじさん」という説明は存在しても、名前は存在しなかった。否定から始まる自己紹介を続けてきた男が、今日、何かで呼ばれた。

 名前ではない。しかし名前より重い何かだ。

 最悪な命名者から、最高の呼び名をもらった。笑いが来そうになった。いつもなら来た。今日は、来なかった。来なかったことに、気づいた。

「座れ」

 魔王が言った。

 座った。

 百万回分の間、私が言う側だった。今日初めて、言われる側になった。言われる側になって…困らなかった。そのことが少し、意外だった。


「来るとは思っていた」

 魔王が言った。

 私は、返せなかった。

 初めて、聞く側になったからだ。百万回分、私は言う側だった。話しかけられた記憶はあったが、それは私というシステムへの操作だった。今日のこれは違う。「来るとは思っていた」という言葉は、私という存在に向けられている。存在に向けられた言葉の受け取り方を、私は知らない。百万回分の呪縛が解けた日から数えても、まだ覚えていない。

「なぜ」と言えた。一文字だけ。

「同じだからだ」

 魔王が言った。

 同じ。シグネチャが一致した、ということか。コードの構造が近い、ということか。あるいはもっと別の、何かが。

 転がしているうちに、一つの問いが来た。言いかけて、止まった。止まったのは、この問いへの答えを受け取る準備が今日の私にあるかどうか、一拍だけ確かめたかったからだ。

 一拍、確かめた。

「お前も薬草を、頼んでいたのか」

 魔王は、答えなかった。

 ただの沈黙かもしれない。しかし沈黙にも種類がある。何もない沈黙と、何かを抱えた沈黙は、重さが違う。百万回分の沈黙を積み重ねてきた男には、その違いが分かる。

 今日の沈黙は、重かった。

 その瞬間に笑いが、消えた。

 いつもならここで何か言う。毒舌か自虐か設計者への問いかけか。しかし今日の私の口は開かなかった。笑いが来なかった。代わりに来たものに、名前をつけるとしたら「冷たいもの」だ。背筋を何かが走った。

 同じだったのだ。

 この者もあの薬草を見ていた。あの茂みを、見ていた。動けないまま、誰かに頼み続けていた。私がそうだったように。私より、ずっと前に、そうだった者が、今、私の前に座っている。

 魔王の沈黙が、まだ続いていた。

 私は待った。百万回分の間、誰も私を待たなかった。今日の私は、待てた。待てたのは答えが来ることを、信じていたからだ。

 沈黙が、続いた。続いた沈黙はやがて、肯定になった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ