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あうあう……

「おおおおおおお!!」


バルコニーの外では、相変わらず地響きのような歓声が続いている。兵士たちは興奮のあまり、剣を盾に打ち付けてカンカンと音を鳴らしていた。耳の奥がずっとびりびりしている。


私はバルコニーの手すりから一歩後ろに下がり、深い、深い、ため息をついた。

喉はカラカラだし、大歓声のせいで頭が痛い。


「帰りたい……」


ぽつりと溢れた本音は、誰にも届かず歓声にかき消された。まだお昼過ぎなのに、一日の体力を使い果たした気分だった。早く神殿の裏庭で、山羊に草をあげて癒やされたい。


だが、私のささやかな願いは、お祖母様の冷たい一言で粉砕された。


「さあ、陛下。感傷に浸る時間は終わりよ。中へお入りなさい」


手際よく部屋のカーテンが閉められ、外の騒音が少しだけ遠ざかる。

ほっとしたのも束の間、振り返った私の目に飛び込んできたのは、部屋を埋め尽くす見知らぬ大人たちの姿だった。髭を生やした気難しそうな文官や、上等な服を着た家庭教師らしき老人たちが、ずらりと並んで私を凝視している。


嫌な予感しかしない。回廊で行き止まりに追い詰められた山羊の気分だ。


その中の一人、一番偉そうな文官が羊皮紙を広げ、朗々と宣言した。


「本日より、陛下のお名前は『マルクス・アウレリウス・アントニヌス』となります」


私は間髪入れずに即答した。


「長いです」

「……は?」

「長すぎます。覚えられません。バッシアヌスでよくないですか?」

「よくありません!」


文官の額にピキリと青筋が浮かんだ。


「これはかつて帝国を治めた、もっとも偉大で高貴な皇帝陛下たちのお名前です。お札にも刻まれる、皇帝に相応しい御名なのです。さあ、復唱してください。マルクス・アウレリウス・アントニヌス」

「マルクス・アウレリ、うす……あんと、に……す?」

「違います。マルクス・アウレリウス・アントニヌスです」

「マルクス・あうあう……」

「噛まないでください!」


文官がじわじわと絶望に染まった顔になっていく。私は悪くない。名前が長すぎるのが悪いのだ。バッシアヌスなら六文字で済むのに、なぜそんなに文字数を増やすのだろう。


名前の練習が強制終了されると、今度は別の大人たちが私を囲み、衣服を剥ぎ取り始めた。


「これより着替えを行います。陛下、こちらを」


差し出されたのは、目の覚めるような深い紫色のマントだった。最高級の貝からしか採れない、とても貴重な染料で染められているらしい。縁にはびっしりと金糸の刺繍が施され、これでもかと宝石が縫い付けられている。


それを肩にかけられた瞬間、私は文字通り、前のめりに倒れそうになった。


「……重いです」

「皇帝の威厳の重みでございます」

「いえ、純粋に物理的に重いです。肩が凝ります。神官服の方が軽くて動きやすいです。戻していいですか?」

「駄目です」


侍従に冷たくあしらわれ、私は重いマントを引きずりながら、のそのそと窓辺へ歩いた。少しでも風に当たって涼みたかったのだ。首元が詰まっていて息苦しいので、親指でぐいっと生地を引っ張り、隙間を作って息を吐く。


すると、窓の外からそれを見ていた兵士たちが、突然「おおおおお!」と声を上げた。


「見ろ! 皇帝陛下は、これほど豪華な服を着てもなお、窮屈そうにされている!」

「うなじの汗を拭うそのお姿……! 贅沢を嫌い、質素を好まれるお人柄に違いない!」

「なんという高潔さだ!」


違う。ただ暑いだけだ。この服を作った職人に文句を言いたいだけなのに、どうして彼らのフィルターを通すと「高潔」になってしまうのか。本当にこの人たちとは言葉が通じない。


あまりの噛み合わなさに疲れてしまい、私は部屋の隅の椅子に座り込んだ。

兵士たちの熱狂も、文官たちの焦りも、すべてが他人事のようで現実感がない。


「お母様」


私は、近くにいたお母様にそっと声をかけた。「私は、本当に皇帝にならなければいけないのですか? 神殿にいたい。毎日、エル・ガバルを磨いていたいんです」


お母様は痛ましそうに顔を歪め、私の隣に膝をついた。その細い手で私の手を包み込む。


「バッシアヌス……お祖母様はね、あなたを守ろうとしているのよ。この乱世で、私たちが生き残るためには、これしか道がないの」

「でも……私は神殿も守りたいです」


私の言葉に、お母様は答えられなかった。ただ、申し訳なさそうに、私の手をきゅっと握り締めるだけだった。私が皇帝にならないと、みんなが危ない目に遭うのだろうか。政治のことはよく分からないけれど、お母様やお祖母様が困るのは嫌だった。


そこへ、お祖母様の冷徹な声が響いた。


「出発の準備をなさい。明日、軍団の前で正式に即位を宣言するわ」

「出発? どこへ行くのですか?」

「ローマよ」


文官の一人が当然のように言った。


私は完全に固まった。


「ローマって……ここから、もの凄く遠いですよね?」

「遠いです。海を渡り、山を越え、数ヶ月はかかります」

「数ヶ月!? ……あの、毎朝のお祈りはどうすればいいのですか?」

「移動中も、天幕の中で行えます。祭具の持ち込みも許可しましょう」


「よかった……」


それなら何とかなりそうだ。旅先でお祈りができるなら、神様も怒らないだろう。


部屋に戻った私は、さっそく旅支度を始めることにした。

侍女たちが「陛下、こちらの首飾りは」「この金貨の山はどうされますか」と、きらきらした宝石や財宝を次々と持ってくるが、私はそれらをすべて無視した。


代わりに、愛用していた白い麻の神官服を丁寧に畳んで鞄に入れる。それから、青銅製の香炉、聖水を入れる小瓶、そして太陽神の教えが書かれた古い祈祷書。


最後に、神殿の裏から持ってきた、使い古した箒と塵取りを詰め込んだ。


そばで見ていた侍女が、目を見開いて困惑の声をあげる。


「へ、陛下……それを持っていくのですか?」

「当然です。ローマの神殿が汚れていたら困るでしょう? 自分で掃除をしなければ気が済みません」

「では、こちらのルビーの王冠は……」

「重いので置いていきます。頭が痛くなりますから」


侍女は「皇帝が箒を持って旅立つなんて……」と頭を抱えていたが、私にとっては宝石よりも箒の方が何倍も大切だった。


――こうして私は、世界最大の帝国を手に入れた。


そして真っ先に、きらびやかな財宝をすべて放り出し、神殿の掃除道具を旅支度に詰め込んだのだった。

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