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赫き空の下で終焉の詩を ─記憶なき道化と運命に縛られし少女の円環録─  作者: 馳せ参ず
第二章「赫き夜」

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第15話「ゲファールリッヒ攻略戦─後編─」

 剥き出しのコアまでの距離はおよそ三百メートル。加えて、それを守るように魔物の骸がウヌウネと道を塞いでいる。が、それは序列一位ローレ=エレイソンには関係のないこと。


「らぁぁぁあっ! これでも喰らいなさい!」


 彼女にとって三百メートルは一歩。

 一呼吸で数多の障害を潜り抜け、成れ果てのコアへ肉迫、金の錫杖をコアに叩きつける。


半壊の響きアピュイエ・ラ・フィン


 コアに直接魔法効果が浸透し、聖なる鐘の音が鳴る。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」

「ぐっ……ぅ……あ! ああああッ!! 私は、絶対に、離しませんよっ! あはっ!」


 しかし、それで終わるような敵ではない。

 成れ果てのコアを目玉として、赫き空に骸が、岩が、地面が渦巻くように浮き上がる。

 成れ果ては、シリエの半壊の効果を半壊範囲の拡大──つまり、自らの体を巨大化する事でシリエの負担を増やし、魔法効果を薄めるという力技で突破していた。


「シリエッ!!」

「──マズイですなッ! 早くシリエ様に加勢を──!」

「ゴールッ、障害物を頼んだッ! 僕は左から回る!」

「応よッ!!」


 メキメキと不快な音を奏でながら肥大化していくコアと、それを包む骸によって形成された外殻。それが奇声を上げながら徐々にコアに収束していくのを見て、ローレ達は既に地面を蹴っている。


「流るる体は閃光が如くッ──がっ……ッ……!」


 改めて銀鈴を鳴らすと、体の頭から爪先を通り抜けるように鋭い痛みが走る。それは、治癒魔法による誤魔化しの効果が薄れてきた証左だ。

 だが、それを舌打ち一つで無視し、宙に舞い上がる瓦礫と剣や槍で形作られた質量を避ける。

 そんなローレの瞳の奥には、至近距離で成れ果ての咆哮を喰らい、耳と目から大量の血を流し、膝を折るシリエ。修道服が深紅に染まり、美しい顔が血に汚れる。


 その表情に、余裕はもう残されていなかった。


 ローレが目を細め、細剣を振り払い瓦礫を弾きながら歯と歯を強く押し当てる。


 (当然です……シリエは私が起きるまでの間、一人で前線の魔物のおよそ半分を狩っていたのですから……あのような大規模魔法にデメリットが存在しないはずがない)


 コアとシリエを覆い隠すように、赫く舞い上がった瓦礫が、魔物と人が入り乱れた骸が意志を持ったかのように、何重にもコアを包み始める。


「氷槍一点牙突」


 右足で深く踏み込み、細剣を投擲するように極低温の剣閃をコアへ向けて放つ。が、やはりコアを守るように骸の防波堤が何重にも重ねられてあと一歩届かない。

 ローレの目が大きく見開かれた。


 (想像以上に硬い……!?)


 振り抜いた後の無防備な体勢のローレへ向けてボッボッボッ、と剣と槍の五月雨が振り注ぐ。左手のパリングダガーは下に下がり切っていて、防ぐにはもう遅かった。


 そんなローレの背後から、掠れた叫び声が響いた。


「紫電──烈波ァァァァッ!!」


 紫に弾ける雷光がローレと剣の間を遮り、瞬きの瞬間に何百個もの剣と槍が掻き消える。

 ローレの目線の先、空中に紫電を纏ったムートの姿があった。


 ローレが声を上げる。


「──ムートッ、感謝しますッ!」

「ここは抑えときますんでッ!! シリエ様んところ頼みましたッ!!」


 大きく口を開け、この状況下でニカッと笑ってみせたムートを見て、ローレの目尻に感慨深い何かが浮かぶ。だが、それもすぐに切り替えて、ローレは二刀を巧みに操り、コアへ向けて直進していく。


「ぐっ、はァッ! はぁっ、はっ、はっ……埒が明きませんねぇ……ッ」


 真っ赤な空に吸い込まれるように渦巻く、骸で形作られた成れ果ての手足。質量から考えられない程の速度かつ、精密に動くソレは、少しでもまともに触れれば体がひしゃげると考えていい。


「我が輪郭は朧」

 

 さらに厄介なのが不意打ちだ。

 前から迫る骸の塊とは別に、足元、或いは死角から剣や槍が急所を狙って飛来する。その繰り返しもあって、ローレは少しずつ、それでいて確実にコアからの距離を離され始めていた。


 (アレは……アレは……私にしか止められないモノだというのに……っ……! このままではシリエが──)


 地面から飛び出てきた三叉の槍を一瞥もせずに細剣で弾き、さらに前傾姿勢を強めて走る。


「疾ッ──!?」


 刹那、前方から兆しなく放たれた鋭い何かに、パリングダガーを合わせて身を捻る。すると、数秒前に胴があった空間がボッ、と音を立てて穿たれた。


「な、樹人(トレント)!?」

「「「■■■■■■■■■■■■」」」

「くッ……!?」


 恐らくはゲファールリッヒ付近の森林に昔から根付いていた上層獣。地面から浮き上がった幹には、赤黒い線がびっしりと表面を走っていた。成れ果てに汚染され、森林に根付く木々を手足に暴れているのだ。


 迫りくる生きた森を前に、ローレは腹を括る。

 細剣がゆらりと動き、地面を滑るローレの口が動くと同時、二重に鈴の音が鳴った。


「地に咲く一輪の絶炎」


 樹人(トレント)の弱点は炎。

 細剣が纏う蒼炎がムチのように振るわれる枝を斬り、焼いていく。樹人(トレント)が悲鳴を上げながら狂ったように枝木を手繰るが、それは成れ果ての操る骸の手足に当たり、半分は粉々に砕けていた。


 そうなればあとは流れ作業。

 最短距離で樹人(トレント)の本体へ肉迫し、蒼炎を纏いし細剣で一突き。まるで何もなかったかのようにコアへ向けて直進し続ける。


 ローレの頭が酷く痛む。

 

 (タイムリミットはあと数分……といったところでしょうか。フルーヴさんにもらった生辰(せいしん)の雫の魔力増大効果も切れそうですね。早く、早く終わらせなければ)

 

 ローレの足が、後の反動も厭わない速度で地を蹴る。

 手に持つ刃で敵を斬り、シリエを死なせないために。


 ◆


 気を保たねば、すぐにでも引きずり込まれてしまうような漆黒の球体(コア)の上で錫杖を突き立て、聖なる響きを流し続ける。

 それも体を今にも押し潰してしまいそうな圧力を、防護結界で防ぎながら、だ。


「か゛っ……ふ。はは……こんなもの、何とも……ないてすよっ……!」


 錫杖から流れる聖なる響きは決して止むことはない。

 ローレ=アンブークルが必ず来ると分かっているからだ。


 怪物のコアは、すでに臨界点を突破している。

 そして、ついにシリエの耳に待ち侘びた声が届いた。


「シリエッ!! そこから離れなさいッ!!」

「っ──! 了解しました! ごふっ……ぁ……」


 シリエの視界がグラリと揺れる。

 そして、時間差で脇腹付近が灼けるように熱くなっているのに気がついて──


「シ──」

「ッ゛、そのままやって!! 我が主よ!! 私に注意が向いている今この瞬間でやらなけれ、ば! 勝機はないです、よ!!」


 シリエ=エレイソンの脇腹をコア内部から突き出された黒い突起が貫いた。許容量を超えたダメージに魔法術式も乱れ、力なく仰向けに倒れるシリエ。だが、己を助けようと駆けたローレに対して、シリエは最後の力を振り絞って叫んでみせた。


 嗚呼……やだ。

 我が主の、そんな表情見たくないのに。

 最後くらいは、笑顔を浮かべた貴方様を見たかった。


 そう一気に心の内で羅列し、そして()()()()()。スッパリと諦め、ニッと笑ったのだ。

 

「シリエェェェェッ!! 避けなさいッ……!! 避けて、避けろォッ!!」


 ローレの必死の叫びも虚しく、腹を貫かれた聖女は高速で渦巻く骸の渦に頭から落ちていった。


「──征きなさい、我が主」


 ゴシャッと、生理的に受け付けない音が聞こえた。


 









「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!!!!」


 血を吐くような心の底からの咆哮は、成れ果てのコアの異変音によって遮られる。

 腸が煮えくり返り、血が逆流を起こしているかと錯覚するほど、体が熱くなっていた。

 しかし、体に一片残された理性が最後に働き、足をコアへ向けて跳躍させた。


 成れ果てのコアまで、あと数メートル。

 その時、泥の口が歪み、あり得ないほどの数の()()()が重なって響き始めた。

 

 シャリン。


 シャリンシャリン。


 シャリンシャリンシャリンシャリンシャリンシャリンシャリンシャリンシャリンシャリンシャリンシャリンシャリンシャリンシャリンシャリンシャリンシャリンシャリン。


 それは、ローレの詩呼びの鈴と同じ、しかし数十節もの詩を一度に束ねた、規格外の重奏の予兆。

 発動すれば、回避など不可能。すべてが消し飛ぶ。

 だが、死地に飛び込んだローレの脳裏に、シリエから託された伝言が鮮明に蘇っていた。


そのローレの頭には、ネルから受け取ったシリエの伝言の内容が反響していた。


『我が主、敵の全貌は分かりかねますが、一つ不可解な点があったので報告します。敵の魔力の波長が……どういうわけか、貴方と()()()()()しています。もし奴が貴方を真似て代償魔法を使っているなら、奴が技を放つ一瞬、その魔力回路に同じ波長を持つ貴方様が、干渉できる可能性があります!』


 そして、ローレの頭の中で鳳仙花が弾けた。


「シリエ……貴方の考え、完全に理解しましたよ」


 怪物が数十節の詩を解き放とうと魔力回路を全開にした、その一瞬の隙に、ローレは自身の細剣をコアの渦の中心へと真っ直ぐに突き入れた。

 ズプリと、二つの全く同じ魔力波長が火花を散らして直結する。


「貴方の敗因は、私を真似た事ですよ」


 ローレは、繋がった回路を通して、己の魔法の()()()()を怪物の体内に直接流し込んだ。


「──束ねて、終演(フィナーレ)ッ!!!!」


 その言葉が響いた瞬間。

 成れ果てが限界まで圧縮していた致死の魔力が、行き場を失って内部で大暴発を起こした。


「■」


 自身が放とうとした終滅の魔力が逆流し、怪物の巨体を内側から焼き裂いていく。

 泥が沸騰し、奇声と共にコアを中心に渦巻く骸の手足が地面に落ち、姿勢が大きく崩れた。


「これで……終わりです」


 ローレは、残された全魔力を細剣に集束させた。

 限界を突破した極光の刃が、崩れゆく成れ果ての心臓部──完全に無防備となったコアへと深々と突き立てられる。


 ズブッ、と。


 鈍色の刃が、狂気の怪物を貫いた。


 勝負は決した。


 だが、切っ先が心臓を貫き、同じ波長同士が最も深く直結したその瞬間。

 ローレの魔力回路に、致死量のノイズが逆流した。


『──郢ー繧願ソ斐@縲∫ケー繧願ソ斐☆縲√$繧九j縲√$繧九j縲∫ケー繧願ソ斐☆』


 それは他者の記憶。

 果てしない絶望。

 幾万回と繰り返された喪失の悲鳴。

 

 『哀しみ』と『怒り』という感情が濁流のように流れ込んでくる。


 そして、聞き慣れたはずの銀鈴の音が、ひどく狂った不協和音となってローレの脳髄を叩いた。


(──なんだ、これは?)


『縺雁燕縺ッ豁サ縺ョ驕区姶縺九i騾?£繧峨l縺ェ縺?』

「お前は死の運命から逃れられないお前は死の運命から逃れられないお前は死の運命から逃れられないお前は死の運命から逃れられないお前は死の運命から逃れられないお前は死の運命から逃れられないお前は死の運命から逃れられないお前は死の運命から逃れられないお前は死の運命から逃れられないお前は死の運命から逃れられないお前は死の運命から逃れられないお前は死の運命から逃れられないお前は死の運命から逃れられないお前は死の運命から逃れられないお前は死の運命から逃れられないお前は死の運命から逃れられないお前は死の運命から逃れられないお前は死の運命から逃れられないお前は死の運命から逃れられないお前は死の運命から逃れられないお前は死の運命から逃れられないお前は死の運命から逃れられないお前は死の運命から逃れられないお前は死の運命から逃れられないお前は死の運命から逃れられないお前は死の運命から逃れられないお前は死の運命から逃れられないお前は死の運命から逃れられないお前は死の運命から逃れられないお前は死の運命から逃れられないお前は死の運命から逃れられないお前は死の運命から逃れられないお前は死の運命から逃れられないお前は死の運命から逃れられないお前は死の運命から逃れられないお前は死の運命から逃れられないお前は死の運命から逃れられないお前は死の運命から逃れられないお前は死の運命から逃れられないお前は死の運命から逃れられない」


 視界が砂嵐に塗れ、文字化けしたような呪詛が、網膜に直接焼き付けられる。

 思考が焼き切れそうになる中、ローレは細剣を突き刺した至近距離で()()()()()()を見た。

 泥に塗れた成れ果ての右目。

 そこには、金色のガラスの破片のようなものが、まるで片眼鏡(モノクル)のように、悲しげに張り付いていた。


「……ぁ……?」


 ローレの喉から、間の抜けた声が漏れる。

 崩れ落ちる成れ果てのコアの中から何かが跳ね上がり、握られていた錆びた短剣が、ローレの外套を掠めた。

 一撃を与えるためのものではない。ただの反射運動。

 だが、その手首の返し、刃の軌道は──かつてローレ自身が、身を守るために幾度も振るったパリングダガーの軌道と、寸分違わず同じだった。


「■■■■■■■■」


 成れ果ての口から漏れた断末魔は、怒りでも恨みでもなく、どこか安堵したような、疲れ切った男の深い溜め息のようにも聞こえた。

 怪物は完全に泥となって崩れ落ち、跡形もなく消滅する。


 後に残されたのは、四万の魔物が沈黙した、赫き空の下の静寂。


 ローレは細剣を突き出した姿勢のまま、泥の海にただ一人、凍りついたように立ち尽くしていた。


 頭の中で、あの呪詛が、文字化けした絶望が、ぐるぐると渦を巻いている。

 パチ、と。

 頬に冷たい感覚が走る。

 いつの間にか、赫かった空を分厚い暗雲が覆っていた。

 ポツリ。ポツリ。

 戦場の血と泥を洗い流すように、ざあざぁと雨が降り始める。

 

 勝利の歓声を上げる兵士たちの声も、遠くから駆け寄ってくるネルの声も、今のローレの耳には、何も届かなかった。


 降りしきる雨が次第にその勢いを増していく。

 どしゃ降りの雨が、絶望に縛り付けられたように動かないローレの姿を、世界から隔絶するように、ただ白く塗りつぶしていった。


 白く。白く。


 記憶を灼き焦がすほど。


 鮮烈に。






 そうやって固まっていたローレの肩に、少し強めに衝撃が走った。

 

 疲れているから放っておいてくれとすら言えずに、ローレは軽く目を後ろに向けると、その光景に開いた口が塞がらなかった。


 何故なら、そこには。

 さっき、腹を貫かれたはずの。


「シリ……エ?」


「……如何にも! シリエ=エレイソン、遅ればせながら、復、活ですっ! ……はは、心配かけましたよね──」


 聖女が立っていたのだから。




 ──かくして、死亡者数六十一、深夜二時半にてゲファールリッヒ攻略戦は幕を下ろした。

 人々に、決して消えぬ恐怖と傷跡を残して。

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